「 植草一秀の『知られざる真実』」
2016/08/16
悪魔の緊急事態条項論議急展開を警戒せよ
第1516号
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8月2日に閣議決定された経済対策は見かけ倒しである。
「総額28兆円」
と伝えられると、大型景気対策のように思われるかも知れないが、上げ底満載
で正味量がとても小さい。
経済対策の規模は財政資金の直接投入量で測られる。
この直接投入量のことを「真水」という。
「真水」も国の分と地方の分に分かれるが、地方の「真水」は確定するもので
はない。
この「真水」が今回の対策では7.5兆円とされているが、そのうち3.5兆
円は2017年度分なのだ。
2017年度というのは来年4月に始まる年度のことで、来年度分の景気対策
が混入しているというのだから驚きというか、ほとんど詐欺のようなものだ。
今年度分の真水は、地方を含めて4兆円。
極めて小規模な景気対策なのだ。
そして、この景気対策。
具体化されるのは秋の臨時国会に提出される補正予算である。
臨時国会が召集されるのは9月26日が有力で、補正予算が成立するのは10
月にずれ込むだろう。
実施されるのは年末以降ということになる。
安倍首相は今年の6月1日の衆院解散を断念した。
衆院任期は2018年12月まであるが、追い込まれ解散を防ぐために、ベス
トなタイミングで解散を打ってくると思われている。
その時期が今年の年末、あるいは来年初という見立てがあるのだが、景気対策
を見るとその可能性は低い。
景気対策には低所得者に1人15000円の現金給付というのが含まれてい
る。
選挙との関連を考えれば、露骨な買収工作とも言える施策だが、この現金バラ
マキが来年秋になると見られている。
つまり、衆院解散は来年秋から年末というシナリオが描かれている可能性があ
る。
前置きが長くなった。
仮に解散が来年末までないとすると、これからの1年間のメインテーマは何に
なるのかという問題だ。
想定されるメインテーマが三つある。
第一は、自民党総裁任期延長の規約改定。
第二は、TPP批准。
第三は、憲法改定推進だ。
安倍氏は2020年の東京五輪の際に首相でいることを最優先課題に位置付け
ていると思われる。
「政治私物化」の象徴ともいえることがらだが、十分にあり得る想定だ。
安倍政権を支配しているのはハゲタカ資本であると見られるが、このハゲタカ
資本が安倍首相に命令している最優先課題がTPP批准であると見られる。
TPPは日本の国民の利益にはまったくならないが、ハゲタカ資本にとっては
垂涎の的だ。
米国でのTPP批准の雲行きが怪しくなっているため、事態を打開するために
日本の批准を先行させる。
これがハゲタカ資本の判断で、ハゲタカ資本は安倍首相にTPP批准を必ず実
行しろと命令していると判断される。
そして、安倍首相自身が狙っている最重要事項が憲法改定だ。
そして、その標的は「緊急事態条項」の加憲である。
5月13日付のメルマガ記事に記述したが、これまで憲法改定に慎重姿勢を示
してきた公明党がついに本性を表わしたと見える。
次の事実が伝えられている。
「公明党の北側一雄憲法調査会長(副代表)は(8月)13日までに共同通信
のインタビューに応じ、憲法改正を巡り、大規模災害が国政選挙と重なった場
合などに国会議員の任期延長を認める規定の新設が優先課題になるとの考えを
明らかにした。」
何を意味しているのかと言うと、公明党が、憲法改定について、
「緊急事態条項の加憲が最優先であり、これに賛成する」
との意向を示したということだ。
極めて重大な情報である。
7月10日の参院選結果で、改憲勢力が衆参両院で3分の2以上の議席を占有
した。
憲法改正発議が可能な状況が生まれた。
しかし、公明党がイエスと言わなければ憲法改定は実現しない。
この公明党が「緊急事態条項の加憲」で憲法改定にゴーサインを出したのだ。
安倍首相の狙いは9条改定ではなく、緊急事態条項加憲である。
極端な言い方をすれば、安倍氏は「緊急事態条項加憲」が実現すれば、それで
「満貫」だと判断していると私は判断する。
「緊急事態条項」は「悪魔条項」と言ってよい。
この「悪魔条項」が加憲される危険が急激に高まっている。
再論になるが極めて重大な事項であるので、詳論を再記述する。
自民党憲法改定草案は第98条と第99条を書き加えることを提案している。
自民党憲法改定案の第98条、第99条は以下のものである。
第九章 緊急事態
(緊急事態の宣言)
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等に
よる社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊
急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところによ
り、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承
認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が
緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣
言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議に
かけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊
急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の
承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準
用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」
と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところによ
り、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣
総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必
要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後
に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところによ
り、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行わ
れる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならな
い。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他
の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところによ
り、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の
議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
新たに「緊急事態」という「章」を設けて、「緊急事態」を宣言できること、
「緊急事態に何が行えるのか、を定めるというものだ。
現在の日本国憲法の第十章に「最高法規」という章があり、このなかに憲法の
意味を規定する第97条が置かれている。
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわた
る自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、
現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託された
ものである。
自民党改憲案では、この97条が丸ごと削除されている。
その代りというかたちで盛り込まれたのが、
第九章 緊急事態
という章なのだ。
この98条、99条に書き込まれた緊急事態条項を要約すると次のようにな
る。
1.内閣総理大臣は、特に必要があると認めるときは、緊急事態の宣言を発す
ることができる。
2.緊急事態の宣言は、事後に国会の承認を得ればよい。
3.緊急事態を宣言すると、
内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができ、
内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行うことができ、
地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
4.緊急事態を宣言すると、何人も国その他公の機関の指示に従わなければな
らない。
この場合、日本国憲法第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条そ の
他の基本的人権に関する規定は、「尊重」するだけでよい。
5.緊急事態を宣言すると、
宣言が効力を有する期間は衆議院は解散されず、
両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
つまり、内閣総理大臣が緊急事態を宣言すると、
内閣が勝手に法律を制定でき、
財政を勝手に運営でき、
基本的人権を制限でき、
議会選挙を行わずに内閣を永遠に存続できる
ということになる。
「緊急事態条項」は「憲法」のなかに書かれているが、実は、
「憲法を停止する条項」
と言い換えてもよい。
「憲法を停止する条項」を憲法のなかに規定して良いのかという問題も生じる
だろう。
憲法論議のなかで、「緊急事態条項」の必要性はかなり広く唱えられてきた経
緯がある。
改憲に慎重な政治勢力でさえ、「緊急事態条項」の加憲には積極的な人々がい
る。
しかし、その「緊急事態条項」が「憲法を実質停止状態に移行させる」内容を
含むなら、安易な取り扱いは許されない。
つまり、
「緊急事態」
を口実にして、
「憲法を亡きものにする」
策謀が現実化する惧れが極めて高いからだ。
安倍首相の目論見は、ここにあると判断される。
自民党憲法改定案のなかで、もし、ただひとつ、全力で奪取しようとしている
ものを挙げよ、の問いがあるなら、他と超絶して、真っ先に挙げられるのが、
この「緊急事態条項」加憲であると推察される。
日本国憲法を停止して、安倍独裁政治を確立すること。
これが「緊急事態条項加憲」の狙いである。
そして、「緊急事態条項加憲」が成立した暁には、こじつけで「緊急事態」が
宣言され、安倍独裁政治が姿を現すことになるだろう。
その際、政権はまさに独裁政権になる。
何でもできるし、何でもするだろう。
例えば、共産党を非合法化することも考えられる。
そんな暗黒時代が目と鼻の先に迫ってきていることを認識しなければならな
い。
これから1年間、緊急事態条項に焦点を合わせた憲法改定論議が急速に進行す
る可能性を徹底的に警戒しなければならない。
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