植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、メダカと野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

今年は挑戦の年だったようだ 来年はどうだろう

2021年12月31日 | 雑感
なんと慌ただしい一年であったか、今更ながら実感しております。
振り返ると今年になって、3つのことが新たな経験や挑戦となりました。

 今年の元旦から篆刻を始めました。厳密には3年ほど前に一度トライしたのですが、思うようにはいかず数年かけて4本ほど彫ったに過ぎません。書道作品作りに欠かせない落款印を金をかけずに作ろうと思い立って、今年まさに一念発起し、傾注するうちに病みつきになりました。ワタシの人生の中では、大学受験の勉強を除けば(笑)、これほど自分の生活の時間や精魂を傾けて取り組んだことはありませんでした。ヤフオクも、それまでの書道具一辺倒から、9割以上を印材と篆刻道具、篆刻関連書籍にシフトし年間100万円くらいを費やしたかもしれません。(恐ろしくて計算出来ません)

 もし50年も前に篆刻に出会っていたなら、今頃いっぱしの篆刻家になっていただろう、と思います。それほどに面白く、またワタシの性分に合っていたと言えます。1年で600本位彫りました。何十人という方に差し上げ、それなりに喜ばれ、中にはそれをきっかけに篆刻を始めた人もいます。数万円ですがワタシの印で代金を頂きました。

 来年もまた翌年も篆刻にのめり込んだ日々を送りたいと思います。人が10年かかるものならば、その5倍、10倍の労力と時間をかければ数年で上達できるはずです。また、自営をしている数人の仲間や知り合いには篆刻の取次ぎをしてもらえる手筈となっています。安くて早い上手な印を提供してあげれば、注文する人も、取次ぐそれぞれに手数料が渡せてみんなハッピーになります。

 次にチャレンジしたのが、「手打ちそば」でした。これはなんのきっかけも理由もなく、突然、やってみようと思ったのです。蕎麦打ち台は家にある折り畳み机を改造し、ヤフオクで道具を揃え、ネットでそば粉・打ち粉・割粉を買い求めました。先生は勿論YouTube。見よう見まねで廃棄するパンケーキ用の粉で練習し、あとはネットを検索しながら打ちました。ワタシ達が若い頃であれば、材料や道具は売っている所を探して遠くへ買いに行かなければなりません。本を読み実際に蕎麦打ち教室に行かなければ会得出来なかったでしょう。今はそうしたことが在宅のままで、習得し蕎麦を打てるようになるのです。

 そして、自分で楽しみにしていた時が来ました。正月休みに帰省して来る子供たち家族みんなに自慢の手打ちそばを振舞うのです。一緒に年越しできる家族や子孫が居て、自分で打ったそばを皆で食べながら新しい年を迎える、そんな幸せはそうはありません。昨日10人前、今日更に10人前を打ちます。家族以外にもおすそ分けいたしますから。


 三つめは自治会でありました。ずっと地域活動に無関心であったワタシですが、定年後はいずれ自分の住む町に何かの貢献をしたい、自治会の役も引き受けることになる、と考えていました。今春、何の因果か全く自治会活動未経験で、町内の人も数人しか知らないワタシがいきなり会長にまつりあげられました。28名の理事の大半は老人か主婦あるいは仕事持ちでした。普段時間の自由があって、健康で年齢的にも頑張れるような人はワタシくらいしかいなかったのです。自分が受けなければ、誰かが貧乏くじを引くことになる、と思うと引き受けざるを得なかったのです。

 結果としては引き受けるんじゃなかった、病気だとか嘘ついても固辞すべきだった、というのが本音であります。4月から、ほとんど毎日のように自治会の用事用件が発生しました。それが電話一本のこともあれば、数時間の会合であったりします。市役所に赴く、町民と議論する、面倒な書類を作成するなどのこともありました。

 忙しいだけならまだ我慢も出来ますが、理事を含めた多くの人たちが自治会に無関心だったり、自分勝手に行動したり、会長にあらゆることを押し付けようとするのに驚かされ悩まされました。10年以上も関与している古参のメンバーは、自分たちが一番よく知っていて偉いのだと勘違いしているのか、好き勝手な言動で自治会活動に齟齬も生じていました。自治会を束ねる自治連の会長の専横にも辟易としております。

 残りの任期、あと1年3か月をどう過ごしていくのか、はたしてそれまで耐えられるのか自信がありません。一番の対処策は、流れに逆らわず、何も自分で考えてやろうと思わないこと、自分は無能だから知りませんと職務放棄することなのですが。それは出来ないなぁ

 ともあれ、あと十数時間で年が変わります。自分は変わらず、ただ死期が近づくだけの事でもあります。自分が何を為したか、何を残したかは大したことでは無かろうと達観するようになりました。その中で、来年は何に挑戦するのか、それだけが期待であります。
 自分に正直に、そして正しく、人にやさしくありたい、と願っております。
そして、大好きな印を彫りながら一日いちにちを意味のある濃密で無駄なく過ごしたいと思うのです。

 この一年間、こんな拙文を辛抱強く見ていただいた皆様方に、ただただ感謝申し上げます。

「皆様、よい年をお迎えください。」
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暮の小掃除

2021年12月30日 | 雑感
今年一年を総括して来年の計画やら目標を立てようとおもっていたら、もう明日は大晦日ではありませんか。

 数日前からぼちぼちワタシの隠れ家(仕事場)の掃除やかたづけに取り掛かっていたのですが、遅々として捗りません。ワタシは自慢ではありませんが清掃や整理整頓という基本的な作業の能力のどこかにかなりの欠損があると見えて、片付けてるそばから散らかす、掃除はひと月しなくても平気なのです。しかし年末なのでお掃除の時期でもあります。

 人並みの環境に維持をするために心がけるのは、マイオフィスに人が来るように仕向ける、ということです。訪問者があれば、それなりに奇麗な部屋にしなければならないと思うので、嫌々ながらも半強制的に掃除機をかけあたりの整頓をするようになります。

 コロナで、知り合いを集めて食事会・飲み会というのは2年間途絶えました。最近では、自治会関係の打ち合わせが入ります。子供たちは遠くに住むようになって滅多に顔を出しませんが、税理士や知り合いの韓国人夫妻が訪ねてきたりで、一応最低レベルの掃除をキープしていますが本質的に汚いのは変わりません。

 そして、一番の魔界がワタシの篆刻・PCなどの作業部屋であります。一年中篆刻して石の粉と書道紙の紙の繊維などが舞い上がり、いたるところにうっすらと白く埃が積もっております。4坪足らずの小部屋には3台のパソコン、広い机と椅子がそれぞれ二つ、そこに書庫やらコピー機、印材を詰め込んだ棚が三方向にあり掃除機すら満足にかけられないのです。

 このままここは年越しだと思っておりましたが、急に思い立ったインターネットの通信環境を正常に直そうというのがきっかけになりました。数年前から通信が不安定でしょっちゅう接続が切れるという症状が出ていました。このところそれがひどくなってきて、時折、光電話も繋がらないありさまとなっていたのです。

 携帯電話で故障案内のアプリを使って操作をしていくと、NTTからの故障回復の操作案内が表示され、一旦電源を落としてコンセントを抜けだとかなんとか指示がありました。そんなことで改善するはずもなくやはりネットが切れてしまいます。それで、故障修理依頼の画面までたどり着いたのでした。するとその日にNTTからじかに電話があり、「NTT側から通信状況の確認をしたが確かに異常がみられる。ついては故障担当を差し向ける」というのです。

 想像するに、コロナで在宅勤務・リモートが一般的になり、利用業者側からネットの接続不良は早く直せと矢の催促が来るのでしょう。当方としては願ったりかなったりでありますが、「それでは、明日にしましょうか」とそのサポセンの女性が仰るのです。!!いいけど、部屋が汚い(´;ω;`)
 そして、昨日の午後やってくることになりました。期せずして仕事部屋の掃除をいたしました。別名パウダールーム(笑)。粉と紙埃と墨で汚れ、床には得体のしれない小さな物体があちこちに散らばっておるのです。

 行方不明だった「コロコロ」やら定規・つや出し用布など発掘いたしました。どうにか拭き掃除までたどり着いて思いがけず奇麗になったところで、件の担当がやってきました。4時過ぎまでかかって作業完了。回線の引き込みのコネクターを全部交換、それでも安心できず10年以上経過した古いルーターを最新のものに交換しました。ここまでは無料。

 ルーターを交換すると、唯一プロバイダーの初期設定(PW・ID入力)が必要になります。今年母屋でこれに挑戦して失敗し、有料のサービスを頼んだ苦い経験があるので、迷わず有料の設定をお願いしました。あの時半日かかけてできなかった、その時間のロスとストレスからしたら3,500円の手間賃など安いものでした。

 とりあえず、無事考えられるすべての対処をいたしましたが、完全に復旧して完ぺきな通信環境になったかはいささか疑問を抱いております。怪しげなダウンロードアプリを使ったりしてるし、この部屋が何かの祟りか妖怪がとりついてでネットを断ち切られているのかもしれません(笑)。

 ともあれ、部屋もきれいになったし、ネットも今のところさほど接続中断の障害がはっきり出てはいません。

 今日から子供たちが夫婦で数日この隠れ家に逗留するのです。これから、リビングを掃除機をかけてざっと拭き掃除をいたします。大掃除は到底無理、ちびちび小掃除をしてお茶を濁す、それが出来る精いっぱいであります。
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やはり独学独習が性に合うようだ

2021年12月29日 | 篆刻
 篆刻に本格的に取り組んで丸1年となりました。彫った数は600個くらいになりましょうか。忙しいあまり4時起きで朝5時頃から数時間彫るということもたびたびであります。そこで自分の篆刻の力を測りたい、今のやり方でいいか修正すべき点、目指す方向性そんなものを専門家に見てもらいたいと思ったのであります。

 当地平塚に唯一篆刻の店舗を持っている篆刻家がいて、昨年末に「姓名印」を作って貰った縁で、何度かお店を訪ねておりました。だいたい四方山話をして2,30分、今まで5,6回は訪問しましたが、一度も客は入っていません。篆刻と同時に各種印鑑も作っていて、何代か続いた印章店であったと聞きました。果たして商売は成り立つのだろうか、と思っていたら今年の夏に店舗を壊して建て替えたのです。多分隣の洋品店は同じ建物にありテナントとして入っていたようです。

 それが建て替え後には、はんこ屋さんの店舗面積が2坪足らずになっていました。聞けば介護の年寄りが3人いて、居住部分を大幅に増やしたのだとか。どうせはやっていない印章店ならば、これまでとさほど関係ないとしても家賃がもらえなくなるか、などと思っていました。こんなに暇ならワタシの篆刻の指導をしてもらえるだろうとも感じていたのです。

 そこで出向いて相談してみました。即座に出来ませんと断られました。要介護の年寄りを見ているので日中見張ってなくてはならず弟子など取れないと言うのです。もし、篆刻家を目指して公募展に入選しようとすれば生半可なことでは出来ない、とか、一人の先生に師事して気に入らないで他の先生に変わるとかいうのはそういう情報が流れて好ましくない、挙句には横浜にカルチャーセンターがあるのでそちらにいったらどうか、などと仰いました。
 この先生は河野隆さんに付いたことがあるというのが自慢で、事あるごとに河野先生の事をほめそやします。ご自身も神奈川県では若手の五指に入ると言い、いくつかの公募展に入賞したということも言っていました。

 ワタシが、独学で篆刻をやっているのが気に入らないらしく「いくら字典を持っていようが、ネットで勉強しようが何百本彫ろうが、三法を勉強しないと上達しない」と言います。三法は、「字法・章法・刀法」であります。時代や目的にあった書体・文字そのものの形を選び、印面のレイアウトを考え、奇麗な線を出す篆刻刀の彫る技術が大事なのですが、そんなことは百も承知、何十という書物と数百におよぶ先人の刻印の現物で毎日研究し学んでおります。早朝から摸刻と創作を交互に繰り返し暇さえあれば彫っているのです。そもそも数か月だけ、ワタシの彫ったものを見てもらう程度で結構、師事するつもりはありません。

 結局はどうも篆刻家の世界はとても狭く、ごく一部の篆刻家の資格を有している人だけの互助互恵組織であるようです。篆刻の文化を広めその人口を増やそうとしているようには思えないのです。書道も篆刻もいわば緩慢に衰退している日本文化の一つで、それで食っていくには市場が小さいのです。書道人口がせいぜい50万人、その1/10ほどの数万人が篆刻の愛好家や篆刻家に過ぎません。(そもそも公的な調査記録がありませんので推測ですが。)篆刻家さんも、書道や日本画などの作品を書く人が顧客になるとはいえ、そうそう沢山の印を必要としませんし、一つ作れば何十年も使えるので需要が極めて少ないのです。

 ワタシは残念ながらどなたかに学んだり指導してもらうことは諦めました。正直なところ、この先生についても、やる気が増すことになりそうもありません。ワタシが逆の立場だったら、制作した印を子細にチェックし、その場で気づいたことや修正点を指摘したうえで、「弟子にはできないけれど、一度ゆっくり見てあげましょう」と言うでしょう。
 この先生に作っていただいて3万円支払った姓名印は、ワタシの書道の師匠からは「面白くない、がっかりね」と酷評されたのです。

 さりとて今更カルチャー教室に通って年寄り相手の暇つぶしのような教室で時間をかける気にもなりません。先生に袖にされたのは、ワタシが頑固そうな年寄りで見込みが無いのか、あるいは甘えるなとの叱咤かは知りませんが、今まで以上に勉強し研鑽すれば結果はついてくるでしょう。

 それにしても、「今からでも遅くない」とワタシの背中を押してくれた旧友、「今でも確かな腕があるので、なにも師事することなど無い」と励ましてくれる書道仲間がいます。ネットを通じてワタシの篆刻の情報を見て、篆刻の魅力を知り、新たに篆刻を始めた若い方も何人かいます。

今朝も小手調べに2本彫りました(笑)


 先生だけが特別で、偉いなどと勘違いしてはならないのだ、と思います。自分を導いてくれる人は身近に何人もいるのだと。
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初だしさんに感謝

2021年12月28日 | 篆刻
実は先日のヤフオクには続きがあります。
田黄というワタシにとって得難い逸品を何とか入手したいと思っていたので、一昨日「田黄の鳥鴉皮のようなもの」を500円入札額を上げただけで、めでたく入手できたことに気をよくしていたのです。

 その日どういうわけか非常に珍しいもの、これはコレクションしたいなぁという品々が幾つも集中していたのです。

 まずは、彩金された絵柄の古紙、丸い筒に入った美しい宣紙が10枚でした。中国の蝋箋に近いものですが、金粉による絵柄が彩色されていて初めて見る見事なものだと思いました。この手の紙はかなり保有しているのですが札を入れる前から値段が上がり始め、なんと43千円で落札!一枚4千円の紙ですよ。

 それから鶏血石が5本混じった状態のいい印材のコレクション十数個が専用のケースに収められていて、印材のコレクターさんンの放出品です。鶏血石はかなり持っていますが、これは上等だな、欲しいと思って2万円で応札していたら、結局54千円になっていました。

ここまでは落札出来ずに残念だったけど、自分の眼は間違ってなかったでありました。

 次に見かけたのがこのブログで何度か紹介している「栄宝斎 」の印泥であります。ヤフオクでも滅多に出品されない印泥で、50年以上経過している時代物は非常に貴重で高額な値段がつきます。また、模造品や類似品も多く、本物であっても最近の栄宝斎は、かなり品質が落ちている(と聞いている)ため、ネットで買えるとしてもさほど欲しくない、ということもあります。

 その道の専門家によると栄宝斎は1950年頃をピークとして、貴重な原料が値上がりし生産も減ったため、良質なものが途絶えているようです。ヤフオクでは、この1年間で2個だけ見つけ、その一つは即決価格35万円で出品継続中(いまだ落札者無し)、もう一つは七宝製の印合に入っていて真贋不明の印泥でしたが、これはままよとばかり12千円で落札しました。これがその現物です。


 今回出品されていたのは「ubudashi2017」という出品者からでした。その説明書きには「風景紋・景徳鎮」と陶器製の印合の説明のみで栄宝斎のことは触れられていません。写真の一枚に蓋の裏で「北京栄宝斎新紀製」の小さなシールがあり、印泥には「金箔」が張られておりました。蓋はかなり年数が経過しているとみえ茶色の黴のようなよごれやシミが出ていますが、ほとんど使用感はありません。量目は最低30g(1両装)でしょう。ワタシも実物がどんなものか知らないのです。前述の35万円の品は、元は七宝焼きの金属製で、印合を陶器に交換したとありました。

 因みにubudashi=初だしとは、骨董の世界では、個人などの収蔵や蔵出しで「初めて世に出たもの」を指します。この出品者さんは栄宝斎のことに気づかないか知らなかったのでしょう。商品説明に記載されなかったので入札者側の目に留まることが少なかったのです。ワタシのにらんだところでは、大体数十年前の印泥で、まだ品質が高くとても高価な時代の本物の北京栄宝斎ではなかろうか、です。

 その理由は①高級印泥につきものの金箔が張られている。②ほとんど使用した形跡が無く(もったいなくて滅多に使わない)、同じところから仕入れたと思しき出品の印泥2個が北京一得閣の八宝印泥など一級品である③また、昨日同じ時間に出品された篆刻済みの印が非常にいい紐や材質の印材で、国内の著名な篆刻家による作品であること、などからの推理であります。箱には、一般的な「西冷印泥」「上海西冷印社」八宝印泥などのラベルが張られていないのは古い時代の印泥に共通しているのです。

 ワタシの推理では、裕福な篆刻家か書道家さんが亡くなったか持ち物整理をして、この業者にオークションによる処分を託したのです。同時に出されていた印には「中島藍川」「山崎方石」さんなどの側款があり高価な芙蓉石などを彫ったものでした。ubudashiさんの出品物は、こうした書道関連品はこれだけ、他には盆栽鉢など十点ほどしかありません。

 ネットで探すと現在わずかに市販される栄宝斎印泥は、例えば宝紅朱砂印泥二銭装(6g)があります。一般に販売される印泥は2両装(60g)が標準です。それが、貴重品で非常に高価なので極く少量で販売されていて4800円でありました。単純計算できませんが2両ならば4万円以上となります。今のものでそうならば、品質が優れて美しい色合いの数十年前の時代物であれば、5万円以上でも簡単に手に入らないでしょう。

 印泥の良し悪しは、勿論値段では無く、何十年経過しても色合いが不変、油じみなどが出ない、深みのある華やかな朱色、そして印面に刷いたように薄く均等について紙に鮮やかに押せる、というような条件があります。これを満たすのは、現在では非常に値段が高い高式熊(こうしきう)印泥か缶盧印泥、耘萍(ウンピョウ)潜泉印泥 あたりだと思いますが、数十年前の栄宝斎はそれを上回る品質である(と思われる)のです。

 結局、欲望には抗えず、こちらの印泥には15千円の札を入れ、13千円で落札、その勢いでubudashiさんの別の出品物も印泥2種「北京一得閣八宝印泥・上海西冷印泥(中身無し)」も落札(5,250円)。更に返す刀で細密な薄意がある名刻印2品もゲット!とても普通に買うには手の届かない「お宝」、滅多に出回ることのない珍しい品々を廉価(計25千円)で入手したのであります。ubudashiさん、ありがとう

明日にはこれらのお宝が届くことでしょう。銘品に間違いない、先の田黄石のようなものと合わせて、手に取り眺める、はたまた実際に印を捺してみる。あぁいいお正月が迎えられそうであります。


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田黄のようなもの サンタのプレゼント

2021年12月27日 | 篆刻
 今朝は気温が零度を下回っています。寒さが本格的になります。昨日は、イチジクを剪定し、その前は桑を大きく枝切りしました。また、寒さに弱い植物たちもほぼ全部屋内や温室に退避させてあります。重たい鉢を一人で幾つも持ち上げて運んだせいで腰を痛め、10日ほど経過してもいまだに痛みが引きません。腰をかばいながら、しまいそこなった君子蘭を3鉢物置へ運び入れたところであります。

さて、ブログを数日間更新しないでいましたが、やはりそこは3年続けた人間として、断筆というわけにもいかず、少しずつ上げてまいろうと思います。

クリスマスの話、すでに終わった話であります(笑)。
何度かこのブログでも「Xmas」がただの日になったということを記した覚えがあります。この歳になって連れ合いと二人の生活になってから、そうした記念行事はやりません。誕生会も結婚記念日も無し、やるのは墓参りぐらいのものです。中国では習近平さんが、クリスマスのお祝いや行事を禁止したそうであります。西洋的な文化やキリスト教由来の風習など、伝統的な中国の文化を毀損するから、というのがその理由だそうです。オリンピックで「外交的なボイコット」が出て来るとその国に対してすぐさま嫌がらせをする嫌な国ですね。

 せっかくの聖夜も、サバの味噌煮やらキャベツ炒めなどの晩御飯で、チキンもケーキも無しでした。ケーキはむやみに血糖値を上げるし、この時期に売られるモモ焼などは、何日も前に作り置きし急に値上がりしてくるので並んで買う気も起きません。line仲間とライトアップやらイルミネーションの写真のやり取りがあっただけですが、それでもグリーンスナップという植物写真の投稿サイトで知り合った花友さんからサンタの動画が送られてきました。また、篆刻印を3個彫って差し上げた中学生の男の子から日本酒がお礼に届きました。これはXmasに関係ないか(笑)

 昨日届いたヤフオクの「材質不明の田黄石もどき大量」は落札価格は2万円以上したのですが、すべて人造石で何の価値もないガラクタでありました。最初から非常に高価な本物の田黄とは思っていませんが、なにかの合成物で出来た着色した粗悪な代物は、捨てるに捨てられない有り難くないプレゼントでした。田黄石は、模造・類似品・偽物も多く出回ります。こんなものを作る奴は決まって中国人であります。偽物社会の塊であります。

 本物の田黄石は専門のコレクターが大勢いて、特に清朝以前の精緻な細工のある時代物は、ワタシらがたまに入札してもその10倍近い値段で落札され、指をくわえてみているしかありません。ワタシの膨大な印材の在庫の中でも、真正の田黄石は、指先大の小粒なもの1個だけ、あとは「田黄石かもしれない」あるいは「田黄石に近いのかな」といった石しかありません。

 そんなこともあって、非常に気分が悪いのでありました。こういう時は篆刻もなかなか思った出来にはなりません。寒いし座ったままの作業は腰への負担も大きいのです。

 それで昨夜、気晴らしをしようとXmasが終わって静かになった盛り場へ出かけた、つもりになって、性懲りもなくヤフオクにいくつも入札しました。日曜日が最終期日の出品が多いのです。数日前から狙いをつけていたのが田黄(笑)の鳥鴉皮(うわひ)田黄です。自分にクリスマスプレゼントを買おうというわけです。

 田黄石は福建省寿山の「田黄坂」という田んぼの土の中などから出土した飴色、琥珀色に近い印材の王様であります。何万年もの間にその石の表面が酸化・変質して数ミリの厚さで白や黒の表皮で覆われています。一説によれば農夫が野焼きしたためにそうした状態になったのではないかとも言われます。これを鳥鴉皮と呼び、全部取り除いてピカピカに磨き、精緻なレリーフを施すのが一般的なのです。中にはわざとその皮を残して彫り細工を入れステンドグラスあるいはガレのガラスシェードのように仕立てるのもありますが、珍品として非常に高額な価格で取引されているようです。

 今回は、その鳥鴉皮田黄「のようなもの」が出品されました。この出品者が「鳴鶴堂」という店で、オークションの専門業者としては、非常に高価で貴重な骨董品を出してくる古美術商の一つなのです。責任者が目利きであることは疑う余地がありません。ここから落札したのは数度ありますがとても満足できる品物だったので、粗悪品である確率が低いと踏みました。見る限り印台や専門の箱がついていないこと、細工が新しく見え数百年前の骨董品とは言えない様なせいか、入札に参加する人が少なかったのです。

 ただし、数百円からスタートした入札額はすぐに1万円を超えていました。残り30分ほどになった時、ここは得意の3万円(3万円以上は出さないで諦める)で入れましたが、当然のごとく他に高額入札あり、となったので止めて他のオークションを見ておりました。その人は評価点が7万Pt台の猛者(恐らく相当な金持ちの骨董好きか、商売でやっている古美術商でしょう)。ワタシは200Ptそこそこ、オークションの世界では駆け出しなので、とても太刀打ちできませんね。

 しかし、件の田黄石がさらに値段が上がるかと思いきや、全く動きが無く、もしやと思って入札詳細を見直したら、最高入札額が3万円、つまりワタシと同額が上限金額であったのです。つまり、これに千円でも乗せれば少なくとも一度はトップに立つという意味です。3万円で買えればいいと思って入札しているので、それが千円やそこら上乗せしてもどうということはありません。そこで32千円で再入札したら30,500円で落札してしまいました。

一日遅れのサンタのプレゼントか、これはラッキーなのかアンラッキーなのか?
先日の田黄模造品に続いて、連続コケるのか?
これとてどうということはありません。巷では数百円の末等しか当たらない年末ジャンボ宝くじに、数万円から十万円以上投じる人がごろごろいるそうです。そんな愚かなギャンブルに比べたら100倍マシな賭けであります。

続きは明日(__)

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