黄泉から来た女 (新潮文庫) | |
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新潮社 |
京都府の天橋立から、千葉県八千代市そして山形県の出羽三山を股にかけた壮大な旅情ミステリー、「黄泉から来た女」(内田康夫:新潮文庫)。浅見光彦シリーズのうちひとつで、なんところが111作目に当たるという。
主人公のルポラーターにして名探偵の光彦君は、永遠の33歳(「遺譜 浅見光彦最後の事件」でやっと34歳の光彦が描かれている)なのだから、1年間で100以上もの殺人事件に遭遇したことになる。一つの事件が解決するまで、何日もかかっているうえ、個々の事件で、他の事件に掛け持ちような形跡もないので、普通に考えれば不可能である。これが可能になるとすれば、量子力学における多世界解釈を持ちこむしかないだろう。つまり、あの事件とこの事件は、分岐した別々の世界の話で、事件に関わったのは、それぞれ別の光彦なのである。それなら、「平家伝説殺人事件」で、平家の末裔のお姫様、稲田佐和とほとんど結婚しそうになっていたのに、話がなかったことになってしまったということことにも頷ける(笑)。
と、与太話はこの位で置いて、本書の内容だが、モチーフになっているのは、量子力学とは何の関係もない、出羽三山の修験道の話だ。 出羽三山とは、羽黒山、月山、湯殿山の3つを言い、羽黒山は黄泉への入り口、月山は死後の世界、湯殿山は生まれ変わった再生の出口に例えられているという。山伏や、即身仏でも知られており、山岳宗教の聖地として、今でも多くの人々を集めている。
ある日、宮津市役所に勤務する神代静香を、山口京子と名乗る見知らぬ女が訪ねてくる。ところが、その女が殺害され、本当の名前は畦田美重子だったことが判明する。美重子は、出羽三山の宿坊大成坊の娘だった。そして、静香の亡くなった母徳子も、出羽三山の宿坊である天照坊の娘だったという。徳子の実家とは、昔何らかの確執があったようで、現在はまったく交流がない。
静香は、まだ知らぬ母の故郷を見たいと出羽に向かった。光彦は取材を通じて、静香父子と知り合ったのだが、静香の父に頼まれて、彼女を追うことになる。そこに待ち構えていたのは、30年以上も前に起きたある失踪事件に始まる因縁と、宿坊に巣食う、まるで鬼女のような、凄まじい女の悪意。そして、今度は、事件の元凶ともいえる凄まじい女で、かって徳子を追いだした、天照坊の嫁・桟敷真由美も殺されてしまう。
この真由美、本当にとんでもない女で、よくテレビなどで「鬼嫁」といって出てくる人がいるが、あんなものでは、可愛らしい天使に見えてしまうくらいの性悪である。内田さんは、良く実在の人物をモデルに使うが、さすがにこれはモデルがいるということはないだろう。しかし、本当にいたら怖い。
また、内田さんは、宗教の欺瞞に対して厳しい。かって、「佐渡伝説殺人事件」でも、かなりの憤慨ぶりだった。この作品でも、出てくる宗教関係者が、色や欲や嫉妬にまみれているというのも、内田さんの宗教観の現れなのだろう。それを端的に表しているのが、真由美であり、彼女の兄や夫なのだ。真由美の夫であり、静香の伯父にもあたる桟敷幸治の次の科白にもそのことはよく表れているのではないだろうか。
「山さ登って、ひたすら修行に明け暮れた日々は何だったなやって。物事の真理を見通すどころか、修行どこ隠れ蓑にして、真実さ背を向けておのれ自身の醜悪さを隠ぺいし続けたのではねえか。」(p492)
ところで、女性に対して意気地が無いため、これまで、何度チャンスを逃して来たか分からない光彦だが、この作品では、静香からはかなりの高ポイントを得ているようだ、何しろ静香から、
「さっさと嫁に来いって言われたら、喜んで行きます」(p164)
と言われているくらいである。光彦には、なにか不思議な力があることは、これまでの作品で散々ほのめかされている。一方、静香の方にも、生まれる時に母親が、太陽が口から飛び込んできた夢を見たという話があり、「アマテラスの子」と呼ばれることもあるようだ。まさにお似合いの二人ではないか。しかし、これまでにも前科?のある内田センセのこと。きっとこの話も、すぐに無かったことにされるのではないかと、光彦がちょっと可哀そうになった(笑)。
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