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美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

先崎彰容『ナショナリズムの復権』(ちくま新書)について  (イザ!ブログ 2013・6・24 掲載)

2013年12月16日 15時27分09秒 | 文化


先崎氏は、当ブログの常連執筆陣です。また、読書会でお会いしたことも何度かあります。だから、その人となりの少なくとも一端は知っているつもりです。それを無視して、クールな書評を展開することも可能なのでしょうが、自然体を大切にしたいと思っている私としては、どうも気が進みません。

彼は、博覧強記の人です。また、情報収集能力がきわめて高い人でもあります。テクノクラート的ないわゆる「エリート脳」の持ち主であると言っていいでしょう。そのことは、先崎氏ご自身自覚なさっているものと思われます。つまり、平たく言えば「物ごとのよく分かる、頭のいい人」なのです。

しかしおそらく、そこに彼のアイデンティティはないはずです。そこにアイデンティティを見出すには、彼のハートはあまりにも温かい。彼はそれを人前で出すことを慎み深く控えていますが、彼に接した人は、その所在をそれとなく察することでしょう。

筆者が自分の魂の置き場所にしたいと思っているのは、おそらく、本書のテーマとなっているナショナリズムという言葉で差し示される何かです。だから、本書のタイトルである「ナショナリズムの復権」とは、深い意味で「私なるものの復権」でもあるのです。大急ぎでおことわりをしておきますけれど、この場合の「私」(わたくし)は、全体主義を呼び込みかねない個人主義的なニュアンスとは無縁のものです。

また、筆者にとって、政治がナショナリズムという言葉を専有している現状は、どうやら許容しがたいことであるようです。そこには、筆者独特の政治嫌悪が感じられます。その意味で、「ナショナリズムの復権」とは、筆者にとって、ナショナリズムを政治から思想・文化の側に奪還する試みでもあります。

そういう深いこだわりがあるからこそ、筆者は、ナショナリズムをめぐるさまざまな誤解を、丁寧に、ひとつまたひとつ解こうとします。自分が大切にしようとするものを守りぬこうとするとき、人は、ごく自然にそういう振る舞いをするものです。そのプロセスには、ハンナ・アーレント、吉本隆明、柳田国男、江藤淳、丸山眞男らの主著の大胆な読みかえ作業という知的試みが伴います。

筆者が解こうとする誤解の一つ目は、「ナショナリズム=全体主義」という等式です。その等式を破壊するために、筆者は、ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』を援用します。全体主義とは何か。筆者は次のように述べます。

全体主義を、トラヴェルソを参考に「独裁者の支配を歓迎する雰囲気、集団である」と定義しておいた。しかし今や、もう少し詳しい定義をすることができる。第一に、全体主義に雪崩れこむ人々の心は自閉的で孤独である。なぜなら彼らは過去とも他者とも断絶しているからだ。第二に、みずからの過去に対して否定的であり、つねに現在の自分に不満を抱えている。そして第三に、伝統と断絶し、不平をいだく人々は、つねに未来を求めて変化と移動を好んでいる。空洞と化した心のなかに、何かを受けいれることで安心しようとするのだ。そこにしのび寄るのが、人種主義であり擬似宗教なのである。それこそ全体主義だとアーレントは言ったのだ。

長々と引用したのには訳があります。この箇所の行間から、筆者の「全体主義は、私だ」というつぶやきが聴こえてくるような感触があるからです。過去や伝統から断絶した、バラバラで、いまの自分に不満を抱き、つねに未来を求めて変化と移動を好み、空洞と化していて、何かを受けいれることで安心しようとしている心性こそ、高度消費社会を担う消費者のそれにほかなりません。私たちはみな、高度消費社会の住まい人です。「アーレントが描いた魂の漂流者たちは、私でありあなたでもあるのだ」という、筆者の、小声ではあるが確信に満ちた声が、響いてくるような気がするのです。

とするならば、高度消費社会は、その核心部分において、全体主義を呼び込みかねない危険な社会である、となります。おそらく、筆者はそう考えているのでしょう。「根源とのつながりを断ち切られた存在は、危険きわまりない」と。次の引用に、筆者のそういう思いを読み込むと、ひときわ味わい深く感じられます。

安定した秩序と均衡を重視すること、運動や移動よりも土地に刻んできた歴史、祖先の営んできた労働を受け継ぐこと、これがナショナリズムなのである。定住こそ、ナショナリズムの第一の定義である。孤独に打ちひしがれた人間の無目的な運動とそれは対照的な立場のことだ。

筆者は、全体主義の概念を深堀し、そのイメージをより鮮明にするために、吉本隆明の『共同幻想論』を取り上げます。ここで筆者は、『共同幻想論』を全体主義論として読み替えようと試みて、興味深い視点を提示します。筆者は、『共同幻想論』において、「默契」と「タブー」とをきちんと腑分けすることで、全体主義を対象化する論が展開されているとするのですね。ここは、やや危なっかしい冒険であるような気もしますが、それゆえユニークであることは間違いありません。また、芥川龍之介の死の意味を突き詰めることによって、吉本は、個人幻想にこだわりすぎることには、人を自殺に追い込みかねない危険性が存するとしているとの指摘は、なかなか新鮮でした。言いかえれば、個人幻想への過度のこだわりは、心の空洞化を招き、それを埋めるために全体主義を呼び込みかねない危険性を有するというわけです。

次に、筆者が解こうとする誤解は、「ナショナリズム=宗教」という等式です。その等式を破壊するために、筆者は、ふたたび吉本隆明の『共同幻想論』に触れ、さらに柳田国男の『先祖の話』を取り上げます。

まずは、ハイデガーについて。筆者によれば、ハイデガーは死について次のように言っています。

要するに現存在は、何を可能性として選択したとしても、そもそもの始まりが無根拠なのだ。だから始めから負い目を背負いこんでいるし、不安でそわそわしている。死はこの現存在=人間の冷酷な事実を、私たちに明らかにしてしまうとハイデガーは言っているのである。

筆者によれば、吉本は、「他界」の問題を考えているうちに、ハイデガーの死についての考察があまりにも個人に焦点をしぼりすぎていることに違和感を抱くようになりました。それを筆者は、吉本の内言として、次のように表現します。

そうだ、他界は個人の死について考えている限り登場しない。あくまでも対幻想=家族の利害関係、そこから外れていく者たちが行きべき場所が他界なのである。そこは空間的な広がりをもち、村の各家の外れ者――六〇歳を過ぎた老人――を収容する場所である。だから村はずれ、村の利害関係のいちばん外側につくられる世界なのである。(中略)ハイデガーの死とは違う世界が、他界には広がっている。他界には、個人の肉体の死をこえた時間が続いている。しかも他界は村はずれにあって、土地に結びついている。

ポイントは、「土地に結びついている」です。ここを重視して、網野善彦の、定住=農本主義は否定されるべきであり移動漂白することこそ正しい、とする史観を否定的に取り上げたのち、筆者は、柳田国男の『先祖の話』に言及します。

『先祖の話』は昭和二〇年十月に刊行されましたが、柳田はこれを同年の四月から五月にかけて、連日の空襲下という異常な情況下で、書き続けました。アジア大陸や、南方や、アリューシャン列島で、若い兵士たちが戦い敗れて次々に死んでいきます。敗戦の色が濃厚であるとの情報は、柳田の耳にも届いていたはずである。それを踏まえて、筆者は、次のように言います。

一九四五年の敗戦が奪おうとしていたのは、人々の積みあげてきた秩序とつながり、そして世界観であった。そこに定住した者たちが、自然と話しあい、また戦いとってきた秩序を粉々にしてしまうかもしれなかった。

ここに、柳田の次の言葉を並べれば、筆者の思いは、より印象深いものとして、読み手に伝わるのかもしれません。

少なくとも国のために戦って死んだ若人だけは、何としてもこれを仏教徒のいう無縁ぼとけの列に、疎外しておくわけには行くまいと思う。・・・・・ともかくも歎き悲しむ人がまた逝き去ってしまうと、程なく家なしになって、よその外棚を覗きまわるような状態にしておくことは、人を安らかにあの世に赴かしめる途ではなく、しかも戦後の人心の動揺を、慰撫するの趣旨にも反するかと思う。

ごくおだやかな口ぶりではありますが、柳田はここでとても深いことを言っています。ここには、日本人の心の襞に息づいている生死観が織りこまれているのです。それは、言葉にすれば、こういうものです。

この島々にのみ、死んでも死んでも同じ国土を離れず、しかも故郷の山の高みから、永く子孫の生業を見守り、その繁栄と勤勉とを顧念しているものと考え出したことは、いつの世の文化の所産であるかは知らず、限りもなくなつかしいことである。

筆者は、柳田のこういううるわしい言葉を、心のとても深いところで受けとめているはずです。

ここで、次のような疑問が浮かんでくるかもしれません。「筆者の言わんとするところは分かった。ところで、生死観とは広い意味で宗教に他ならないだろう。筆者は、どうやら柳田の言葉にナショナリズムの深い意味合いを読み取っているようだが、それは、生死観を含んでいるのだから、宗教でもある、となるのではないか。先ほどの「ナショナリズム=宗教」という等式を破壊するどころか、むしろ、その等式を強化してしまっているのではないか」と。

それに対しては、筆者に成り代わってこう申し上げておきましょう。土地に根ざした定住者のおのずからなる生死観は、むしろ、生身の人間を崇め奉る似非宗教を拒否する。だから、土地に根ざした定住者のおのずからなる生死観に立脚したナショナリズムは、そういう意味での宗教とはまったく別物なのである。それゆえ、「ナショナリズム=宗教」という等式は、根のところで破壊されうる、と。

さて、筆者が解こうとする最後の誤解は、「ナショナリズム=民主主義」という等式です。その等式を破壊するために、筆者は、江藤淳と丸山眞男の戦後評価を対比します。しかしながら、その詳細について述べてしまうと、この文章がネタバレ物になってしまう危険があります。すると、これを読んで本書の内容が分かったような気がして、本書を手に取らなくなる可能性がないわけではありません。それは、私の本意に反しますので、本書の内容についての話は、このくらいでやめておきます。

筆者は、本書において、現実離れをした観念的なナショナリズム論を展開しているのでしょうか。

そんなことはありません。本書でも言及されているように、国際政治学者の故高坂正堯氏は、国家を、利益の体系・力の体系・価値の体系の三つからなる、とします。戦後の日本は、ひたすら利益の体系を強化してきました。また、最近の中国の軍事力の脅威の高まりによって、力の体系の強化がクローズアップされています。いずれにしても、価値の体系としての国家がなおざりにされている状態に変わりはありません。本書での試みは、そういう状態を憂慮してのものである、と位置づけることができるでしょう。本書は、ごく現実的な問題意識に基づいて書かれているのです。

また、本書に対して、次のような反論がありえると思われます。すなわち、「柳田が『先祖の話』を書いた一九四五年当時、農業を含む第一次産業の就業人口は、全体のおよそ50%弱を占めていた。ところが、いまや第一次産業のそれは、5%に激減している。それに対して、いまや約65%ほどの人々は第三次産業に従事しているのである。だから、当時なら、『土地に根ざした定住者』を中心に考えることに妥当性があったことは認めるが、産業構造が激変した現代に筆者の話はマッチしない」と。

それに対して、私は、自分自身の問題意識に引き寄せて、次のように答えたいと思います。いずれの時代においても、人間の本質としての共同性に立ち帰ってものごとを考えるべきである、という真実に変わりはない。一九四五年当時においては、「土地に根ざした定住者」に視点を定めることが、そういう考え方にかなったことであった。産業構造が激変した今日においては、人間の本質としての共同性は、ひとそれぞれの生き方によって肉付けされるべきものである。その多様性に応じて、柳田的な視点を受けとめればいいのだ、と。

以上を踏まえたうえで、私は、筆者の果敢な試みを是とする者です。

〔付記〕

先日、古森義久・産経新聞記者のブログ「ステージ風発」の「靖国問題への内政干渉をやめろ」に次のようなコメントを送りました。上記とそれなりに関連するところがあるような気がしますので、掲げておきます。靖国問題に関するものです。

ケビン・ドーク氏の「国立追悼施設での代替は、より全体主義に陥りかねない」というご指摘に、ハッとさせられました。為政者の思惑が、伝統や慣習に根ざした魂の問題を左右するのを許すことは、全体主義に道を開きかねない危険でどこか醜悪な振る舞いであるということですね。とても腑に落ちる議論です。これが、国内の反日メディアの手にかかると、国立追悼施設での代替こそが、近隣諸国の被害感情に配慮した、世界平和に貢献する、民主的な素晴らしい方策である、という扱いになります。夢々だまされてはならないとあらためて思いました
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 「団塊の世代の共通点~おもに高学歴・高キャリアの人たちの特徴 (イザ!ブログ 2013・4・30 掲載)

2013年12月15日 00時41分50秒 | 文化
以下は、まあ一種の放談として聞いてください。

私は、世代論的な物の言い方には、これまで一定の距離を置き続けてきたつもりです。しかし、世にいまだにはびこる団塊の世代なるものに通弊があることは、いつのまにか、体験的に否みがたいものになってきました。特に、「高学歴・高キャリアの団塊」ほど、看過しがたい共通点があるように感じられてしかたがありません。それを思いつくままに列挙してみましょう。

(1)相手からマウンティングされまいと身構えて、スキあらば、相手をマウンティングしようとする。ほがらかに、くつろいで話せない。

(2)強引で、アクが強く、傲慢である。さらには、そのことに無自覚で、人によっては自分は謙虚で腰が低いとさえ勝手に思い込んでいる。その思い込みのはなはだしさに、内面的な強引さ、アクの強さ、傲慢さが、ニンニク臭のようににじみだしていることに当人はどうしても気づかない。

(3)権威・権力を嫌うわりには、自分自身、権力志向が強く、権威主義的である。反権力ではあるが、自分は権力になりたい。

(4)他人(ひと)の話を落ち着いて聞こうとしない。自分の意見をとにかく言い通そうとする。聞いている場合は、本当に聞いているのではなくて、勝手に話し手よりも高い位置を頭の中でこしらえて自分をそこに置き、「聞いてやっている」というスタンスを保とうとする。対話によって、自分の意見を変える気など鼻からない。

(5)権威主義的であることとつながるが、自分より上と思っている者には媚びへつらうのに対して、自分より下と思う者に対しては、とにかくキツく当たる。だれにも、そういう傾向は多少なりともあるのかもしれないが、その程度がはなはだしいのである。犬のような習性が抜き難くある。

(6)良く言えば生命力旺盛、悪く言えば鈍感・無神経。

(7)概して、声がでかい。

(8)以上のことについて無自覚なので、自分だけはこれまで私が述べたことと無縁だと思い込んでいる。


もうひとつ、高額の年金やそのほかのあぶく銭をつかんで、「自分は逃げおおせた」という強い思いを抱いている(日本のためには、文字通り、一日でも早く死んだほうがよいですね)。そのうえで、あくまでも「リベラル」を気取りたがる。

また、これは団塊全体の「通弊」というほどのことでもないのであえてリスト・アップから外しますけれど、七〇年ごろにブント派の切り込み隊の一員のようなことをやっていたO氏が、九〇年代の半ば頃、吉本隆明の影響をふんだんに受けていた私を、「美津島さんのような吉本主義者は・・・」と指弾したのに面食らってしまった経験がありました。この世に「吉本主義者」なる言葉があろうとは想像だにしなかったからです。それを真顔で言うO氏の思い詰めたような表情に対して、私は向けるべき言葉がどうしても浮かんできませんでした。団塊の世代のなかには、議論の相手にレッテル貼りをしないと気がすまない方もいらっしゃるのでしょう。

閑話休題。「高学歴・高キャリア」の方々は、なまじっか自分に自信がある分、そのことがかえって悪く作用してしまい、世代的な特徴がゆがんだ形で顕在化しやすいのかもしれません。

なかなか死なない彼らは、これからも生臭い匂いを無自覚に発散しつつ、現役時代と同様に、周囲の人々に迷惑をかけ、負担をかけ続けていくのでしょう。どうですか、周囲を見回して、思い当たる方はいらっしゃいませんか。ひとつ言い忘れていました。もちろん、何事にも例外はあります。団塊の世代のなかにも、そうではない方は(ほんのひとぎりですが)いらっしゃいます。個人的には、その確率は二~三割程度です。

と、一気に書き連ねてはみましたが、「自分は、そういうこととは無縁だ」と私自身が思い込んでしまったら、世代の違いを超えて、彼らと同じ穴のムジナという陥穽に落ち込むことも大いにありえますので、ここまで悪口を言ってしまった以上、心静かに我が身を振り返ってみましょう。

人生の半ばを折り返した中高年は、個人的な運・不運はとりあえず措くとして、周りのひとたちとは、今後なるべく良い感じでお付き合いをしたほうが、その有終に、美を飾る、とまでは言わずとも、少なくともそれを醜で終わらせることを避けるうえで、よろしいのではないかと思われます。死んだとき、周りの人たちから内心ほっとされるのは、いかがなものか、ということです。野暮を承知で大真面目に言ってしまえば、そういう事態を招いてしまうことは、「弔う」という人倫の根本感情を、自ら知らぬうちに少しずつ毀損し続けてきた帰結・集大成という意味合いになってしまうのではないでしょうか。
                                                                                                          (自分のFB記載原稿から転載・改稿しました)


〈コメント〉*FBでのやり取りを転載しておきます。

嶋村 伸夫 :自分も組合理事長も同世代です。つまらないことを、まき散らしていますね。

*自分は団塊の世代だと言っているのでしょう。そうして、一把ひとからげにして論じられるのは不愉快であると。(ブログ主人:注)

美津島明 :どのように受け取られようと、それは、読み手の自由なので「つまらない」と言われても「そうですか」としか申し上げようがありません。ちなみに、これは、読書会の、団塊の世代の複数のメンバーと、普段から、ごく普通に話し合っていることを、知的なことにかかわる人間一般にもありがちなこととして論じている文章です。私自身も、ここで論じた性格類型から免除していない書き方をしていることは、できたらご承知おきください。私は、「自分を戯画化する視点」を非常に大切である、とも思っています。

嶋村 伸夫: 「自分の戯画化」とは興味深い視点ですね。いつか、詳しく聞かせてください。

*いまさらながら思うのですが、これ、「図星」の反応なのじゃないかしら。自分の「まき散らし」にいささかながら自信を持ちました。(2019.03.28)
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美津島明 落語を見に行く   (イザ!ブログ 2013・3・7 掲載)

2013年12月10日 22時06分39秒 | 文化
一昨日は、年上の友人Iさんに誘われて落語を見に行ってきました。場所は、小田急線成城学園前駅から歩いて数分の成城ホール。出演者とその演目は、次の通り。

柳亭市馬 うどん屋
三游亭兼好 崇徳院
瀧川鯉昇(りしょう)長屋の花見



 兼好                 市馬                   鯉昇

一流の噺家の落語を二時間堪能して、締めて3500円。これは、お得です。一番面白かったのは、兼好師匠の「崇徳院」でした(ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E5%BE%B3%E9%99%A2_(%E8%90%BD%E8%AA%9E)。素材の良さと、兼好師匠の滑舌力に富んだテンポの良い話しっぷりとが合致していたのでしょう。

それと、鯉昇師匠の、地べたに吸い付くようなお辞儀の仕方と、本題に入るまでの脱力系のユーモアにあふれた話しっぷりの印象が鮮烈に残りました。市場師匠の、ゆるいテンポの味のある語りも捨てがたい。

もの書きの端くれとして彼らに感心するのは、演目が設定する江戸時代に入るまでの、話の持っていきかたが絶妙であることです。江戸時代にいまの風俗をあえて取り入れることだってあります。いまと当時とを自然につなぎ、聴き手の心理を自由自在に操る才に、落語家たちは恵まれているのですね。これは、一朝一夕で身に付けたものではないでしょう。なんとかしてその呼吸を盗み取りたいものだと、所詮はかなわぬ夢を抱いております。

私が落語を見に行ったのは、これで二回目です。前回は、柳家喜多八師匠を見ました。場所は、銀座の博品館でした。ふたつ演目がありましたが、「黄金の大黒」(senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/02/post_9.html)がとても印象に残っています。長屋の住人たちの演じ分けが鮮やかだったのですね。喜多八師匠は、ちょっといい感じの若い女性がひとりで見に来るほどの、粋でダンディなおっさんではありました。彼の「落語は、ガキには分からねぇ」というセリフが、すとんと腑に落ちましたね。


喜多八

落語家の話っぷりに心を寄せていると、笑いながらなぜかしら涙がにじみでてしまう。オレは感覚がおかしいのか、とひそかにいぶかしく思ったのではありますが、ご一緒した友人も同じような感慨を漏らしたので、ああやはりそうなのかと安心した次第です。口はばったい言い方になりますが、落語の味は人生の味に通じるようです。面白うて やがて悲しき 鵜飼かな。

まだ落語を見に行ったことのないあなた。もしくは、テレビで落語を観て「たかだか、あんなもの」とたかをくくっているあなた。騙されたと思って、とにかく一度だけでもいいから、ライヴで見てみてください。認識を新たになさること請け合いです。映画は映画館で、落語はライヴで。恋は語るものではなく、あくまでもすること、にどこかで通じるようで。

落語が終わった後、Iさんと駅界隈の一杯飲み屋に入りました。三〇年間続いている飲み屋、とのこと。ブタのレバー刺がとても美味しかった。店をお休みにする土日は、わざわざ遠くの市場までブタレバーを仕入れに行くそうで。杯を重ねながら友人となんだかとても心地よくお話できたのは、半ば以上、当夜に聴いた上質の落語のおかげだったのでしょう。
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