
「これだから低所得者は困る」とその店のマスターは何度も言った。
確かにオレは低所得で間違いないから、「手厳しいですね」と言いながら笑ってやり過ごした。
しかし、彼がオレの職業についてもなじったとき、それから「神田の安酒でもかっくらってりゃいいんだよ」などと言った際、オレはとうとうキレた。
「オレ帰るよ」
彼に作らせていた「牛丼」が出来あがる前に。
「これどうすんだよ」と彼は作りかけの鍋を指して言った。
「あんたが食べればいい。その分もちゃんと払って帰るから」
と言うと、今度は彼がぶちキレた。
「なんだよ。自分で食べろとは」
その後、お互い怒鳴りあいになった。
「人を罵倒してとんでもない店だな」
「金なんかいいから帰れ!」
結局、オレは金を払わず店を出た。
これが、9月6日の昼下がりに「福」で起きた事件である。
彼が、自分を罵しっていたのは、始めは軽い冗談の積もりだったのだろう。オレもその積もりで聞いていた。それは他愛もないことだったし、自分もそれほど気になるものではなかった。だが既述したように、オレが何かを言うたび、その罵りが枕詞になるのだった。
彼は少しお酒を飲んでいた。だが、それが罵詈雑言の引き金になったものではないと思う。「この1週間神田で飲んでました」というと彼は少し態度を変えた。「神田なんか行かないでウチへ来てよ」とブスっと言った。
そして、もうひとつ彼の気分を害したと思われる言葉が「島美人(芋焼酎)一杯600円は高いよ」。
オレはアドバイスのつもりで言ったんだが、どうもマスターのプライドを傷つけたらしい。
実は、前回にこの店を訪れた際も「昨日は新橋で飲んでた」と言うと態度を変え、棘のある言葉を連発した。オレはそれが原因で、この店から足を遠ざけた。
しかし、この日オレがクリーニングを出しに行った際、彼とばったり会った。
「子供は生まれたの?」と彼。
「えぇ生まれました」。
「それはおめでとう。一杯ご馳走するから、今からおいでよ」。
オレは、「お昼に行くから」と告げた。
昼頃店に行くと、しっかり彼はご馳走してくれた。
芋焼酎「明るい農村」の水割りを。
本当は優しい人だと思う。
初めて、オレが同店を訪れたのは、7月28日。
この日は、クリーニングに出したYシャツを取りに行かねばならず、オレは地元で飲むことにした。
同店の存在はかねてから知っていた。中国人が作る中華料理の居酒屋。
そのつもりでお店に入ってみると、実際は違っていた。店のマスターは思い切り日本人だった。カウンターが10席だけの小さなお店。既に先客が一人居て、ビールを飲んでいる。 オレは入口近くの席に腰掛けて生ビールを頼んだ。
ビールはサントリーのモルツプレミアム。
小柄なマスターが問わず語りに聞くところによれば、この日から数えて1週間前から店を始めたのだという。とりあえず、居ぬきのまま店名もそのままに、オープンしたのだという。
マスターは元々、商社マンで中国に長く滞在していたのだという。そこで、多くの美食と出会い、いつしかそういった世界のおいしいものを食べさせる店を出すのが夢だったようだ。
店のキャッチフレーズが洒落ている。
「世界を駆け巡った男の集大成」。
或いは、こんな貼紙も店内にある。
「多国籍料理の店」。
無国籍料理とつく店は数々されど、「あれは外国の料理にたいして失礼。あくまでも料理を尊重して多国籍にした」という。
料理に一家言あるように、たしかにマスターの料理はおいしかった。
初めて食べたのは、「イナダの刺身」だった。
淡白なようだけど濃厚。
なんと、表現していいのか。
ブツ切りだったけれど、この先制パンチはオレにとって衝撃的だった。
というのも、同店のシステムはもちろん単品をひとつひとつ頼むことも可能だが、松竹梅に分かれたお任せコースがポピュラーなオーダーだ。
松が5品で1,500円。竹が7品で2,000円。梅が10品で2,500円といった具合だ。
オレは松を頼み、そして出てきた最初の料理が「イナダの刺身」だったのだ。
生ビールを飲み干して、次に紹興酒を頂くことにした。
厨房の中央に紹興酒の甕が置いてある。
なんと、嬉しいことに「1杯無料のサービス」をやっているのだという。
有り難く頂戴することにした。
その後、料理は様々なものが出てきた。自家製野菜のサラダ。それから名前は失念したが、中国の宮廷のような名称がついた炒め物だ。
どれもおいしいものばかりだった。
盛り付けはお世辞にもきれいとは言えないものだったが、とにかく料理の味は群を抜いていた。
その後、オレは紹興酒を5~6杯は飲んだと思う。
マスターとのお喋りが楽しかったからだ。さすが、世界を駆け巡った人で見聞が広く、話しも面白かった。だから、調子に乗ってがぶがぶと紹興酒を飲んでしまったのだ。
極めつけは最後の1品として出てきた「インドカレー」。
これが実にうまかった。
「お代わりがほしいくらい」とマスターに言うと少し彼は困った顔になった。
さて、すっかりお腹もいっぱいになり、だいぶ酒も飲みすぎてしまったところで、お会計をしてみると、なんとびっくり。これで、僅か2,700円だという。
「なんかの間違いじゃないの?」と聞くと「そんなことない」と言う。
お言葉に甘え、それを支払って帰宅した。
それから1週間後の8月4日、再びオレは同店を訪れた。とにかく、酒も料理もおいしく、話しも面白いという店、そして自宅から徒歩7分という距離であれば、通わない手はない。
だが、このあたりから、彼の態度は少しぞんざいになってきた。
時折、客商売とは思えないような言葉も言うようになったが、「手厳しいですね」とオレはかわしていた。2回目の訪問も楽しんだことは間違いない。オレはまたしても紹興酒を5杯から6杯ほど飲んだのだから。しかし、彼の態度になんか納得のいかないものもあったのは確かだった。
そして、今回の乱闘劇に繋がってくるのである。
料理は確かにおいしい。だが、果たして気持ちがこもっているかといえば、疑問である。
彼は、近隣の店の悪口を時折口にした。あろうことか、常連となっている客まで「あの、おばちゃんはうるさい」という始末。
手を洗えば、手を拭かないものだからピシャピシャと指先から滴が飛ぶ散る。生ビールには小蝿が浮いている。
その蝿をオレが取り除くと彼は「ごめん。最近ビールサーバーの周囲に小蝿が飛んでいるんだよ」。
男一人の店は行く度に雑然としていく。
熊猫刑事、この店はお薦めしない。
店は東京メトロ南北線「王子神谷駅」3番出口から徒歩2分。庚申通りを入って250m右側。
【09年1月初旬 閉店を確認】
確かにオレは低所得で間違いないから、「手厳しいですね」と言いながら笑ってやり過ごした。
しかし、彼がオレの職業についてもなじったとき、それから「神田の安酒でもかっくらってりゃいいんだよ」などと言った際、オレはとうとうキレた。
「オレ帰るよ」
彼に作らせていた「牛丼」が出来あがる前に。
「これどうすんだよ」と彼は作りかけの鍋を指して言った。
「あんたが食べればいい。その分もちゃんと払って帰るから」
と言うと、今度は彼がぶちキレた。
「なんだよ。自分で食べろとは」
その後、お互い怒鳴りあいになった。
「人を罵倒してとんでもない店だな」
「金なんかいいから帰れ!」
結局、オレは金を払わず店を出た。
これが、9月6日の昼下がりに「福」で起きた事件である。
彼が、自分を罵しっていたのは、始めは軽い冗談の積もりだったのだろう。オレもその積もりで聞いていた。それは他愛もないことだったし、自分もそれほど気になるものではなかった。だが既述したように、オレが何かを言うたび、その罵りが枕詞になるのだった。
彼は少しお酒を飲んでいた。だが、それが罵詈雑言の引き金になったものではないと思う。「この1週間神田で飲んでました」というと彼は少し態度を変えた。「神田なんか行かないでウチへ来てよ」とブスっと言った。
そして、もうひとつ彼の気分を害したと思われる言葉が「島美人(芋焼酎)一杯600円は高いよ」。
オレはアドバイスのつもりで言ったんだが、どうもマスターのプライドを傷つけたらしい。
実は、前回にこの店を訪れた際も「昨日は新橋で飲んでた」と言うと態度を変え、棘のある言葉を連発した。オレはそれが原因で、この店から足を遠ざけた。
しかし、この日オレがクリーニングを出しに行った際、彼とばったり会った。
「子供は生まれたの?」と彼。
「えぇ生まれました」。
「それはおめでとう。一杯ご馳走するから、今からおいでよ」。
オレは、「お昼に行くから」と告げた。
昼頃店に行くと、しっかり彼はご馳走してくれた。
芋焼酎「明るい農村」の水割りを。
本当は優しい人だと思う。
初めて、オレが同店を訪れたのは、7月28日。
この日は、クリーニングに出したYシャツを取りに行かねばならず、オレは地元で飲むことにした。
同店の存在はかねてから知っていた。中国人が作る中華料理の居酒屋。
そのつもりでお店に入ってみると、実際は違っていた。店のマスターは思い切り日本人だった。カウンターが10席だけの小さなお店。既に先客が一人居て、ビールを飲んでいる。 オレは入口近くの席に腰掛けて生ビールを頼んだ。
ビールはサントリーのモルツプレミアム。
小柄なマスターが問わず語りに聞くところによれば、この日から数えて1週間前から店を始めたのだという。とりあえず、居ぬきのまま店名もそのままに、オープンしたのだという。
マスターは元々、商社マンで中国に長く滞在していたのだという。そこで、多くの美食と出会い、いつしかそういった世界のおいしいものを食べさせる店を出すのが夢だったようだ。
店のキャッチフレーズが洒落ている。
「世界を駆け巡った男の集大成」。
或いは、こんな貼紙も店内にある。
「多国籍料理の店」。
無国籍料理とつく店は数々されど、「あれは外国の料理にたいして失礼。あくまでも料理を尊重して多国籍にした」という。
料理に一家言あるように、たしかにマスターの料理はおいしかった。
初めて食べたのは、「イナダの刺身」だった。
淡白なようだけど濃厚。
なんと、表現していいのか。
ブツ切りだったけれど、この先制パンチはオレにとって衝撃的だった。
というのも、同店のシステムはもちろん単品をひとつひとつ頼むことも可能だが、松竹梅に分かれたお任せコースがポピュラーなオーダーだ。
松が5品で1,500円。竹が7品で2,000円。梅が10品で2,500円といった具合だ。
オレは松を頼み、そして出てきた最初の料理が「イナダの刺身」だったのだ。
生ビールを飲み干して、次に紹興酒を頂くことにした。
厨房の中央に紹興酒の甕が置いてある。
なんと、嬉しいことに「1杯無料のサービス」をやっているのだという。
有り難く頂戴することにした。
その後、料理は様々なものが出てきた。自家製野菜のサラダ。それから名前は失念したが、中国の宮廷のような名称がついた炒め物だ。
どれもおいしいものばかりだった。
盛り付けはお世辞にもきれいとは言えないものだったが、とにかく料理の味は群を抜いていた。
その後、オレは紹興酒を5~6杯は飲んだと思う。
マスターとのお喋りが楽しかったからだ。さすが、世界を駆け巡った人で見聞が広く、話しも面白かった。だから、調子に乗ってがぶがぶと紹興酒を飲んでしまったのだ。
極めつけは最後の1品として出てきた「インドカレー」。
これが実にうまかった。
「お代わりがほしいくらい」とマスターに言うと少し彼は困った顔になった。
さて、すっかりお腹もいっぱいになり、だいぶ酒も飲みすぎてしまったところで、お会計をしてみると、なんとびっくり。これで、僅か2,700円だという。
「なんかの間違いじゃないの?」と聞くと「そんなことない」と言う。
お言葉に甘え、それを支払って帰宅した。
それから1週間後の8月4日、再びオレは同店を訪れた。とにかく、酒も料理もおいしく、話しも面白いという店、そして自宅から徒歩7分という距離であれば、通わない手はない。
だが、このあたりから、彼の態度は少しぞんざいになってきた。
時折、客商売とは思えないような言葉も言うようになったが、「手厳しいですね」とオレはかわしていた。2回目の訪問も楽しんだことは間違いない。オレはまたしても紹興酒を5杯から6杯ほど飲んだのだから。しかし、彼の態度になんか納得のいかないものもあったのは確かだった。
そして、今回の乱闘劇に繋がってくるのである。
料理は確かにおいしい。だが、果たして気持ちがこもっているかといえば、疑問である。
彼は、近隣の店の悪口を時折口にした。あろうことか、常連となっている客まで「あの、おばちゃんはうるさい」という始末。
手を洗えば、手を拭かないものだからピシャピシャと指先から滴が飛ぶ散る。生ビールには小蝿が浮いている。
その蝿をオレが取り除くと彼は「ごめん。最近ビールサーバーの周囲に小蝿が飛んでいるんだよ」。
男一人の店は行く度に雑然としていく。
熊猫刑事、この店はお薦めしない。
店は東京メトロ南北線「王子神谷駅」3番出口から徒歩2分。庚申通りを入って250m右側。
【09年1月初旬 閉店を確認】
君がよほどのことをした訳ではなさそうだから店のマスターに問題がありそうだね。でも、我々は行く店を選ぶ権利があるのだからそういう店には行かなきゃいいんです。まして、近所で道でも顔を合わせてしまう人だと嫌だね~。店の主人とは「浅く付き合う」方が私は良いと思います。それが「嫌な思い」をしなくてすむコツかもね~。
失礼しました。
怪鳥が言う様に、「浅く付き合う」だよね。
だって、小蝿が入っているビールに「何も言えねぇ」(北島浩輔)もんね。
浅く付き合っていれば、「ちょっと変えてよ」になるしね。
この文章書いていて思い出したよ。
昔、学生の頃の同窓会を新宿の「ジョン万次郎」でしたじゃない。
そのとき、オレの生ビールに「鼻くそ」みたいなものが入っていたんだけれど。
多分、この店で飲んでいたら「何も言えねぇ」(北島浩輔)になったんじゃないかねぁ、って。
最近、誘いないねぇ。
今晩は、北千住で2件はしごしちゃったよ(一人で飲み)。
店を持つとかなりナーバスになるようですよ。もちろん性格にもよるだろうけど「他の店の評判」とかにすごく敏感になるらしい・・・・。ですので私は「他はどうだった」とかの話はしないように、連れの人にもなるべくさせないようにします。常に満員御礼の店ならそんなことは「関係ねえ!」なのでしょうね~。だから繁盛店に行くのが賢い選択かもね。
近々浅草でやりましょう!来週火曜日はいかが?
確か、怪鳥に帰り際「この後どうすんの?」って聞いたら、「ウチに帰ってWOWOWでユーロ2000観る」って言ってたよ。
さて、今回の件でわたくしも反省しないと。
① 近所の店は浅くつき合う
② よその店の話しはしない
キモに銘じておきます。
さて、来週火曜日はNGです。
それから北島さんのお名前を間違って書いてしまいました。
ごめんなさい。北島さん!
ではまた日を改めて~!
しかし酷いねえ。
食べ物がそこそこ旨くても、店主の言葉に棘があったり、店内が雑だったり、小バエがビールに浮くような店はもう全然だめでしょ。
それにプロとして仕事中に酒を飲むというのも、俺は好きじゃないなあ・・・。
ま、そういうどうしようもない店のことは気にすることなく、また気持ちの良い店を探し出していってくれ、師よ。
店を出してまだ2ヶ月足らず。出だしでお客と喧嘩してたら世話ないね。
もう2度とお店には行くつもりはないけれど、いかんせん家の近所だから…。
いやがうえでも店の前を通ったりしちゃうんだ。
この後、店がどのようになっていくか。繁盛するなら、今回の件で彼は反省したのかもしれないし、淘汰されるなら、その後も客を幻滅させていたということでしょう。
さて、怪鳥。
2週間後に子供と妻が帰ってきます。
それまでに1献!
師よ。
だいぶ慰められたよ。
その後、5軒の居酒屋に行ったが、どこも客をもてなす姿が際立っていたよ。
それが本来の居酒屋の姿だと思う。
ありがとう!師よ。
お酒が入ってそんな話になっちゃうようじゃその商売むいてないね。
皆の気持ちも悪くしているみたいで。
2週間後(厳密に言えば10日後)に妻と子供が帰ってくるよ。
それまでに一献!
不快なお店だったんですね。お食事がおいしくても、雰囲気悪いと私も楽しめません。
居酒屋でお酒飲みながらお仕事される方よくお見かけしますが、こういうものなのだなぁと思ってました。