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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家待・青春編(一)(16)千(ち)たび立つとも

2010年07月09日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月23日】

今しはし 名のしけくも われは無し
             妹によりては たび立つとも



恋の喜び 
大きければ  大きいほど
世間の眼は ひややかさを増す
うらやみ やっかみ ねた
まして 正妻とは言えないまでも おみなめの喪中
口実を得た  
口さがない  非難が重なる
チラとみる  通りすがりの視線
他人たにんは まだしも
身内までもの  無言責め

非難中傷の中 
家持・大嬢  
世に二人  取り残されたかの 心もち
同病の慰め合いに 互いをいや

はむは 何時いつもあらむを 何すとか かのよひあひて ことしげしも
《逢うのんは 仰山ぎょうさんあるに 間運まん悪い 晩にうたで えらい噂や》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七三〇〉 
わが名はも 千名ちな五百名いほなに 立ちぬとも 君が名立たば しみこそ泣け
《うち噂 なんぼされても かめへんが あんたの中傷うわさ くやして泣ける》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七三一〉 
今しはし 名のしけくも われは無し 妹によりては たび立つとも
《お前との 中傷うわさやったら かめへんで 千遍せんべんされても 辛抱しんぼできるで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七三二〉 
うつせみの 世やもふた行く 何すとか 妹に逢はずて わが独り寝む
《人生は 二度れへんで なこっちゃ お前逢わんと 独り寝るのん》
                         ―大伴家持―〈巻四・七三三〉 

わが思ひ かくてあらずは 玉にもが まことも妹が 手にかれむを
《独り寝で 恋苦くるしむよりは 玉なって お前の手ぇに 巻かれてみたい》
                         ―大伴家持―〈巻四・七三四〉 
玉ならば  手にも巻かむを うつせみの 世の人なれば 手に巻きかたし
《手に巻いて あんた玉なら 離せへん 生身なまみの人は そはいかんがな》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七二九〉 
他人の噂  射す眼
気にせずとは  思いながらも
悶々もんもんやるかたない 家持と大嬢


家待・青春編(一)(17)足卜(あうら)をぞせし

2010年07月06日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月27日】

月夜つくよには かどに出で立ち 夕占ゆふけ問ひ
             足卜あうらをぞせし 行かまくを欲り



世間の眼をはばかるあまり
妻問いの足は  遠のく

せめて 歌のり取りでも と思うが
屋敷うちの眼ともなれば
往き来にも  増して
気を配らねばならない  日々

春日山かすがやま 霞たなびき こころぐく 照れる月夜つくよに ひとりかも寝む
《春日山 霞棚引き 人恋し え月やのに ひとすんか》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七三五〉 
月夜つくよには かどに出で立ち 夕占ゆふけ問ひ 足卜あうらをぞせし 行かまくを欲り
え月や 家の外出て いろいろと 占いしたで 行きたいおもて》
                         ―大伴家持―〈巻四・七三六〉 

離されれば  離されるほど
絆は  固さを増す
今の我慢は 後々のちのちの逢瀬のため 
抑え心が 後々のちのちの結びつき誓いへと 駆りたてる

かにかくに 人はふとも 若狭道わかさぢの 後瀬のちせの山の のちはむ君
《なんやかや 他人ひとは言うけど 後々あとあとは 添い遂げられる そうやなあんた》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七三七〉 
世間よのなかし 苦しきものに ありけらし 恋にへずて 死ぬべき思へば
《世の中は 苦しいもんと 分かったわ 苦恋こい堪え切れず 死にそなるから》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・七三八〉 
後瀬のちせ山 のちも逢はむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日けふまでも生けれ
後々あとあとに 一緒になろと 思うから 死なんと来たで 今日まで生きて》
                         ―大伴家持―〈巻四・七三九〉 
ことのみを のちも逢はむと ねもころに われをたのめて 逢はざらむかも
《そのうちに 一緒なろやと うまいこと 言うてこのわし だますんちゃうか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四〇〉 

心に生まれる  一抹不安
かろうじての諧謔かいぎゃくで 打ち消しにかかる家持


家待・青春編(一)(18)千引(ちびき)の石(いは)を

2010年07月02日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月30日】

わが恋は 千引ちびきいはを ななばかり
              首にけむも 神のまにまに



逢えぬ苦しみ 
朝明けと共に  相手を思い
日中ひなか一日 逢わんとの手立てあれこれ
策破れての  落ち込み
日の暮れが さらなる傷心いたみを誘う
延べるとこやみ 浮かぶ面影のらめき
 
いめあひは 苦しかりけり おどろきて かき探れども 手にも触れねば
《目ぇまし 手探てさぐりしても さわられん 夢でうんは もどかしこっちゃ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四一〉 
いめにだに 見えばこそあらめ かくばかり 見えずしあるは 恋ひて死ねとか
《せめてにも 夢に出んかと 待ってても 出てえへんの 恋死ね云うことか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四九〉 
かくばかり 面影おもかげのみに 思ほえば いかにかもせむ 人目しげくて
《面影が 浮かび浮かんで 仕様しょうないで どしたらんや 人目いのに》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五二〉 
一重ひとへのみ 妹が結ばむ 帯をすら 三重みへ結ぶべく わが身はなりぬ
《してくれる 帯は一重で ったのに 三重結ぶほど 恋痩せしたで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四二〉 

人間  追い詰められれば
覚悟が決まる 
〈こうなれば  もう 逢うしかない
 逢っても逢わなくても  世間は 許さない
 腹をくくるが 上策〉
開き直りに  活路を見い出そうとする 家持

恋死こひしなむ そこも同じそ 何せむに 人目ひとめ他言ひとごと 言痛こちたみわがせむ
恋死にそやで 他人ひと非難うわさを 逃れと 逢うんめても おんなじこっちゃ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四八〉 
わが恋は 千引ちびきいはを ななばかり 首にけむも 神のまにまに
《かまへんで 千人引きの 石七つ 首掛けるな 苦し恋でも》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四三〉 


家待・青春編(一)(19)截(た)ち焼くごとし

2010年06月29日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月3日】

のほどろ 出でつつらく たびまね
              なればわが胸 ち焼くごとし




他人ひとの噂も 七十五日
家持  窮余の一策
功を奏したかは  分からぬが
決死の妻問い再開に 
呆気あっけないほどの 知らん顔
他人ひと醜聞うわさに 長々付き合うほど
世の人は  暇でない

やっと 二人は 穏やかな逢瀬おうせを取り戻していた

朝夕あさゆふに 見む時さへや 吾妹子わぎもこが 見とも見ぬごと なほ恋しけむ
《朝晩に お前に逢える 時来ても 逢うてないは 恋してならん》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四五〉 
ける世に われはいまだ見ず ことえて かくおもしろく へる袋は
《わしいまだ 見たことないわ こんなにも 器用上手に うた袋は》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四六〉 
吾妹子わぎもこが 形見のころも 下に着て ただに逢ふまでは われかめやも
《わたしやと おもてとれた 下衣はだぎ着け じかに逢うまで わしがんとく》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四七〉 

後朝きぬぎぬの別れ 
至福の一夜あればこその切なさ  

のほどろ わが出でて来れば 吾妹子わぎもこが 思へりしくし 面影に見ゆ
よる明けて 帰る途中で 浮かんだで 思い切ない お前の顔が》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五四〉 

のほどろ 出でつつらく たびまねく なればわが胸 ち焼くごとし
明方あけがたに 帰ってくるん 重なると 胸張り裂けて 焼けげるや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五五〉 


家待・青春編(一)(20)地(つち)に散らしつ

2010年06月25日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月6日】

妹が見て のちも鳴かなむ 霍公鳥ほととぎす
                花橘を つちに散らしつ



取り戻った  心の安らぎ
日々の暮らしに  落ち着きが戻る
思いを たちばなに託し
植え  育て 花咲かし 実を成らす
日に日にの  成長に
互いの  思いの育ちを見
恋の成就を  願う 家持

いかといかと あるわが屋前やどに 百枝ももえさし ふる橘 
玉にく  五月さつきを近み あえぬがに 花咲きにけり 朝にに 出で見るごとに
 
《庭植えて  どない育つか 楽しみに してた橘 枝伸ばし
 薬玉くすだまに する五月 近づいたころ いっぱいに 花付けたんで 朝昼と 見に行くたんび おもたんや》 
いきに わがおもふ妹に 真澄鏡まそかがみ 清き月夜つくよに 
ただ一目ひとめ 見するまでには 散りこすな ゆめといひつつ ここだくも わがるものを うれたきや
 
いのちと思う お前ちゃん 澄んだ月夜に 一目でも
 見せたるまでは 散らんとき 屹度きっとやでえと 一生懸命いっしょけめ 丹精たんせいしたに 腹立つな》
しこ霍公鳥ほととぎす あかときの うら悲しきに 追へど追へど なほし来鳴きて いたづらに 
つちに散らせば すべみ  ぢて手折たをりつ 見ませ吾妹子わぎもこ

《アホほととぎす 夜明け前 うっとしことに 飛んできて 追いに追うても 来て鳴いて
 花台無だいなしに 散らしよる 仕様しょう無いよって 残り花 折り採ったんや 見たって欲しな》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五〇七〉 
十五夜もちくたち 清き月夜つくよに 吾妹子わぎもこに 見せむと思ひし 屋前やどの橘
十六夜いざよいの 澄んだ月夜に お前にと 見せよ思てた 庭橘や》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五〇八〉 
妹が見て のちも鳴かなむ 霍公鳥ほととぎす 花橘を つちに散らしつ
《ほととぎす 橘花を 鳴き散らす お前見たあと 鳴いたらのに》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五〇九〉 

ほととぎすの 心がよいの無さ
それを  嘆きつつ
大嬢への 心づかいの切っ掛けとする
家持は  満ち足りを味わっていた


家待・青春編(一)(21)かくぞ黄変(もみ)てる

2010年06月22日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月10日】

わが屋前やどの 萩の下葉したばは 秋風も
             いまだ吹かねば かくぞ黄変もみてる



何につけても 思われるのは大嬢おおいらつめがこと
天候不順がもたらす  花時期のずれ
これすら  こころ通わせの手立てとなる

わが屋前やどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が咲容ゑまひ
あいらしい 時節じせつ外れの 藤咲いた お前の笑顔 見となったがな》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六二七〉 
わが屋前やどの 萩の下葉したばは 秋風も いまだ吹かねば かくぞ黄変もみてる
《庭の萩 まだ秋風も 吹かんのに 下の葉ほれ見 黄葉こうようしてる》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六二八〉 

こころ落ち着いた  妻問い
歌のり取り
じょうが 濃くなるにつれ
新たな 憂悶ゆうもんが 頭をもたげる
〈世の習いとはいえ  いつまでの妻問い 
 ともまいの おとずれが待ち遠しい〉

ねもころに 物を思へば 言はむすべ すべも無し 
《しみじみと 恋しさおもたら 言いない 晴らす方法ほうほも 見当たらん》
妹とわれと 手たづさはりて あしたには 庭にで立ち ゆふべには  床とこうち払ひ 
白栲しろたへの 袖さしへて さし夜や 常にありける
 
《お前とわしと 手ぇつなぎ 朝に庭出て 夕べには とこ延べ清め 袖まじ
 一緒寝たよる ちょっとだけ》
あしひきの 山鳥こそは むかひに 妻問つまどひすといへ 現世うつせみの 人にあるわれや 何すとか 
一日ひとひ一夜ひとよも さかり居て 嘆き恋ふらむ ここへば 胸こそ痛き
 
《山にむ鳥 峰越えて 連れと一緒に る言うに この世生まれた このわしは
 なんで毎日 毎晩も 離れ暮らして 嘆くんか それを思たら 胸痛い》  
そこゆゑに こころぐやと 高円たかまとの 山にも野にも うち行きて 遊びあるけど  
花のみし にほひてあれば 見るごとに ましてしのはゆ 
いかにして  忘れむものそ 恋といふものを

仕様しょう無いよって なぐさみに 高円山の 山や野に 出かけて行って 遊んだら
 花が綺麗きれえに 咲いてたが それ見るたんびに 益々ますますに お前のことが 偲ばれる
 どしたらんや 忘れんの 思うならん 恋うもんは》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六二九〉 
高円たかまとの 野辺のへ容花かほばな 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも
《高円の  野辺の昼顔 面影に 見えてお前を 忘られんのや》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六三〇〉 

家持の憂悶ゆうもん
やがてに かれる日が 近づいていた


家待・青春編(一)(22)久邇(くに)の京(みやこ)に

2010年06月18日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月13日】

今造る 久邇くにみやこに 秋の夜の
             長きに独り るが苦しさ



佐保邸での 二人の生活くらし
むつまじやかな 家持・大嬢おおいらつめ
しかし  
時の流れは  平穏を許さない

天平九年〈737〉の大疫たいえき 藤原四兄弟の死
橘諸兄たちばなのもろえの台頭 藤原氏の不遇 
くすぶる火種ひだねの政局不穏ふおん
ついに  筑紫で火を吹く
藤原広嗣ふじわらひろつぐ 叛乱
時に  天平十二年〈740〉九月
藤原氏の抑圧からの解放で 
逸楽いつらくの日々を送っていた聖武帝
乱の平定を待たずして  伊賀から伊勢へ
さらに 行幸みゆきは続き 鈴鹿 不破ふわ 近江
そして 山背国やましろのくに 恭仁卿くにのこおりに至り 
そこを新都と定める 

二か月近い彷徨ほうこうの旅
一行に 内舎人うちとねり家持も 加えられていた

一度は  佐保邸帰宅の家持
すぐさまの  恭仁卿転居が 命じられた

春霞 たなびく山の へなれれば 妹に逢はずて 月そにける
《春霞 かってる山 邪魔してて お前逢わんと 一月った》
                         ―大伴家持―〈巻八・一四六四〉 
都路みやこぢを 遠みか妹が このころは うけひて宿れど いめに見え
久邇京みやこまで 遠いよってに この頃は 祈り寝るけど お前夢出ん》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六七〉 
今しらす 久邇くにみやこに 妹に逢はず 久しくなりぬ 行きてはや見な
《新しい 久邇京みやこ居るんで なご逢わん 出かけ訪ねて 早よ逢いたいな》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六八〉 
今造る 久邇くにみやこに 秋の夜の 長きに独り るが苦しさ
《造ってる 久邇の京で 秋の夜を 独りで寝るん る瀬ないがな》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六三一〉 
〈安倍郎女―坂上郎女の従弟いとこ安倍蟲麻呂の娘?―へ〉
あしひきの 山辺やまへに居りて 秋風の 日にけに吹けば いもをしそ思ふ
久邇くに山で 日増し秋風 吹いてきて 寒さ思たら お前恋しい》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六三二〉 

久しい  独り寝の家持に
たわむれ恋が 足忍ばせる


家待・青春編(一)(23)山辺(やまへ)にをれば

2010年06月15日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月17日】

ひさかたの 雨の降る日を ただひと
              山辺やまへにをれば いぶせかりけり



〈おお  
 あれは 紀郎女きのいらつめ
 なんと 恭仁くにに来ておったのか〉
恭仁京  
山青く  水清い 清涼の地
新材香り  槌音響く 新興の地
しかれど 山間やまあいの夜は 寒く寂しい
独り寝の 無聊ぶりょうかこつ 家持
眠っていた  好き心が 目を覚ます

早速の 袖引き文が 紀郎女きのいらつめの許へ
ひさかたの 雨の降る日を ただひとり 山辺やまへにをれば いぶせかりけり
鬱陶うっとしい 雨の降る日に 独りだけ 山陰やまかげったら 憂鬱ゆううつなるわ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六九〉 
 
〈そういえば  あの郎女
 若くして 玉の輿の
 花なら蕾であったろう〉 

十二月しはすには あわゆき降ると 知らねかも 梅の花咲く ふふめらずして
《十二月 まだ雪降るの 知らんのか つぼみほころび 梅花咲いた》
                         ―紀小鹿郎女きのおしかのいらつめ―〈巻八・一六四八〉
〈紀郎女は紀鹿人きのかひとの娘 ために「小鹿」の愛称〉

〈その安貴王あきのおおきみ 高貴なお方の常か 
 因幡国いなばのくに出身の元采女 八上采女やかみのうねめ 
 当時藤原麻呂の妻  これに手を出し 罪に
 それが元で  
 紀郎女は  仲を裂かれる憂き目に合ったとか〉

世間よのなかの をみなにしあらば わが渡る 痛背あなせの河を 渡りかねめや
《このうちは 運無いよって 世間並み あんたしとても 一緒行かれん》
                         ―紀郎女きのいらつめ―〈巻四・六四三〉
今はは びそしにける いきに 思ひし君を ゆるさくおもへば
《今うちは 沈んで仕舞しもてる 命とも 思てたあんた 行かしてしもて》
                         ―紀郎女―〈巻四・六四四〉 
白栲しろたへの そで別るべき 日を近み 心にむせひ ねのみし泣かゆ
いややけど 別れならん日 近づいて 心の中で むせび泣いてる》
                         ―紀郎女―〈巻四・六四五〉 

〈そうそう 切っ掛けは 茅花ちばなであった〉



家待・青春編(一)(24)戯奴(わけ)は恋ふらし

2010年06月08日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月20日】

わが君に 戯奴わけは恋ふらし たはりたる
             茅花ちばなめど いやせに



安貴王あきのおおきみ ああ どうして 
 あんな 年寄りにとついだのかしら 
 でっぷり  太った
 当初は 世間知った たくましい人だった
 あの当時  若い男は 頼りなかったわ
 今は  違うの 細身の 若いのが いい
 そう あの 貴公子然の 家持やかもちなんか 抜群
 あの人  すごく 恋人 多いの
 私には  若すぎて 恋人は 無理だけど
 小母おばさま いえ お姉さま でのお付き合い
 ちょっと  からかって みようかしら〉
紀郎女きのいらつめは 侍女じじょを 花みに やらせた
〈「茅花ちばな合歓ねむ」この 取り合わせが いいわ
 これに 歌をえて と〉

戯奴わけがため わが手もすまに 春の野に 抜ける茅花ちばなそ してえませ
《ぼんちをば おもうてった 茅花ちばな食べ ちょっとえてや 痩せ身のぼんち》
                         ―紀郎女きのいらつめ―〈巻八・一四六〇〉
昼は咲き よるは恋ひる 合歓木ねむの花 君のみ見めや 戯奴わけさへに見よ
《昼咲いて 夜は恋見る 合歓ねむの花 ねえさま見たで ぼんちも見いや》
                         ―紀郎女きのいらつめ―〈巻八・一四六一〉

ほどなく  家持からの 返歌が 届く
〈まあ  早速に
 家持坊や  まんざらでもないのね〉

わが君に 戯奴わけは恋ふらし たはりたる 茅花ちばなめど いやせに
ねえさまに ぼんち恋した ろた茅花はな たけどせる またまた痩せる》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六六二〉 
吾妹子わぎもこが 形見の合歓木ねむは 花のみに 咲きてけだしく にならじかも
合歓ねむの花 いとしあんたに 似てる花 はなやかやけど 〈恋の〉らへんわ》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六六三〉 
〈ふむ  ふむ 
 魅力的だけど  恋はしません だって
 照れているのね  あの坊や
 男ごころ  って 複雑なんだ〉

春のおぼろ 
かりに 梅の花 かそけく にお
家持のもとに 清らかな 歌が

ひさかたの 月夜つくよきよみ 梅の花 心ひらけて おもへる君
清々すがすがし つき光に 梅咲いた うちの心も あんたに咲いた》
                         ―紀小鹿郎女きのおしかのいらつめ―〈巻八・一六六一〉
                   〈紀郎女は紀鹿人きのかひとの娘 ために「小鹿」の愛称〉
〈あの 小鹿おしかのばあさん 取り違えたか〉
家持は  苦笑するしかない

まさか妻問いは  なかろうと思いつつ
居待ちの月を  眺めやる 紀郎女

闇夜やみならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじとや
闇夜やみよなら えへのんは 仕様しょうないが 梅花はな咲く月夜 なんで来んのや》
                         ―紀女郎―〈巻八・一四五二〉 



家待・青春編(一)(25)われはいとはじ

2010年06月04日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月24日】

百年ももとせに 老舌おいじたでて よよむとも
              われはいとはじ 恋ひはすとも



〈機知に富んだ  女人であった
 年上とはいえ  
 訳知り女も  味があるやも知れん
 チラと見た姿  まだまだの色香であった〉
〈今一度の  誘いを 試しみるか〉

うづら鳴く りにしさとゆ 思へども なにそも妹に 逢ふよしも無き
奈良ならきょうに ったときから 気にしてた 逢える手立てが なんで無いんや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七五〉 

続けざまの  恋文
紀郎女 躊躇ためらいが先に出る
またもやの  肩すかしを思いながらも 筆をとる

かむさぶと いなとにはあらね はたやはた かくしてのちに さぶしけむかも
《恋するに 歳はかかわり 無い云うが 誘いに乗って いへんやろか》
                         ―紀女郎―〈巻四・七六二〉 
玉のを 沫緒あわをによりて むすべらば ありてのちにも 逢はざらめやも
《この命 あわつぶつなぎ 延ばせたら 先ではきっと 逢うことできる》
                         ―紀女郎―〈巻四・七六三〉 

百年ももとせに 老舌おいじたでて よよむとも われはいとはじ 恋ひはすとも
百歳ひゃくになり 舌垂れ身体からだ よろけても わしかまへんで なおすがな》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六四〉 

紀郎女の「その気」に  心決めの家持
その家持に  魔が差す
参内宮中  見覚えある後ろ姿
〈あの時も 宮中であった あの娘子おとめ
 何という奇遇〉 
つれなくされた思いも忘れ  
抑え隠れた恋心  一挙火を吹く

前年をととしの さきとしより 今年ことしまで 恋ふれどそも 妹に逢ひがた
一昨年おととしも 去年今年も ずううっと 思とるいうに なんで逢えんか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七八三〉 
うつつには またもはじ いめにだに 妹が手本たもとを 卷きとし見ば
《お前とは  ほんま寝たいと まで言わん 夢でええから 寝てみたいんや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七八四〉 
わが屋戸やどの 草の上白く 置く露の 命もしからず 妹に逢はずあれば
《逢われんで るくらいなら この命 草露みたい 消えてもえで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七八五〉 
いもが家の 門田かどたを見むと うち出来でこし こころもしるく 照る月夜つくよかも
門前もんまえの 田んぼ見ようと 出てきたら うまい具合に え月やがな》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五九六〉 

開かれぬ門戸もんと
夜露に  濡れそぼつ家持
やがての あかつきの訪れ
い仕儀の結末 
移り気家持 またもやの為損しそん


家待・青春編(一)(26)われを還(かへ)すな

2010年06月01日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月27日】

ぬばたまの 昨夜きそかへしつ 今夜こよひさへ
             われを還すな 路の長道ながて



家持 思い直して 紀郎女きのいらつめ
やんぬるかな 宮中娘子おとめの一件
既に  紀郎女の知るところ

ことしは ことなるか 小山田をやまだの 苗代なはしろみづの 中淀なかよどにして
《先に声  掛けて来たんは 誰やろか なんで今更 尻込みすんや》
                         ―紀女郎―〈巻四・七七六〉 

吾妹子わぎもこが 屋戸やどまがきを 見に行かば けだしかどより かへしてむかも
《お前ん 間垣まがき見ようと 行ったなら 門からお前 返すのやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七七〉 
うつたへに まがきの姿 見まく欲り 行かむと言へや 君を見にこそ
《そうやない がき見とうて 行くんちゃう あんた見とうて 出かけるんやで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七八〉 

板葺いたぶきの 黒木くろきの屋根は 山近し 明日あすの日取りて 持ちてまゐ
《板葺きの 黒木の屋根を 明日あしたにも 持っていきます 山近いんで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七九〉 
黒木取り かやりつつ つかへめど いそしきわけと めむともあらず
《黒木取り 草も刈り取り したけども ようやったなと めへんやろな》
                         ―大伴家持―〈巻四・七八〇〉 
ぬばたまの 昨夜きそかへしつ 今夜こよひさへ われを還すな 路の長道ながて
《真黒な 夜道昨日きのうは かえされた 今日は還しな 道中どうちゅう長い》
                         ―大伴家持―〈巻四・七八一〉 
建築途上の 紀郎女やしき
こと寄せての  家持が詰め寄り
年増女の曲がったへそは 戻らない

紀郎女 気心知れた友「宮中娘子おとめ」の許 快哉かいさいの歌を贈る 玉藻を土産にして 
風高く には吹けども 妹がため 袖さへ濡れて 刈れる玉藻たまも
《岸辺には 風吹き波も 高いのに 袖を濡らして 採ったぉやで》
                         ―紀女郎―〈巻四・七八二〉 
〈尻軽な 浮気男の 相聞の 波風しのぎ 守った玉藻もぉみさお〉や〉

ややあって  家持の耳に 
「紀郎女へ新たな男の妻問い」の風聞うわさ

瞿麦なでしこは 咲きて散りぬと 人は言へど わがめし野の 花にあらめやも
撫子なでしこは 咲いて散ったて 聞いたけど わし眼ぇ付けた 花ちゃうやろな》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五一〇〉 

今更に  何を言っても 負け惜しみ


家待・青春編(一)(27)木すら紫陽花(あぢさゐ)

2010年05月28日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年8月31日】

ことはぬ 木すら紫陽花あぢさゐ 諸弟もろとらが
             ねりむらに あざむかえけり



恋疲れの家持 
〈やはり 寄る辺は 大嬢おおいらつめ
 浮気の虫に取りつかれ  可哀想をした〉

一重ひとへ山 へなれるものを 月夜つくよよみ かどに出で立ち いもか待つらむ
《山一つ はなれてるのに 月から もん出てお前 待ってんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七六五〉 

みちとほみ じとは知れる ものからに  しかそ待つらむ 君が目を
《道とおて 来られんはずと おもうても 待ってはります あんた逢いとて》
                         ―藤原郎女ふぢはらのいらつめ―〈巻四・七六六〉
返し文は  あろうことか 大嬢の友からであった
添えられたふみ
《恭仁京での  一部始終
 坂上郎女さかのうえのいらつめさま ことのほか おかんむ
 大嬢さまを  竹田の庄へ引き取り
 家持様とのえにし もはやこれまでと
 目下もっか 似つかわしき殿方 お見立て中》

仰天ぎょうてん 家持 あわてての問い文
返る便りは 何事げに
《家持様を  お慕い申し 
 ひたすら  お帰りお待ち申しおります
 心変わりなぞ  とんと心得ぬばかりにて》

ひと多み 逢はなくのみそ こころさへ 妹を忘れて わが思はなくに
《人眼避け 逢わへんだけや 心まで お前忘れて 仕舞しもたんちゃうで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七〇〉 
いつはりも つきてそする うつしくも まこと吾妹子わぎもこ われに恋ひめや
《嘘つくん もっともらしに 言うもんや 真実ほんまにお前 わし好きなんか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七一〉 
いめにだに 見えむとわれは ほどけども 逢はずしへば うべ見えずあらむ
《夢でもと  思てるのんに 逢わんとこ 思てんかして 夢出て来んわ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七二〉 

家持 恭仁くにの地にて 名うての占い師に
大嬢の心 如何いかにと 問うてみる

ことはぬ 木すら紫陽花あぢさゐ 諸弟もろとらが ねりむらに あざむかえけり
《紫陽花も 色変えるのに 占い師 心変かわってへんて 言うのん嘘や》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七三〉 
ももたび 恋ふと言ふとも 諸弟もろとらが ねりのことばは われはたのまじ
《百千も  恋してる言う 占いが 出てもこのわし 信用せんで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七七四〉 

竹田の庄 
坂上郎女 大嬢 藤原郎女が つどうていた
「占い師の諸弟もろと うまくやってくれているかのう
 少しは 家持殿 りたであろうか」
何知らぬ  家持の困惑顔を思い 
わす女三人