【掲載日:平成23年2月15日】
鷹はしも 数多あれども 矢形尾の 我が大黒に・・・
都より戻り 守の任務に戻った 家持
黙りこくり 不機嫌であった
自分でも 判っていた
上京この方 半年
あれほど 心捉えていた 歌が詠えない
都の風が 解けた封を 又もや閉じたのだ
以来半年の 歌なし
晴れぬ心の 泣き面に 蜂が刺す
大君の 遠の朝廷ぞ み雪降る 越と名に負へる 天離る 鄙にしあれば 山高み 川雄大し 野を広み 草こそ繁き
《国の役所の この越国は み雪降る越 言われる様に 遠く離れた 郷ではあるが 山は高いし 川幅広い 野原広うて 草多数茂る》
鮎走る 夏の盛りと 島つ鳥 鵜養が伴は 行く川の 清き瀬ごとに 篝さし なづさひ上る
《鮎が跳ね飛ぶ 真夏が来たら 手綱操る 鵜飼の漁師 清い瀬毎に 篝火焚いて 流れ棹差し 川遡る》
露霜の 秋に至れば 野も多に 鳥多巣けりと 大夫の 友誘ひて
《霜置く秋の 季節になると 野原いっぱい 鳥集うので 仲間誘うて 鷹狩りに出る》
鷹はしも 数多あれども 矢形尾の 我が大黒に 白塗の 鈴取り付けて 朝狩りに 五百つ鳥立て 夕狩りに 千鳥踏み立て 追ふ毎に 許すこと無く 手放れも をちもかやすき
《鷹と云うても いろいろあるが 矢形の尾持つ 我が大黒は 銀の鈴付け 翔ばしてみると 朝追い立てた 五百の鳥も 夕に駆りだす 千もの鳥も 狙い違わず 射とめて捕って 放ち舞い降り 自在の鳥や》
これを除きて またはあり難し さ並べる 鷹は無けむと 心には 思ひ誇りて 笑ひつつ 渡る間に
《この鷹措いて 同じの鷹は 滅多に無いと 心で思い ほくそ笑みして 誇っていたが》
狂れたる 醜つ翁の 言だにも 我れには告げず との曇り 雨の降る日を 鷹狩すと 名のみを告りて
《間抜け爺の 大馬鹿者が わしに一言 断りなしに 雲立ち込める 雨降る日ィに 鷹狩り行くと 出かけた挙句》
三島野を 背向に見つつ 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て 咳れ告ぐれ・・・・・・
《「大黒鷲は 三島野後に 二上山の 山飛び越えて 雲に隠れて 去って仕舞た」と 息せき切って 告げ言う始末・・・》
【「彼面此面に」へ続く】
松反り しひにてあれかも さ山田の 翁がその日に 求め逢はずけむ
《老いぼれの あの山田爺 呆けたんか その日のうちに よう探せんと》
―大伴家持―〔巻十七・四〇一四〕