貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

ううん! 唯心の浄土・己身の弥陀?

2019-11-21 14:14:06 | 日記

ううん! 唯心の浄土・己身の弥陀?

 令和元年11月21日

 昨日、木枯らし1号ではなかっ

たのかな?

 今朝は11度。

今年1番の寒さ!

 北風が吹かないので、今日は、

ガラス窓磨きと網戸洗いとする。

 1階部分の外側だけ完了!

 今年は夏前に一回やったので、

そんなに汚れていない。

 やはり年2回かな。

 さあ、今日は、東輪寺参拝。

 見事な漆喰の本堂。

 東輪寺は延宝2年(1674)、

尾張二代藩主徳川光友公によって

創建された黄檗 (禅宗)大本山」

萬福寺の直末寺院。

 開山は、宗祖隠元禅師の高弟で、

木庵禅師とならび黄檗の二甘露門

と称された高僧・即非禅師。

 初代住職には、後に大本山萬福

寺第六代の法席を継ぐ千呆禅師が

就任。

 一時、曹洞宗に転派。 

 千呆禅師の弟子・天祐禅師に

よって再建。

 第四代蘆江禅師の頃には唐風の

七堂伽藍が整い、宝永6年(1709)、

尾張藩より年禮御目見得を許され、

領内寺院の触頭に任ぜられる。

 その後は、尾張の黄檗禅の中心

となるが、濃尾地震や戦災にも合い、

戦後50年を経て、本堂が再建さ

れるという経緯。

 芭蕉句碑の句は、

「粟稗に 

 貧しくもあらす 

   艸の庵」

 黄檗宗とは、中国に於ける

臨済宗系の禅宗。

 日本では黄檗宗と名乗り、

日本三禅宗の一つ。

 中国明代末の禅僧 隠元禅師

(1592-1673)が江戸時代初期

(1654年)に来日。

 徳川四代将軍家綱公より

京都府宇治市に寺領を賜り

「黄檗山萬福寺」を創建・開宗。

 「唯心の浄土・己身の弥陀」

を体得。

 我々が本来備えている仏心を

座禅することにより発見し、

仏と一体となる。

 つまり心を浄土とし(唯心の浄土)

我が身を弥陀とする(己身の弥陀)

ことが大切だと説く。

 わかるようで、わからないのが、

実感。

 他の句碑は、次に!