空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「蝶」 皆川博子 文春文庫

2017-02-06 | 読書


今年の読み始めはこれだったがレビューが遅くなった。
皆川さんの世界は、新年の休日で、昼夜なく過ぎていった三が日の祝いの日に似ている。
どこか非現実で、非日常的な日に似ている。あわあわとした中に生きている実感が、幻想的につかず離れずそこにあるというような、短編集だった。
それぞれの話の中には象徴的な俳句や詩が挿入されている。

「風の色さえ」
    風の色さえ陽気です
    ときは楽しい五月です    ポオル・フォル 堀口大学訳
足が不自由な私はよく祖母の家に預けられた。そこには二階があって急な階段の上は暗い穴のようで恐ろしかった。登ってみると若い男がいた。体が透けてみえるので幽霊だと思った。彼はマンドリンを弾きながら、祖母が口ずさんでいたポオル・フォルの詩を歌った。叔父は結核でその部屋で亡くなっていたのだが。

「蝶」
    冬に入る白刃のこころ抱きしまま  別所真紀子
インパールから復員してきたら、妻は男と同棲していた。隠し持っていた拳銃の台尻で二人を殴り自首した。二人とも死ななかったので死刑にはならなかった。出所して隠していた拳銃を掘り出した。小豆相場で稼いで海辺に小屋を借りた。使い走りの男を雇い犬を飼った。
映画の撮影チームが来た。主演は髪の長い少女だった。犬はじゃれて少女と海に向かって走っていった。彼は拳銃を出し遠い空に一発、自分の額にも一発、発射した。

「艀」
動かない艀がつながれている桟橋にしのぶは佇つと、そこで顔見知りになった男が自分が書いたという詩を読んでくれた。詩集が売れなかったわけをぽつぽつと話した。
海におぼれそうになったしのぶを助け家に連れて帰ってくれた、彼の母は両親がいないしのぶを施設に入れた。卒業して作家になり、昔の海に行ってみたが彼の消息も分からず思い出だと思っていたこともなんだかあやふやになっていた。

「想ひだすなよ」
父が庭の広い家を買った。後の山を借景にしたところが気に入ったのだった。質の悪い不動産屋の谷はダニと呼ばれていた。カラフルな洋館を建てて売るので父は眉をひそめていた。谷の家の離れにいいにおいがするお姉さんがいた、呼ばれて入ってみると本がたくさんあった。入り浸って仲良しの三人組と遊ぶことがなくなったが、その母親が非難した。友達がうるさく誘ってきて呼び出されたときに、とがった傘を友達に向けた。

「妙に清らの」
覗いて見た叔父夫婦の姿は、出入りを禁じられていた書斎で開いた画集の、楽園を追放されて泣きわめく男女の姿に似ていた。
ある日叔父は叔母の膝に頭を乗せ、首から黒い兵児帯がとぐろを巻くように伸びていた。動かない叔父の足が青黒かった。叔母は美しいコロラチュラソプラノで「妙に清らの ああわが児よ」とうたっていた。叔父の眼球のない目には叔母がさしたアジサイの花が盛り上がっていた。

「龍騎兵は近づけり」
    ここ過ぎて官能の愉楽のそのに 北原白秋
5つか6つだったか、砂浜の巨体を持つ城塞のような漁船で遊んでいた。その船は夜になると蘇り魚を従え沖に漕ぎ出すのだった。

船に乗り込むと船底に座り船首にしつらえた舞台を見ていた。私は一人で不安だった。それは海の上の死には安らぎがないと知っていたからだ。

夏に海辺に借りた家で過ごしたことがある。隣家に少年がいて友達になった。隣の二階から音楽が聞こえて私はそれに合わせて歌った。二階に上がったがそこには水夫風の若い男たちが5人いて和やかに暮らしているようだった。珍しいヴァイオリンやバクパイプがあった。男がバグパイプを吹きそうになったのでなぜか私は階段を下りて逃げ帰った。
隣の男の子の傷の手当てをした。オニヤンマが飛んできて恐ろしかったが男の子がつかまえて服に押し付けて引っ張ると首がもげた。勲章だと男の子は言った。空が明るくなる前に人々が網を曳いていた。隣の男の子は勝男といったが小舟で沖に漕ぎ出した。風で船が揺れ、弟が落ちた。勝男が飛び込んで弟を助けて船に放り込んだ。水を透かして見ると勝男の足に二階の男たちが群がっていた。
私は東京に帰り戦争が終わった時は孤児になっていた。
音楽会の招待状が来た。私にはわかったが怖くなかった。5人の男たちは演奏をしてうたった。私は船に一人でいても恐ろしくはなかった。

「幻燈」
私は奥様のお着替えの手伝いが一番好きで幸せだった。奥様の爵位が気に入って結婚したのか旦那様はめったに帰ってこなかった。奥様は言葉が不自由だった。夜は私と一緒に眠るようになった。
お土産に買った幻燈機を奥様はとても喜んで夜になると幻燈遊びをした。戦争が激しくなって庭にt大きな避難用の穴を掘って日用品を運び込んだ。奥様は琴を私は幻燈機を入れた。爆弾が落ちでみんなが焼死してしまった、たまたま生き残った私は一枚の種板を持ち出し、それを写しては見ている。

「遺し文」
戦死した男との思い出。


皆川さんはこういった虚実の境のあるような風景を幻想的に書き、物語を読者の思いと混ぜ合わせるように差し出してくれる。恐ろしく美しい世界に誘われた。



「遺し文」では伊良子清白の「孔雀船」から「初陣」が引用されている。

ほかに有名な「漂泊」という詩がある

蓆戸に
秋風吹ふいて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺ながめて
いと低く歌ひはじめぬ

亡なき母は
處女と成なりて
白き額月に現れ
亡き父は
童子と成なりて
 
…………

長いがとても好きな詩で母の故郷の風景が浮かんでくる。
何かの集まりに息子さんが出席されていた、昔々のおもいでです。


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