空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「冷血(上)」 高村薫 新潮文庫

2021-12-07 | 読書

在り来たりの言い方になるが、ふと袖振り合っただけの二人は犯した殺人の罪の意識も浅く、最後まで心が解け合うこともない。底の底にある孤独だけが二人を引き寄せ、支え合ったような……。

 

本棚を見ると高村さんの本が並んでいて、今年こそ読書の秋に何とか読もう思いつつもう12月。
密度の高い文章から始まり、暫くすると危険な物語の展開がスピード感を増す。そしていつの間にか渦中に引き込まれ、引き摺りそうな緊張感がまとわりつきながら終わりまで続く。

「冷血」の横にトルーマン・カポーティまで寄り添っていたが、まず上下二冊になったフィクションの「冷血」から。合田雄一郎シリーズの5作目にあたるがストーリーに惹かれて順不同で。

刑務所を出てから新聞配達をしている戸田吉生はふと携帯の求人サイトを見て、イノウエからの書き込みを見つけた。≪スタッフ募集。一気ニ稼ゲマス。素人歓迎≫ 試しにメールを返してみた。仕事先ハ、現金輸送車トカデスカ? 返事はすぐに ATMのホウデ、ドウデスカ?ときた。

ふたりのそもそもの始まりはこれで、このメールが戸田のなんとなく現実からの脱出という夢想に引っかかった。想う、これもご愛嬌だと。
そして待ち合わせの池袋の五差路の端に立っている。腐った親知らずがじくじく痛む。歩くと熱の振り子が揺れる。
イノウエのオレンジのニット帽が近づいてきた。トダさん?イノウエです。
ただ出会って名乗り合い、事故ってバタバタして。待ちました?
なんにもない無頓着さで二人はロッテリアで朝食を済ませ、お互いに刑務所経験者だと知る。ATM破壊用のユンボを井上が動かし、逃走用に盗んだトラックを戸田が乗り付けた。しかしATM襲撃は手ごわく失敗。

正直なところ、身体に溜まったエネルギーが解放された感じもなく,振り上げた拳を下ろす先がないような心地のまま、もう一軒やる?隣に声をかけるとトダは薄笑いを浮かべて言いやがったものだ。べつに俺はいいっすけど。さいていっすよね、っと。
ハライセに16号線沿いのコンビニを襲い、井上はチクショウ、チクショウと言い続けていた。

井上克美はまっさらな朝に目が醒めたと思ったら外に止めてあった愛車のGT-Rがぼこぼこに壊されていた。思い当たらないこともない暮らし方。知り合いの解体屋に引き渡し姉のマンションまで送らせて刑務所に入っている義兄のマジェスタに乗り込んだ。そして池袋、だった。
戸田は車を乗り換えましょう。と言い井上も同意、電車に乗って移動。温泉施設の駐車場で白いシルビアを盗んで乗り換えた。

下見した歯科医宅は4人の表札で、なんか面倒くせえなと井上がつぶやく。地味な家だが暮らしは庶民以上だろう。成り行き任せでと、二人は一応納得。
井上が行ったことがあるという道順で歯科医院に向かって戸田はブラブラと歩いて行った。女名前の院長で年末年始の休日の案内が出ていた12月20日~23日。12月28日~29日。1月1日~5日
明日から4日間休み。これはやるには地味すぎると戸田は思いながら通り過ぎた。先にある自宅はまずまずだったが、なぜか運命かなという不穏な思いが湧いた。
戸田は、いいっすか、一軒家はコンビニとは違う。やるんなら、留守を狙う。殺しはやらない、いいっすね?
小鼻を膨らませて、偉そうに、殺シハヤラナイ、だって。無性に可笑しく克美は噴き出した。府中に6年か、半端なせいぜい強盗未満だろう。結構毛だれらけ、猫灰だらけ。
井上は上品な家を見てみるのも悪くないな、いいっすよ OKすよと戸田に言った。
どうも一家は年末ディズニーシーに行くらしい。それで決まり。

戸田の鎮痛剤の量が増え飲んだ後は意識が薄らぐ、井上を待ちながら細菌が顎骨に侵入したらしい残るは激痛か。
もういまではやりたいことがわからない。笑いたいほど何もない。

12月24日 高梨家の向いの主婦がいぶかった、誰も出てこない。子供もいないのか。携帯に返事もない。何かあったのだ。何かあったのだ。何かあったのだ。
警察電話の激しい応酬。
勝手口がこじ開けられ。男女の変死体。異臭がある。
二階から子供の遺体が二体。

合田雄一郎は医療過誤の調べをしていた。電話から歯科医の事件が流れ雄一郎も検分に立ち会うことになった。
一階で男女が倒れ二階では子供二人が熟睡中に布団の上から殴打され死亡していた。
二階の寝室からキャッシュカードが無くなっていた、脅して暗証番号を聞きだしたのか。
それにしても過剰な荒らし方だ。

捜査線上に白のフルエアロの改造した白のシルビアが浮かぶ、目立つ車だ。大雑把な二人組。
足跡をたどると16号線に沿って白いシルビアでコンビの強盗、ATM狙い。

GT-Rか襲われて破壊された後にシーマで解体屋へ、その線だ。その後マジェスタからシルビアと、車から追跡が始まる。
シーマに乗る解体屋から、GTーRの持ち主が井上克美、という名前がわかる。

井上の犯歴と顔写真があかされる。高階歯科医院で女が治療を受け井上が支払いをした記録が見つかる。しかし相棒は。シルビアから戸田の指紋も出る。戸田は二級整備士で、解体屋は連れの男が手際よくナンバープレートを付け替えていたという。
本ボシか。

捜査の輪が絞られ翌3月3日、神戸長田で戸田逮捕。奥歯の激痛に耐えかねて歯科医に走り込んでいた。
また井上も我孫子で逮捕。空に魂が泳ぐような空っぽの表情でスロットマシンの前にいた。

二人の子供っぽい供述から井上は崩壊家族の産物、戸田は教育者の親の期待に沿えない受験戦争の敗者だった。

殺された歯科医一家の穏やかな日常が娘の言葉で語られる。それに比べ非情なまでに自己に無頓着な二人の無慈悲さが高村さんの「冷血」になっている。
逮捕後二人を裁く人と、犯人の罪の意識とは、起訴固めと裁判のいきさつが下巻に続く。

ミステリの範疇を超えたこの物語は、血の通わないような残虐な罪とそれをを裁く側から、突然前途を絶たれ恐怖の瞬間を迎えた家族に対しこれから徐々に罪の深さが明かされていくようだ。
 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「そばかすの少年」 ジーン... | トップ | 冷血(下) 高村薫 新潮文庫 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

読書」カテゴリの最新記事