★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

2022-07-21 09:48:39 | 交響曲(ベートーヴェン)


ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

LP:東芝音楽工業 AB・8057

 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886年―1954年)は、ドイツの指揮者として、過去の指揮者の中でも別格的存在であり“神様”みたいな存在だ。当時、フルトヴェングラーが一度オケの練習場に姿を現せば、それだけでオケの全員がそれまでの演奏とは違うレベルの高い演奏をしたという。要するにカリスマ的存在であったわけである。我々リスナーにとってもフルトヴェングラーの存在は偉大そのものであり、私などは今でも、それまでの姿勢を正し、正座して聴かなければならいような雰囲気を感じてしまうのである。そんな“神様”のフルトヴェングラーが、ベートーヴェンの「田園」をウィーン・フィルを指揮したのがこのLPレコードである。ベートーヴェンがウィーンの郊外を散策して作曲したと言われる「田園」ではあるが、その頃からベートーヴェンの耳は聴こえなくなりつつあり、どうも我々が考える田園風景をただ単に描写した交響曲といった印象とは少々違った側面を持つ曲なようだ。このフルトヴェングラーの残した「田園」を聴くと、単なる田園描写の曲でなく、ベートヴェンが目で見て、心で感じた田園風景を五線譜に書き留めたということが、手に取るように分る類稀な演奏であることが聴き取れる。つまり、この演奏は、表面的な描写は避け、心で感じた田園を表現し、それと同時に交響曲としての骨格を充分に表現仕切っている。ベートーヴェン自身この交響曲第6番「田園」の各楽章に次のような表題を付けている。第1楽章:田園に着いた時の愉快な気分の喚起、第2楽章:小川のほとりの風景、第3楽章:田園の人々の楽しい集い、第4楽章:雷雨と嵐、第5楽章:牧歌―嵐の後の喜ばしい感謝にみちた感じ。通常の指揮は、これらの標題に相応しく演奏されるのが常であるが、フルトヴェングラーは、このLPレコードにおいて敢えてそうはしていない。普通「田園」の演奏というと、我々が常日頃感じている自然、つまり、陽気な明るさ、さわやかさ、牧歌的な表現に徹するのが普通であるが、全体の演奏スタイルはごくオーソドックスなスタイルをとってはいるものの、フルトヴェングラーの「田園」は、重々しく、どちらかというと哲学的であり、確固とした構成美の上に成り立っている。ベートーヴェンにとって自然とは、神の如く慈悲深く、偉大で、絶対的なものであった。フルトヴェングラーの演奏は、ベートーヴェンのそんな自然に対する思いを的確に表現しているのだ。やはりフルトヴェングラーは“神様”であった。(LPC)


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