秋津を訪ねるのは1年9か月ぶりだった。あの頃のボクはどうかしていた。
もうあまり記憶を手繰り寄せたくない真夏の記憶。だから、ボクはその後この街を訪ねようと思わなかったのだろう。
東京都下の小さな街。別段大きなターミナル駅でもないのに、何故か立ち飲み文化が花開く街がある。
「秋津」と言ってもピンとこない東京人も少なくないだろう。
ボクは一応知っていた。花小金井に住んでいた頃、乗り換えで何度か使ったことがある。
「秋津の立ち飲みがすごいらしい」と聞いたのはいつのことだったか。その凄まじい立ち飲みを体現したのが1年9か月前だった。
「もつ家」本店のおばちゃんに圧倒され、「野島」の混雑と女子店員のボインに悩殺され、「立ち飲みスタジアム なべちゃん」のレジェンドユニフォームに見入ってしまったあの日。
3軒もの立ち飲みを梯子したが、それでもコンプリートできなかった。その日は昼飲みで、17時開店の店には行けなかったのだ。
1年9か月ぶりの訪問はそのリベンジである。
目指すは「焼兵衛」という店。
立ち飲み激戦区でしのぎを削る店だけに、恐らくこの店も只者ではないのだろう。
その店はJR武蔵野線「新秋津」の目の前にあった。
電光掲示板の看板が俗っぽさを感じさせるのだが、店内がやや混雑しているのが傍から見ていても分かるので、おおいに期待が膨らむ。ただ、先述した3軒の立ち飲みがあまりにアクが強く、店名と外観を見る限り、どうしても地味な印象に映ってしまうのだ。
だが、侮ってはいけない。
巨大な串焼きを得意とする「野島」やジャンボ焼き鳥が主食の「もつ家」とは違う生き方を、この「焼兵衛」はしていた。
それは痒いところに手が届く、メニューの豊富さである。
店名通り、「焼兵衛」は焼きものが中心なのだが、鶏豚、海鮮、野菜を材料に、焼き、揚げ、料理が信条だ。先述の得意料理とはかぶっていない。ある意味ニッチともいえるのだが、例えば「ホタテ」(300円)焼きが食べたいという客もいれば、「豚バラ」(150円)焼きをオーダーしたい人もいる。がっぷりよつばかりが勝負ではなく、豊富なメニューを提供することで、この秋津での存在感を高めているという印象だ。その証拠に「煮込み」のメニューがない。先述した強力な店に真っ向から勝負をしないという姿勢の表れではないだろうか。
例えば、メニューは「梅干し1個」80円から。
続いて「えびせん揚」100円、「じゃがいも」の揚げ物が100円と、良心的な価格で示される。ちなみに「ポテサラ」は180円。
飲み物は「生ビール」が390円。「ホッピー」セット380円、そして「中」が150円。
これだけで店の価格水準が分かるはずである。
店はサラリーマンよりもブルーワーカーが多かった。時間なのか、店の傾向なのかは分からない。たいてい1,000円程度使ってにこにこして帰っていく。会計制である。
店の雰囲気は悪くないが、ボクのリズムが乗れていないのか、オーダーがなかなか通じなかった。厨房と非対面のカウンターのために、オーダーは振り向いてしなければならない。それがボクの呼吸を狂わせた。
そうはいいながらも肴は全ておいしかった。お店の女性が丁寧に酒肴を提供し、店を運営している。
秋津の良さは、少しずつ毛色の違う店を日替わりで選ぶことができる点だろう。それぞれの特徴に合わせて、気分に合わせて。
「焼兵衛」も相当レベルの高い店である。
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