セピア色の映画手帳 改め キネマ歌日乗

映画の短い感想に歌を添えて  令和3年より

「乱れる」

2013-09-24 23:54:46 | 邦画
 「人に言えない観てない」シリーズ、果てしなく続行中。(笑)
 9月23日に観た作品は、「乱れる」、「大人は判ってくれない」
 どちらもラストは走って走って、そしてラストカット。
 「大人は~」の先に見えたものは未知の広い世界、しかし本作の礼子に見えた
ものは、それと正反対の世界でした。

 「乱れる」(1964年・日本)
   監督 成瀬巳喜男
   脚本 松山善三
   撮影 安本淳
   照明 石井長四郎
   音楽 斉藤一郎
   出演 高峰秀子(礼子・長男の嫁(36歳))
       加山雄三(浩司・次男(25歳))
       草笛光子(久子・長女)
       白川由美(孝子・次女)
       三益愛子(浩司、久子、孝子の母)

 静岡県清水市、ここで酒屋を営む礼子。
 戦争中に結婚、わずか半年の夫婦生活の後、夫は戦死。終戦直後に義父も亡
くなり、以来、彼女一人で焼け跡のバラックから酒屋を再建し、義妹、義弟達を一
人前になるまでに育てる。
 婚家の為に身を粉にして来た事に何の疑問も感じなかったが、最近、気に掛か
る事が二つ有った。
 一つは、近くに出来たスーパー、そのお陰で商店街に暗い影が差し始め、酒屋
の売り上げも落ちるばかり。
 もう一つは、大学を出たのにブラブラしている義弟、浩司の事、何とか真面目に
仕事をして母親を安心させて欲しいと願うが、礼子の言葉をはぐらかすばかりの
浩司。
 そんな時、浩司は義兄の協力を得て酒屋からスーパーへの転換を計画する、只、
女手一つで店を支えてきた礼子の処遇が問題になってきてしまう。
 女性問題で礼子からなじられた浩司が礼子に、思いもかけない告白をした時か
ら、平穏だった礼子の心は千々に乱れ出す・・・。
 

 どうも圧迫感のあるヨロメキドラマは苦手の部類なのですが、1時間近く経ってか
ら始まる怒涛(?)の展開と意外な結末、そして邦画史上、特筆されるだろう高峰秀
子さんのラストカット。
 もう、この時の高峰秀子さんの表情を見るだけでも絶対、価値のある作品。
 僕の名ラストシーン、ベスト10には確実に入ります。
 誰もが言うように、礼子と浩司が清水を出て山形・庄内へ向かう道中から格段に
映画が良くなるのですが、途中一泊する銀山温泉の朝から始まるラストシーンは何
とも言えないくらいの名シーンでした。
 もう、この時の高峰秀子さんは凄い。
 「浮雲」で彼女の凄さを始めて知ったのですが、この5分位のシーンのインパクト
も相当なものでした。
 (列車道中の時から、秀子さんの演技は素晴らしかったのですが、それさえも、こ
のシーンの為の助走にすぎなかった気さえします)
 朝の温泉街。ふと目に止まった浩司と4人の男。
 驚天動地のまま宿を飛び出し、必死に後を追いかける礼子。
 男達は、まるで雲の上を進むような速さで進んで行く、必死に走る礼子。
 幾ら走っても追いつけない礼子が急に立ち竦み、礼子のアップに切り替わる。
 貞淑な未亡人の殻を破る事が出来なかった礼子が、初めて見せる「女」の表情。
 絶望、後悔、哀しみ、雁字搦めからの哀しい解放、言葉に出来ない無限の思い。
 そして、自分の人生が、今、「終わった」事の自覚と虚無。
 本当にこの時の高峰秀子さんの表情は凄い、「顔芸」だろうが何だろうが、こんな
表情が出来る女優さんに初めて出会った気がします。
 「日本一の映画女優」と言われている事に、心から納得できました。
 作品的には「浮雲」の方が上だと思うけど、このラスト30分は価値ある時間でした。
 (但し、好き嫌いで言えば「乱れる」の方が好き)

 また、相手役の加山雄三が、これまた良い(笑)んです。
 「赤ひげ」の加山雄三も良かったけど、あの役は加山さんのキャラクターを利用し
て最大限の魅力を引き出してるんですよね(一種の下手ウマ)、ここの加山さんも若
干、天性のキャラクターを土台にしてるけど、こちらの方がずっと演技していて浩司
という人間を創り上げています。
 (成瀬、黒澤に鍛えられたのに勿体ない・・・)
 二人は、プライベートでも昔からの顔なじみで、加山雄三が子供の頃から「お姉ち
ゃん、お姉ちゃん」と慕っていたとか。
 うん、これじゃキス・シーンなんて出来ません。(笑~元々、この作品にキスシーン
が有ったらマズイ)
 打算的な長女を演じた草笛光子、チャッカリの次女を演じた白川由美、流される
だけの母親(お母さんがシッカリしてたら、こんな事にならなかったのに)を演じた三
益愛子、それぞれに素晴らしい演技でした。
 浜美枝、「ウルトラQ」の西条康彦も役柄にピッタリ、下手な役者は居ません。

 中盤までに限れば経済問題付きの「東京物語」の雰囲気が有ります。
 草笛さんが杉村春子、白川さんが大坂志郎の役回り、で、秀子さんが原節子だっ
たり笠夫婦だったり。
 「最後の話し合い」が終わると、そそくさと姉妹が実家を出て行くシーンなんて「東
京物語」の葬式後のシーンみたいでした。(笑)

 しっかし、成瀬監督の作品。2本観たけど、何でか知らないけど黒澤さんより、ず
っと疲れる。
 (多分、苦手な分野なのに上手いから、かな)
 「めし」は来年以降にとっておこう。(笑)

※一つだけ成瀬さん、失敗したんじゃないでしょうか。
 酒屋と米屋は昭和時代「専売」で守られてたから、スーパーの影響は他の業種よ
 り全然軽微だったはず。
 ウチの近くの酒屋さんは、殆んど、何軒もビル持ってます。
※名女優達にインタビューした「君美わしく」(川本三郎・著)という本で、「高峰秀子」
 の章に秀子さん自身が列車の中で蜜柑のエピソードを語っていますが、そんなシ
 ーン無かったですよ、秀子さん。(笑)
 蜜柑のやり取りは有ったけど、秀子さんが言うようなシーンはないんです、そうい
 シーンを撮ったのかもですが、フィルムを無駄にしない事で有名な成瀬監督だから、
 その線は薄いんですよね、多分、単なる記憶違いなのでしょう。
 二人の距離の変移は主に座席の距離で表してる、と思います。

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6 コメント

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Unknown (宵乃)
2013-09-27 12:01:54
この作品、タイトルを聞くのも初めてかもしれません。成瀬さんの作品、苦手なんですよね~。重くて。
コメントはなかなかできないかもしれませんが、「人に言えない観てない」作品を全て観られるよう頑張って下さい!

ところで、10月もブログDEロードショーを開催いたします。
作品は「クライング・ゲーム」(1992年イギリス製作、ニール・ジョーダン監督)
英軍兵士の遺言に従って出会った謎の美女に、いやおうなく惹かれていくIRA闘士を描いたラブ・サスペンスです。
開催は 10月4日 (金)~6日(日)。
よかったらまたみんなで一緒に映画で盛り上がりましょう♪
返信する
Unknown (鉦鼓亭)
2013-09-27 23:06:26
 宵乃さん、お知らせありがとうございます。

ブログDEロードショーの件、了解しました。
楽しみにしています!

「乱れる」>軽くはないです。(笑)
でも中盤までは成瀬版「東京物語」って感じです。
後半は恋愛物語になるのですが、
邦画では、僕の大好きな「恋愛物語」になりました。
(強烈にビターですけど)
返信する
Unknown (きみやす)
2013-10-10 20:14:48
『乱れる』観ました。本当に、あのラストは・・・・
凄かったです。

加山雄三はやっぱり、『赤ひげ』と『若大将』のイメージが強いのですが、拗ねた様な、甘えたような、大人になりきれてない、ヤンチャさもこの作品にぴったりでしたね。

(同じ男としては「酒飲んで、振られた女のところにでんわするんじゃねーよ」)とは思ったのですが
ラストに繋がる伏線だったのですね。
返信する
Unknown (鉦鼓亭)
2013-10-11 00:10:55
 きみやすさん、コメントありがとうございます

「酒飲んで、振られた女のところにでんわするんじゃねーよ」>(大笑)
でも、ほら。姉さん思いの義弟だから。
気持ちの清算が大半だけど「(居場所を知らせないと)義姉さん心配するだろうなァ」も有ったと思いますよ。

加山雄三>思いっきり頑張ったと思います。
当人は成瀬流コマ切れ撮りで「何やったか」解からないそうですけど、ちゃんと演技になってたと思います。
只、ニコッとすると「若大将」になっちゃう。(笑)

実は成瀬作品は、今年になって初めて観たんです。
初見は邦画の代表作の一つと言われてる「浮雲」でした。
確かに凄い作品でした、120分に渡ってグダグダの上にグダグダが(うな重なら嬉しいけど)乗っかるような「腐れ縁」、デコちゃんも森雅之の演技も、本当に素晴らしいんですけど、
弟曰く、
「名作なのは認めるよ、でも2時間、腐れ縁のグダグダが邦画の代表作って言われると、抵抗あるなァ」(笑~弟は木下派ですから)
多くの部分、この件に関しては、弟と似た感覚を持っています。(笑)
返信する
こんにちは☆ (miri)
2013-11-08 09:00:23
ずっと気になっていたので(楽天優勝セールで安かったので)借りて見ました☆
この記事と次の記事を、読ませて頂きました。

私の感想は「秀作」で、今年の邦画ベスト10に今のところ入ります。
(「☆」は2作品しかないので、この作品も「☆◎」ですが)

別のところに書いていらした“終わらせ方、「終」の出し方が私の一番嫌いなスタイルだと思うんです“
このお言葉ですけど、どうしてそうお思いになったのか分かりませんが、

私が一番嫌いなのは、問題が解決していないのに、ららら~♪と、
全部無理やりにハッピーエンドにするハリウッドのやり方なのですよ~(笑)。

>「自分の気持ち」の持って行き場がなくて、茫然自失の状態。
>最初は誰もが、「何でここで終わるの!!」だと思います。
>終わる「瞬間」がコンマ1秒も狂っていないんです。

鉦鼓亭さんの予想が外れて申し訳ないですけど、
私は「あ~ここで終わるな~」と思った瞬間に終って、拍手喝さいでした☆
コンマ1秒も狂わなかったのは、自分的にも同じで嬉しかったです。

>下手な役者は居ません。

仰る通りですね~。

私はこの映画は
1・列車に乗る前と後で完全に乖離していて、
2・でも前の部分がなければ絶対にいけなくて、
3・男が列車に乗って探しているのを見た瞬間に「どっちが〇〇んだろう?」と思いながら見守った・・・
という感じに見ました。

右手の薬指が悲しかったですね。
でも恋愛とは違うと思います・・・
あのあとの女については、私は結構残酷な事を考えています(笑)。

いや~素晴らしい名作を教えて下さり、有難うございました。
今までの2本、この人の「いまいち」でしたが、この作品は凄かったです♪
映画ファンならどなたにもお薦めできますね~!!!
今後もこの監督の作品、ご縁があれば見たいと思います☆


.
返信する
いらっしゃいませ! (鉦鼓亭)
2013-11-09 00:22:16
miriさん、コメントありがとうございます!

気に入って頂けて、良かったです。
自分が好きな作品を気に入って貰えるって、実に嬉しいものですね。
「ブログ冥利」に尽きます。

終わり方>完結しない、宙ぶらりんスタイルって「嫌い」だと思ってました。
観察眼が浅くて、ごめんなさい。

「終」のタイミング>そうでしたか!
僕が感じた反対側から見ても、タイミングがピッタリというのは、
余計に「凄い」と思いました。

あの後半30分は、それまでに掛けた1時間があってこそ、引き立つんですよね。
草笛光子、白川由美、三益愛子、浜美枝、彼女らに掛けた時間、時代の流れの描写、その「しがらみ」、ここの「息の詰まる」ような鬱屈したエネルギーが、後半の加速装置になってると思います。
僕は「席の移動」も好きですけど、駅蕎麦を食べてるのをハラハラしながら見てる礼子、のシーンが好きです。

「恋愛映画」>一方的な「片思い」映画だとしても、一応「恋愛映画」だと僕は思います。
礼子は、どうなんでしょう?
浩司に告白されるまでは、純粋に家族愛、兄弟愛の類だったと思います。
それでも、浜美枝が現れた時の不快感は、「弟を思って」だけだったのでしょうか、そこに微かでも、「弟を盗られる」感情が有ったと思うし、そういう「思い」は恋愛感情と紙一重の差でしかない、とも考えられます。
銀山温泉の夜は、一途な思いを募らせる浩司に応えて(あげよう)という「優しさ」に流されただけなのかもしれません。
でも「私も女よ」とも言ってるんですよね、それは、目を逸らし続けてるけど、逸らしきれない「何か」を感じてたからだと僕は思います。
そして、それを明確に自覚したのは、全てが終わった後。
義弟に対する感情は、兄弟愛が多くを占めているのは変わらないけれど、「告白」以後、密かに感じだしていた別の感情が、ハッキリと自分の中に育ってたと、あの時気付いたんだと、僕は思っています。

礼子>清水の家族に合わす顔もないし、そこで何を言われるか、何を見なければならないか、もう礼子は身を寄せる場所もない。
映画では、一旦は踏み止まったけど、僕は、彼女も川の「向こう岸」に行く運命だと思いました。
(これは観た直後の感想で、今は、どっちとも言いかねる気持ちです)

名作を教えて下さり>これは、お互い様で、僕もmiriさんに一杯教えてもらっていますよ。
でも、嬉しいです。
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