ショパン:ピアノソナタ第3番
バルカロール
マズルカ第32番
ノクターン第8番
ピアノ:ディヌ・リパッティ
発売:1962年9月
LP:日本コロムビア OL‐3103
これは、ルーマニアのブカレストに生まれた、夭折の天才ピアニスト、ディヌ・リパッティ(1917年―1950年)を偲ぶLPレコードである。「偲ぶ」というと単なる懐古趣味と思われがちだが、リパッティに限っては、このことは当て嵌まらない。このLPレコードは、今もってショパン:ピアノソナタ第3番の録音の中でも、1,2を争う名盤と私は信じている。さらに同じLPレコードのB面に収められた3つの小品、バルカロール、マズルカ第32番、ノクターン第8番についても、今もってこれに真正面から対抗できる録音は数少ない。リパッティは、ショパンを弾かせたら他の追随を許さない天性の閃きを持っていた。このことは名ピアニストで当時ショパン演奏の第一人者であったアルフレッド・コルトーから教えを受けたことでさらに磨きが掛けられたのだ。名盤として名高い、リパッティが遺したショパン:ワルツ集は今でもその輝きを失っていない。このショパン:ピアノソナタ第3番を収めたLPレコードも、ショパン:ワルツ集に次いで、リパッティのショパン演奏の白眉とも言える録音となっている。リパッティの不幸は、33年という僅かな時間しか天から命を与えられなかったことと、録音の音質が決して芳しいものではなかったことぐらいであろう。このLPレコードも1940年代の録音であり、今の録音のレベルとは比較にはならないが、その気品があり、すっきりとした演奏ぶりを聴いていくうちに、録音の古さなんて全くと言っていいほど気にならなくなってくるから不思議だ。リパッティのピアノ演奏は洗練されているが、どことなく淋しげでもある。しかしそれは、決して冷たいものでなく、人間的な温もりが感じられ、そのことが、今聴いても少しの古さを感じさせない魅力の源泉となっている。何か時代を超越した音楽性を、その内に宿しているかのように感じられる。ショパンの音楽は、表面の美しく華やかな反面、その内部には激しい感情の高まりが感じられるが、リパッティの音楽性も同じように、表面的には整ったものだが、その内部には、溢れんばかりの人間味が感じられる。このLPレコードに収められた全てのショパンの作品から、このことが聴き取れる。このLPレコードは、永遠の名盤なのだ。将来を嘱望されていたリパッティではあったが、1947年にリンパ肉芽腫症と診断され、3年の後の1950年に、33歳の若さでこの世を去ることになる。(LPC)