人麻呂編（４）妹が名呼びて

【掲載日：平成21年8月10日】

・・・玉桙たまほこの　道行く人も　一人だに　似てし行かねば　　
　　　　　　すべを無なみ　妹が名喚よびて　袖そでぞ振りつる

【軽寺の森。ひっそりとした軽の村中】

捕えて離さぬ　恋の奴やっこ
逢あいに行こうなどと　なんと　浅間あさましい
今しばらくは　　
せめて喪もの明けるまで

天あま飛とぶや　軽かるの路みちは　吾妹子わぎもこが　里にしあれば　
ねもころに　見まく欲ほしけど　止やまず行かば　人目を多み　
数多まねく行かば　人知りぬべみ　
《あの児の家は　軽の里　逢いたい気持ち　いっぱいや
　度々たびたび行ったら　噂うわさ立つ》
狭根葛さねかずら　後のちも逢あはむと　大船の 思ひ憑たのみて
玉かぎる 磐垣淵いはかきふちの　隠こもりのみ　恋ひつつあるに　
《後あとで逢える日　来る思おもて　恋しさ我慢で　送る日に》
渡る日の 暮くれぬるが如　照る月の　雲隠かくる如　
沖つ藻の　靡なびきし妹は　黄葉もみちばの　過ぎて去いにきと　
玉梓たまづさの　使つかひの言へば　
《照る日や月を　隠すよに　もみじの葉っぱ　散るみたい　
　お前逝いったと　言う知らせ》
梓弓あづさゆみ　声おとに聞きて　言いはむ術すべ　為せむすべ知らに　
声おとのみを　聞きてあり得えねば　
《どない言うたら　良ええんやろ　どしたら良ええか　分かれへん》
わが恋ふる　千重ちえの一重ひとえも　慰なぐさもる　情こころもありやと　
吾妹子わぎもこが　止やまず出で見し　軽の市いちに　わが立ち聞けば　
《萎なえた気持ちを　鎮しずめよと　お前の居おった　軽の市　行って訊たずねて　探したが》
玉襷たまたすき　畝火うねびの山に　鳴く鳥の　声こゑも聞えず　
《虚うろ来きてしもて　名ぁ呼んで　喚わめき回って　袖振りまわす》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―柿本人麻呂―（巻二・二〇七）
秋山あきやまの　黄葉もみちを茂しげみ　迷まとひぬる　妹いもを求めむ　山道やまぢ知らずも
《茂ってる　黄葉もみじの山へ　迷まよてもた　お前探すに　道分れへん》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―柿本人麻呂―（巻二・二〇八）
黄葉もみちばの　散ちりゆくなへに　玉梓たまづさの　使つかひを見れば　逢あひし日思ほゆ
《あの使い　黄葉もみじ時分じぶんに　また見たら　一緒居おった日　思い出だすんや》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―柿本人麻呂―（巻二・二〇九）

悔しさ　もどかしさ　悔悟かいごの念去りやらぬ　人麻呂




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