1、元は「シニカル」「シニスム」の訳語として生まれたのではあるまいか。
2、「シニカル」という語は古代ギリシャの哲学上の一派「キュニク派」から生まれました。
その代表者であるディオゲネスは「犬のディオゲネス」とも言われ、外的条件に左右されない幸福を求めるところから、現実社会の一切のしきたりや制度や権威を無視するようになりました。儒者に似ている面があるので「犬儒派」とも言われます。
3、アレクサンダー大王がディオゲネスの噂を聞いて会いに来て、「何か欲しいものはないか」と聞いた時、答えて曰く。「そこをどけ。お前のために日が陰る」。
王様が訪ねてきたのにこういう態度を取ることは普通はありません。そこで、誰でもが認めるような普遍的な価値すらも「せせら笑い」「冷笑する」ような態度を「シニカル」と言うようになりました。
4、冷笑を「あざ笑うこと」と説明している辞書もありますが、不正確だと思います。それは嘲笑です。
5、「シニカル」を「皮肉な」と訳す人がいますが間違いだと思います。「皮肉」とは「所期の目的に反するような結果に終わる」ような事を言います。
「ソクラテスの皮肉」と言われているのは、相手を智者と認めて出発しながら最後には相手が無智者であることを暴露するように持っていくことです。
つまり皮肉は弁証法的な論理構造を持っているのです。又、形容する言葉を比べてみても、「痛烈な皮肉」とは言いますが「痛烈な冷笑」とは言いません。
用例
(1) 緒方は変った男である。いろんな女とのつきあいも少なくないらしいし、それにほとんどの女に対して、いつも斜めから見ているような冷笑的な態度をとっていた。英子に対しても、それは例外ではなかった。
だが、信介は緒方のそんな偽悪的な口調の陰に、むしろ女に対して過大な期待を抱きながら、それを表面に現わすまいとしている彼の内心をうすうす感じとっていたのだ。緒方は英子のことが好きなのだ、と信介と一種の確信をもって考えた。
(五木『青春の門』自立篇)
(2) 「こんな事を言ふ資格はないけど」と、ここまでは照れくささうなシニックな表情で、そしてこのさきは律儀な顔になって、「でもね、友達として言ふんだが、あれはよせよ」
(丸谷才一『女ざかり』)
(3) シドニーは今、街中がうかれている。オリンピックの喧騒を嫌って、期間中はシドニーを脱出するシニカルなグループもいるが、大半はお祭り好きのオージーで、その熱気には圧倒される。
(朝日、2000,09,18,弘兼憲史)
関連項目
皮肉