青旗の 木幡の上を かよふとは
目には見れども 直に逢はぬかも


倭姫王(後の倭大后)は
天智天皇の病床にいた
わたしは 天涯孤独であった
父も 兄弟たちも 母の顔さえ 覚えていない
そんな私を 育てくれた 今は亡き 皇極女帝
あの方が 居られればこその 私
あの方の お力添えで 皇后の身に
もっとも 天智帝の お妃では 血筋は通っていたけれど
でも なんという 運命の皮肉
天涯孤独の 私にしたのは ここに居られる方
父古人大兄皇子 弟たちを手に掛け 母は自害
でも今は この方の 回復が ただ一つの願い
天の原 振り放け見れば 大君の 御寿は長く 天足らしたり
《空見たら 広がりずうっと 続いてる まだ安心や あんたの命》
―倭大后―(巻二・一四七)
天智の回復は 捗々しくない
倭姫王は 許波多神社に詣でる
皇極女帝勅願社での 平癒祈願・・・
ふと仰ぐ 木幡山 立ち上る雲に 天智の面影
青旗の 木幡の上を かよふとは 目には見れども 直に逢はぬかも
《木幡山 あんたの霊魂 漂うて 見えてるけども もう逢われへん》
―倭大后―(巻二・一四八)


とうとう お亡くなりに なられた
わたしには 忘れようとて 忘れられないお方
人はよし 思ひ止むとも 玉蔓 影に見えつつ 忘らえぬかも
《他の人 忘れても良え うちだけは 瞼浮かんで 忘れられへん》
―倭大后―(巻二・一四九)
夕べ 倭姫王は 湖畔にいた
鯨魚取り 淡海の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺附きて 漕ぎ来る船
沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥たつ
《琵琶湖を通る 沖の船 岸辺漕いでく そこの船 どっちも ばしゃばしゃ 漕がんとき あの人の 好きやった(霊魂宿ってる)鳥 飛び立つやんか》
―倭大后―(巻二・一五三)
岸に寄る 波の音 しみじみと 倭姫王の胸に迫る