古事記ものがたり・下つ巻（21）おのれ小癪な 志毘臣め

おのれ小癪こしゃくな　志毘しび臣おみ奴め

歌垣競う　海石榴市つばいちで
志毘しび臣おみ立ちて　手を取るは
袁祁命おけのみことが　娶めとるとて
心　思いし　乙女にて
菟田うだの首おびとの　大魚おおうおぞ

盗とられなるかと　袁祁命おけみこと
歌　で競いと　受けて立つ






先ずに志毘しび臣おみ　謡う歌

王家の宮殿みやの　あの軒端のきば
　　　　　　　　　　　　（勢力）
傾き居おるぞ　潰つぶれるぞ
　　大宮の　彼おとつ端手はたで　隅すみ傾かたぶけり
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百五）―

応え袁祁命おけみこ　謡う歌

大工だいくが下手へたで　傾けり
（大工＝王家支える臣の志毘）
王家わが所為せいならず　お前こそ
　　大匠おおたくみ　拙劣おじなみこそ　隅すみ傾かたぶけれ
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百六）―

重ね志毘しび臣おみ　謡う歌

王家勢い　衰えて
臣われが築きし　柴垣に
　　　　　　　　　（勢力）
入はいることなど　出来ようか
（凌ぐ）
　　王おおきみの　心を緩ゆらみ
　　臣おみの子の　八重の柴垣
　　入いり立たずあり
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百七）―

また袁祁命おけみこの　謡う歌

浅瀬寄り来る　岸波へ　
泳ぎ来た志毘しび　その端はたに
我れが恋しの　女つま立ち居るぞ
　　潮瀬しおせの　波折なおりを見れば
　　遊び来る　鮪しびが鰭手はたでに
　　　妻立てり見ゆ
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百八）―

怒り志毘しび臣おみ　謡う歌

王家の宮殿みやの　柴垣は
　　　　　　　　　　（勢力）
堅固かたに幾重いくえに　結ぶとも
た易やすに切れる　焼け落ちる
　　大君の　王みこの柴垣
　　八節やふ結じまり　結しまり廻もとほし
　　　切れる柴垣　焼ける柴垣
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百九）―








更に袁祁命おけみこ　謡う歌

鮪しび(大魚)取ろ狙ねらう　志毘しび海人あまよ
鮪しび(大魚)が逃げらば　悲しかろ
鮪しび(大魚)狙う志毘しび　覚悟しや
　　大魚おうおよし　鮪しび突く海人あまよ
　　其しが離かれば　うら恋こおしけん
　　鮪しび突く志毘しび
　　　　　　　　　　　　　　　　―古事記歌謡（百十）―

丁々発止ちょうちょうはっし　掛け合いは
夜よるを徹して　明けるまで








帰り弟袁祁命おとうと　兄意祁命あにみこと
談じ計はかりて　策を為なす

「宮に仕える　宮人みやびとは
　朝に参内さんだい　昼志毘宅しびへ

　勢力ちから着けしは　除のぞくべし
　禍根かこんを絶たつは　今ぞかし

　寝入る志毘宅しびへと　攻め込めば
　容易討ち取り　違たがい無し」

軍を興おこすや　忽たちまちに
屋敷包囲かこみて　殺し遣やる








身中しんちゅう虫を　除き為なし
皇位こうい適てきすは　何いずれかと
互い　譲りて　その果てに

「　我れ兄なれど　今あるは
　汝なれが播磨国はりまの　志自牟しじむ屋敷やで
　名を明かしたが　基もといなり
　天下統治おさむは　汝なれぞかし」