空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「龍宮」 川上弘美 文春文庫

2019-12-02 | 読書

 

川上さんは「ぐにゃぐにゃ」したり「ヌルッと」したものを言葉に変換して、それらを人の形にして連れてくる。
 
大風の吹く日は浜に降りて歩きたくなる。時間が止まったような気分になるときがある。 そんな時ぐにゃっとした感じのするものに呼び止められた。金がないから「おもってくれ」という。奢ってがうまく言えない。無職で金は1763円しか持ってなかった。 赤ちょうちんで「酎ね」と勝手に注文してお湯割りを吸うようにして飲んだ。 「昔、蛸だった」という。気にいった蛸壺につい入ってしまった。逃げ出して畑の芋を食べて、そこにいた女に巻き付いた、女はよがった、「女ならまかしたまえ」などといい、葛飾某の絵のモデルだという。男は北斎の春画を引き合いに出すいささか下品で女好き、世渡り指南を垂れて言葉尻に「心するように」などとつけて繰り返す。 「人の世はつらい浮世だったが女はよかった、蛸にかえる」といって「わぁ」と大声を出した後闇に消えた。 海とも知れない海の闇から現れた異形の男を、蛸のように、蛸だったように書いて、蛸に返す、川上マジックが描く妖しい話。「北斎」
 
イトという名前だけがある人型の生物は曾祖母だった。 訳の分からない言葉を「おらぶ」人は霊言かと驚く、霊力がある巫女かとあがめられたりする。 無限に女とも男とも交合し続けだんだん小さくなっていく。 腹具合が悪くなったら子を産むと治る。子をつないで物乞いをする。子がスルリと逃げて入った家は栄えたりする。 現実にあるのかないのか「龍宮」という異界になぞらえたのか、イトという人型をした14歳くらいの可愛い顔つきをした者が、オトと呼ばれたり、イトという名だったりするのだが、どこか不思議な操り人形のような生物に見える。 人を殺して海に捨てると海は荒れ、夜明けには何事もなかったように凪いでいたりする。 題名が何かというよりもイトという生物が生臭く時には命の淡いを見せてくれる。 「龍宮」
 
93歳の正太は時々「ケーン」と鳴く。元古本屋だったとかで部屋は古本で埋まっていて浴槽にはエロ本が積んである。週に二、三回通っているヘルパー53歳の話。裸が好きだというので脱いで触らせたりする。 離れて住んでいるボケかけた姪がいる。入院したというので着替えなどを持って行った。四人部屋でよくしゃべるおばあさんは斑猫そっくりで、帰りがけに振り向くとギーギー鳴いていた。
私はときどき自分がまだ世界を押し上げていない、夜明け前の霜柱であるような気分になる。そういうとき、とてもこころぼそい心もちになる。 霜柱の心もちになるとき、世界はとても小さく見える。正太の頭が蟻の頭くらいに見える。正太の背中もたんぽぽの花びらも、よそよそしい、空気も生物も物もみんなよそよそしい
正太の布団で一緒に寝たりしていてもう帰らなくなる。ヘルパーに行くと、どの人間もどこか人間でない部分を持っていると思う。「狐塚」
 
結婚して社宅に入り、私は壁をはがして食べたり、万引きをしたり、男と寝てお金をもらったりして暮らしている。台所の冷蔵庫の下に小さい荒神様がいて床を走り回ったりしている。幼い頃に神様は大切にしなさいと言われたので拝んだりする。部屋にグリーンを置くと荒神様が喜んで走り回るので、床はグリーンでいっぱいになった。近所の奥さんとの付き合いも自然にできていてイタチが出て困るという噂も知っている。「荒神」
 
「あんた人間じゃないだろう」「人間じゃないですよ、むろん」「何威張ってんの、動物のくせに」「なになに、人間だった動物の一種ではありませんか」「え、そりゃそうだな」 穴で暮らす「鼹鼠」のはなし。人間を拾ってポケットに入れるときは深更、明け方に鼹鼠(うごろもち)は子を産む、死んだら穴に放り込む。人間は弱くて儚くて鼹鼠に拾われている、身につまされる話。「鼹鼠」(うごろもち・もぐら)
 
ありえないような世界が、あたかも一人の人間の生き死にがどこかで見えるような話になって幕を閉じるのだが。その過程がこれぞ川上作品という、不思議で妖しく不気味な趣がある、長くなるのであらすじが書けないほどだが、面白い、こういう虚実の境が溶けあった世界が本領なのだと思う。「轟」
 
七代前の先祖に一目ぼれした。二百年も生きていて初めてのことで舞い上がった、先祖は何もないアパートに住んで、人生相談を受けるのが仕事らしい。先祖を熱愛した様子が現実的で熱いが、先祖も私も次第に年取って痩せていく。先祖の死が見える、何かこういう世界もあるかと思う巧みな筆に乗せられるが、気持ちは乗り切れない 、遠い異界の妖しい世界に見える。「島崎」
 
誘われて海から出たら、次々に飼い主が変わり夫になる。そのたびに交わって子ができる。子供は人間らしく育った、人でないものとの子であるのに。4番目は変わった女の子だった。レンタルビデオ店でアルバイトをしている。夜は海のようで好きだといった。この子はどこかしら私に似ている。 海が無性に恋しくなって帰りたくなる。大嵐が来て大荒れにあれたとき、4番目が走っていった、頭が大水の中に消えていった。  これは全く幻想が日常に溶け込んだような作品で、どちらかといえばこういう発想が特に面白い。
「海馬」
 

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