タイトルにある山祝いというのは、昔あった風習で、難所となる山を越したときなどにする祝いのことだ。現代のように交通が発達した時代なら、いちいち山を越えたくらいで祝うことはないだろうが、江戸時代はまだ交通が発達していなかった。基本は歩くことだった時代に、無事に山を越えたことは、それだけでも祝う理由になったのだろう。
この話では、半七親分は江戸を飛び出し箱根に向かう。同心の妻が産後の湯治をしているのを見舞うためだ。途中の小田原宿のこと、連れの多吉と言う子分が、七蔵という男に泣きつかれる。
七蔵が使えている主人の小森市之助が、自分を手打ちにして、切腹するというのだ。いきさつはこうだ。道楽者の七蔵は喜三郎という男と一つ前の三島宿で知り合う。三島宿と小田原宿の間に箱根の関所があったが、喜三郎は、通行手形を持っていない。そこで、小森の臨時の家来にして関所を越えさせてくれというのだ。
本書によれば、当時はそのような行為は大目に見られていたようだ。何もなければ特に咎められることもない。ところが、この喜三郎と言うのはとんでもない男だった。その正体は盗賊。一行の泊っている旅籠屋の客二人を殺して、どこかに逃げてしまった。このままでは、表向きの詮議となり、市之助にも責任がかかる。そこで、手打ち、切腹と言う話になってくるのである。
半七捕物帳というのは、前半はホラー風味の味付けがされていることが多いが、この話にはホラー要素は見られない。七蔵も小悪党だったので、結局は市之助に手打ちにされ、悪いことはみんなかぶせられている。その知恵を貸したのが半七親分である。そう、半七親分は、ミステリーによく出てくるような四角四面の石頭ではない。このような臨機応変ぶりも半七親分の魅力だろう。
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