実は公演直前、大変な出来事があったのです。出演者のお父さんが、本当にこの世を去られたのです。翌日の搬入に備え早めに稽古を切り上げ、バネットに荷物を積み込んで部室で最終ミーティングをしている時に事務所の方が部室へ。「すぐお母さんに電話してください。」って内容。
まさかと思いながらぴんと来ました。電話からあふれ出るお母さんの悲鳴のような叫び。凍り付く空気。「ひゃん」という言葉にならない息を吐いて、その子は駆け出しました。残された部員達。窓から下をのぞくと、信じられないような全速力で自転車を漕ぐその子の姿。彼女のお父さんが末期ガンなのはみんな知ってたのです。まさかこのタイミングで。誰もが公演中止を連想しました。さすがに18時間後に迫った開演には彼女は現れないだろう。
不安な夜でした。でも誰も明日はどうするの?なんて言えませんでした。連絡だってつきません。腹をくくる。それは今、苦境に立たされている仲間を信頼できるから出来ることだと思いました。あの子は公演に来るかも知れない、もちろん無理かも。でも、あの子が無理っていうなら、本当に無理なんだ。その時に備えて、自分たちは心の準備だけはしておこう。
翌朝、彼女は劇場に現れました。「ホンマにやるんか?」の質問に一度だけ涙して。自分が居なければ、仲間と造り上げた舞台そのものが消えてしまうと思ったから? つらい現実を忘れたかったから? 理由は彼女にしか分かりません。部員達に指示が飛びます。そんな彼女の前で悲しい顔はしないこと。上演に向け細かい問題点を一つずつ解決していきました。
僕にとっての伊丹西ファイナルステージ『ヤキー!』はこうして幕を開けたのです。