ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

野反ダム

2015-10-26 10:27:00 | 群馬県
2015年10月10日 野反ダム
 
野反ダムは群馬県吾妻郡中之条町入山の信濃川水系中津川源流部にある東京電力リニューアブルパワー (株)が管理する発電目的のロックフィルダムです。
信濃川水系中津川では豊富な水量に着目した信越電力(株)により大正期より電源開発が進められ、中津川第1~第3発電所を稼働させます。のちに同社は東京電燈に併合され、さらに日本発送電の接収を経たのち1951年(昭和26年)の電気事業再編政令により新たに誕生した東京電力が事業を継承しました。
東京電力は戦後の電力不足に対応するため中津川流域での発電施設再開発を進め、その一環として1956年(昭和31年)に完成したのが野反ダムです。
野反ダム完成により中津川の河川流量の季節変動が平準化され発電能力の大幅な増強が可能となりました。野反ダム建設と同時に下流に渋沢ダムと最大出力2万キロワットの切明発電所を新設、さらに1971年(昭和46年)には高野山ダムを再開発して中津川第一発電所の発電能力を12万6000キロワットまで増大させました。
 
我が国ロックフィルダム創成期のダムと言うことで、ダム建設に当たっては投石工法が採用されるとともに、遮水方式も希少なコンクリート表面遮水が採用されています。
またダムの天端標高1517メートルは南相木ダムに次ぐ全国第二位で、日本有数の高所ダムとなっています。
一方湖畔にはコテージやキャンプ場が並ぶほか、フライフィッシングのメッカとしても知られ、これらの点を評価して日本100ダムおよびダム湖百選に選ばれています。
 
長野原から白砂川沿いに国道を北上、花敷温泉で草津への道を分けさらに進むと野反湖に到着します。
右岸高台から
上流面はコンクリートで遮水処理されています。
 
下流面
投石工法と言う珍しい工法で建設されました。
いまにも石が崩れそうにも見えるんですが・・・。
 
天端は湖畔周遊道路になっており車両の通行が可能
望遠で圧縮すると路面がかなり凹凸しています。
 
右岸の余水吐
総貯水容量2700万立米と言うサイズからすれば小さな余水吐ですが、中津川の源流なのでこれで十分なんでしょう。
写真では分かりませんが手前の導流部はトンネル式です。
 
扶壁の溝は試験湛水の際にゲートの填め込みに使ったもの。
 
ダム下の様子
余水吐からの放流口があり、水路はこのまま中津川となります。
 
左岸から下流面
 
上流面
稼働中のダムとしては全国で5基しかないコンクリート表面遮水処理型ロックフィルダム。
 
野反湖上流から遠望。
 
東京電力のダム案内板。
 
国交省の友人から貴重な投石工法の写真を頂きました。
これは岩手県の石渕ダムのものですが、まず橋梁を設けレールを敷き、石を積んだ貨車から石を投げ下しています。
 
野反湖は今でこそキャンプ、釣り、登山などアウトドアレジャーのメッカになっていますが、もともと当初には高層湿原があったようです。環境意識の強い今の世ならここにダムの建設など到底できないでしょう。 
希少なコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム、全国で2番目の高所にあるダムと言うことで日本ダム100やダム湖百選にも選ばれていますが、一方でダム本体の変形量や放流管の肉厚データなどで東京電力によるデータ改ざん、隠匿と言う不祥事があったことも併せて記しておきます。
 
(追記)
野反ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0603 野反ダム(0007)
群馬県吾妻郡中之条町入山
信濃川水系中津川
42メートル
152.5メートル
27050千㎥/26750千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1956年
◎治水協定が締結されたダム


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