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主食

2014年09月06日 | サ行
 佐々木健一著『辞書になった男』(文芸春秋社)を読んでいたら、辞書編纂者たちが「主食という語を辞書に載せ忘れているのになかなか気づかなかった」といったことが書いてありました。気になりましたので、どういう「語釈」が書いてあるのかなと、見てみました。

 明鏡には「日常の食事の中心となる食物」とありました。新明解には「食事のうちで、主としてカロリーのもとになる食べ物。米・麦などの穀物とか食パンなどを指す」とありました。両著共に、当然の事ながら、「副食」との対概念である旨の指示だけはありました。

 私だったらどういう事を書くかな、と考えました。

 主食という概念(言葉)は、朝食とか昼食とか夕食とかの1回の食事を「主食と副食」とに分けて考える人ないし民族だけにある概念である、という事です。

 という事は、そのように考えない人や民族もあるからです。私の狭い経験と知識だけでも、ドイツ人はそういう考えを持っていないと思います。和独辞典で「主食」を引きますとHauptnahrungとありますが、逆に独和辞典でこの語を引いても出ていません。

 ドイツ人の食事を考える際の区別は「Hauptmahlzeit(主たる食事)はいつか」と「kaltes Essen(冷食)かwarmes Essen(暖食)か」の2つだと思います。Hauptmahlzeit(ハウプトマールツァイト)とは「一日の食事の中で中心的ないし主たる食事」のことで、ドイツではたいてい昼食です。日本ではもちろん夕食です。暖食というのは文字通りの意味で「火を使った暖かい料理の出る食事」のことで、そうでないのが冷食です。ドイツでは昼食が暖食で、夕食はパンを切ったものとチーズとかハムだけのことが多いようです。

 ついでに。日本の料理は最初からすべて食卓の上に並べて、食べる人がご飯とその他とを交互に選んで食べる横型の食事と、欧米のように前菜から主菜、そしてデザート等といったように1つずつ前後して出る縦型の食事との区別もあると思います。

 要するに、主食を日本語辞典で説明する際には、外国の食事と比較しての日本人の食習慣の特徴を説明しなければならない、という事です。国際化の激しい現在はますますこういう説明が必要だと思います。

 学問では問題意識が一番大切で決定的だと思います。貧弱な、あるいは狭い問題意識で145万もの用例を集めても本当の日本語辞典はできないということです。