ワタシが断捨離をせねば、と思い出したのはこの8月あたりです。
きっかけは、やはり篆刻を公募展に出すための作品作りが今までの自分の生活を変え圧迫し始めたことと、耐えられないほどの今年の暑さでありました。
1000種類もの植物を育てるのも、手入れをしなければ枯れたり衰えたりします。しかし、熱中症などの心配をしながら命がけ汗だくでガーデニングすることも無いのが道理であります。メダカが3回にわたって大量死したのも、屋上が高熱になってプールの水がお湯になり、水質悪化もあっという間なのに、暑さでつい水替えなどの世話を怠ったことが原因です。
梅雨のさなかから日照りと猛暑が続き、体調不良も手伝って冷房の効いた部屋で過ごす時間が増えたので、心を入れ替え、古くなって使わないものを処分しよう、ごちゃごちゃに保管している石印材も整理しようという気になりました。印材の整理はある意味愉しみが半分なので、なんの苦痛もなく一日いじっていられるのです。
そして、篆刻印の応募が一件終わり、次に日展、更に年内に2,3件の公募展へ出品する、という段階に入ってきました。そうなると、やはり自分の時間に限界があり何かを削るしかなくなっているのです。実際、最近70歳近くなって「焼きが回った」という感覚が顕著になっています。
焼きが回るという言葉は「年をとるなどして衰えてにぶくなる。ぼける。」という意味で、刃物の焼き入れで火が回りすぎると切れ味が悪くなる、が語源だだそうです。
ワタシは、まさにその表現がぴったりで、ここ1年ほど記憶力が落ち昔の事を忘れてボケて来た感が強く、疲れやすい・能率が落ち集中力もなくなってきたことを実感しております。寄る年波には勝てない、などと言いますね
そんなわけで、今までの通りに生活することが難しくなり、とりわけガーデニングなどの外仕事が無理になってきた、と家内にも宣言されたのであります。45年わたしのそばで見て来た彼女が、冷静に観察してこの旦那は、もうう限界だわと結論を出して、「本気でハンコを彫るなら、ガーデニングはもうできないわよ」、と。そして、とうとう、10年間誰にも頼らず、そのやり方も教わらず自分で考えてずっと維持してきたマイガーデンを専門家(植木屋さん)に一旦委ねる・整理をつけることになったのです。
約60坪の緑地と空き地に所狭しと植えた植物が年々大きくなり、鉢植えだけで100以上あります。一方でダメになったり使えなくなる植物や設備(温室・ビニール屋根・トレリス・花壇など)が手に余って言います。どこをどうすればいい、というのは全部頭に入っていて経験もあるので、時間と体力があれば一人でもできます。が、もうやっていく自信と気力が失せてきたのです。
それで昨日、長年母屋でお世話になっている植木屋さんに現場を見てもらい、ほぼすべての問題点を説明しました。真っ黒に日焼けした植木屋さんは、初めて見るワタシの栽培している植物たちの多さ・伸び具合に目を丸くし、半ば呆れていました。ご主人、これをあなた一人でやってきたの?とビックリしていました。ワタシとて、やる気になればどれも出来るんです、と悔し紛れに話をいたしました。しかし、実際体のあちこちが痛み、時間が取れず、体がついていかなくなったのでお願いしたいと頭を下げました。
好きにやってくださいというわけにはいきません。あくまでワタシが棟梁、あれをどうしろこれは伐ってくれ、ここには屋根を付け替えて、と指示せねば植木屋さんだって困るのです。とりあえず、明日から(月曜日)から出来ること剪定から始めましょうということになりました。駐車場に面して大きくなりすぎた「シマトネリコ」は伐り倒します。
常時ついて回って指図するくらいなら自分でやりますが、それが出来ないので「お金」で解決するしかありません。明日は、午前中マッサージさんが来ます。午後は日展作品の仕上げと個人申し込みのための搬入などを専門業者さんに頼まなければなりません。火曜日はゴルフコンペの予約が入っております。来月も、お寺さん・仲間たちとの旅行・ちょっと大きなイベントの企画とりまとめなど、いろんな予定がある中で新たに篆刻作品制作にかかるつもりです。焼きが回っても、周りは待ってはくれない、頼りにされることがあって気が抜けません。
あぁ、お金も時間も体力も自分の愉しみも減る一方であります(´;ω;`)