無観客の東京五輪、パラリンも終わり、観客の有無にかかわらず、特に大騒ぎするほどの
感動もなく、淡々と通り過ぎた。パラリンに関しては、たとえテレビであっても具体的に映像をみる機会が
ほぼなかったので、驚きをもたらせてくれたように思う。
コロナに対する無策にも、もう飽き飽きしたし、いつまでたっても検査整わず、ワクチン予約の遅れたデジタル化、
には、まる2年経過しても、能力と実行力のなさと、開発途上国レベルを思い知らされただけ。
政治、菅は何も自分で引っ張る覚悟も実行力もなく、そのことを全く言及することなく、
一体、前政権のまずかった点を明確に列挙せずに、結局、また一人で何も決められない人物を後釜にすえたことにも
失望だらけ。これからの数年、十年、忖度ばかりを見せつけられる、無改革の、無changeの、わくわくすることのない
時間だけが過ぎていく。少なくとも、今度の衆議院議員選挙で国民が改革の強い意志を見せない限り、何もよくならない。
こんなにも、ドキドキも、ハラハラも、良くなったよなあ、と感じ、叫ぶことのない、できない時代と国を
作っている第1の責任は国民一人一人にあるのだから、選挙権を持つ一人一人の、寄らば大樹の考え、姿勢に
きっぱりと決別し、落とすべき政治家をすべて落選させるという明確な意思表示が必要だ。