新宿署に置かれた「辻斬り」捜査本部を統括する管理官は徳岡警視。
彼は現場上がりの管理官が多い中では唯一のキャリア組。
自分には浅い捜査経験しかない事を自覚していたので、
捜査に無闇な口出しはせず、古参の篠沢警部の助言を頼りとしていた。
組織の階段を上がらねばならぬキャリア組としては、当然の人材活用術。
人を見る目さえ確かなら出世は約束されたようなもの。
捜査が停滞、ないしは失敗すれば全てを篠沢警部の責とすれば済む話し。
どう転ぼうと彼には擦り傷一つ付かない。
代わって実質的な指揮を執っていた篠沢警部は、
そんな自分の置かれた立場を楽しんでいた。
現場上がりのくせに、
実績ではなく組織内政治力で管理官となった者ほど嫌なものはない。
何のかのと口煩く指図してくるのだ。
それが的を射ていれば良いのだが、たいていの場合は浅慮からくる思いつき。
現場が四苦八苦するばかり。
徳岡管理官は自分達の意見を吸い上げ、上手く活用してくれる。
だから、ほとんど泊まりの毎日だが、仕事が楽しい。
篠沢は現場の座敷で一人離れて携帯をかけていた。
相手は徳岡管理官。
板橋の事件を辻斬りの仕業と断定し、合同捜査とする事を進言した。
「早々にウチで引き取りましょう」と。
徳岡に否はない。
座敷に目を転じると、みんなの目が加藤に注がれていた。
相手にしている老人は小野田精密(株)顧問、小野田晃一郎。
傍目にも何やら胡散臭さがあった。
確認の為に携帯で曙橋分室資料班が監修をしている裏データーに接続した。
勿論、アイウエオ順に整理されている人物バンクで、分類は経済人。
携帯向けであるので読み易いように簡略化されていた。
それによると、「総会屋タイプとの付き合いは淡いが、
大学での同窓であった御厨康浩と親しい縁から、
御厨が会長である広域暴力団『桐生会』と個人的に接触あり。
どす黒くはないが、濃い親密振りで、要注意の一人」と。
携帯向けのデーターでも充分に疑問符の付く人物ではないか。
帰庁したら庁内端末で接続して、より深いデーターを拝まねばならない。
たぶん加藤は、そうとは知らずに追い込んでいるのだろう。
質問が熱を帯びてきた。
相対する老人は開き直ったのか、貝のように口を閉じた。
警察との対峙を辞さぬつもりらしい。
篠沢は二人の傍に歩み寄った。
老人に聞かせる為に加藤に言う。
「この件もウチで引き取る事にした。辻斬りの合同捜査本部でだ。
板橋署からも捜査員を借りて聞き込み範囲を拡大する」
加藤が上司の意を汲み取った。
「顧問が非協力的なので小野田精密社内に聞き込みしたいのですが」
「構わん、取引先にも手を広げて良いぞ」
青ざめたのは老人。
「巫山戯たことを言うな。これは会社とは無関係だ」
反論しようとする加藤を制し、篠沢は老人を睨む。
「無関係かどうかは私達が判断する」
「何をー、上に抗議する」
おそらく本社所在地の所轄署とは仲が良いのだろう。
幾人か天下りを受け入れているのかも知れない。
涙を流したり、怒鳴ったり、威嚇したりと忙しい老人だ。
こういうのを、「煮ても焼いても喰えない」と言うのだろう。
篠沢は断言した。
「これは殺人事件の捜査で、経済の事案とは違う。
どこからも誰からも横槍は許さない」
居合わせた捜査員達が大きく頷いた。
みんにの胸の内に響いたらしい。
対する老人の意気消沈は明らか。
それでも篠沢から目を離さない。
篠沢は加藤に質問を続けるように目で促した。
さっそく加藤は質問を再開した。
「どうやら刀が原因のようですね。辻斬りと刀の関係を窺いましょうか」
佐川の部屋から見つかった木箱に白鞘一振りなら収められる。
丁度良い大きさとも言える。
老人は渋々といった調子で答えた。
「北尾から『風神の剣』という刀が持ち込まれた。
長い事、行方不明だったという妖刀だ。本物かどうかまでは分からんがね。
長い付き合いだったから買う事にした。原因と思えるのはそれしかない」
同僚の一人が白鞘三振りを二人の間に運んできた。
加藤はその三振りを指し示した。
「どれが『風神の剣』なのですか」
老人は一振り一振り吟味してから、そのうちの一振りを加藤に手渡した。
「これだ」と無愛想。
加藤は鑑識眼とは無縁の者。
傍に立っていた篠沢警部に預け、老人に向き直った。
「残りの二振りは」
「比較対称の為に持ってきた」
加藤は質問の狙いを変えた。
「斬られた二人を雇ったのは、北尾が斬られた後ですよね」
身元が判明すれば、その周辺に捜査員を飛ばして調べさせる。
そうすれば直ぐにも分かる。
「次の日だ」
「どこから雇ったのですか」
「古い友人に頼み込んだ」
「それは誰ですか」
言い淀む老人。
傍で妖刀の鯉口を切り、中途半端に抜いて刃紋を見ていた篠沢が言う。
「桐生会の御厨」
途端に老人の肩が落ちた。
篠沢の情報通振りには、いつも驚かされる。
何時どこで入手しているのだろう。
篠沢が続けた。
「図星か、そうか。
小野田さん、貴方は事件以降の夜の外出は控えているね」
無言で頷く老人。
「ここを訪れようとアポを取ったのは何時かな」
「・・・五日ほど前」
「もしかすると、・・・辻斬りを誘った。
刀を売ると見せて、この邸に入るところを狙わせようと。
その為に二振りの刀を比較対称として持ち、二人の用心棒を引き連れた。
そうか、そうか。
二人だけでなく、桐生会の者達も駆け付ける手筈か」
老人は全ての視線を避けようとソッポを向いた。
篠沢が板橋署の捜査員達を振り向いた。
「この近辺に桐生会の者達が待機している。
おそらくは車。
パトカーの配備が早かったので逃げる間を失い、今も車内に籠もっている筈だ。
辻斬りの手配とは別に彼等を見つけ、職質しろ。
辻斬り用に武器を持っているに違いない」
まだ合同捜査本部扱いではないが、
板橋署の捜査員達は放たれた猟犬のように散って行く。
篠沢の追求は止まらない。
「誘いは相手に伝わらなければ何にもならないが、・・・、
つまりは、自分の近くで盗聴器を見つけたという事か。
小野田さん説明がなければ、家宅捜査にご協力を願いますよ」
老人に逆らう力は残っていなかった。
「会社の儂の部屋だ」
加藤も思い当たった。
「辻斬りの手筈が良いのは、
盗聴器で事前に相手の行動を知っていたからだとすると、
西木や北尾の周辺にも有るのですね」
「そうだろう。もう一度家宅捜索して盗聴器を探す必要がある。
表に出ているのは辻斬り一人だが、大掛かりな複数犯だと見て、
こちらも陣容を改めよう」
突然、桟敷の片隅に居た野上邦男が立ち上がった。
老人を睨み付ける。
「そんな事の為にウチに来たのか。
おまけよ、予想に反して表門ではなく、この庭先とは、・・・。
舐められたもんだな、この野上家は。
小野田さん、アンタとの付き合いもこれまでだ」と爆発する。
★
読書疲れには漫喫と思い、近場の店に寄りました。
男の大人向けの漫画は大方読んでいるので、足を向けたのは女性コーナー。
そこで目についたのが『天は赤い河のほとり』。
題名に惹かれて手にしてしました。
読んで見ると、これが面白い。
紀元前のヒッタイトにタイムスリップした少女の物語。
これまで読んでいた男向けとは違い、新鮮な味わい。
良いですね。
全28巻。何とか今月中には完読します。
★
ランキングです。
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彼は現場上がりの管理官が多い中では唯一のキャリア組。
自分には浅い捜査経験しかない事を自覚していたので、
捜査に無闇な口出しはせず、古参の篠沢警部の助言を頼りとしていた。
組織の階段を上がらねばならぬキャリア組としては、当然の人材活用術。
人を見る目さえ確かなら出世は約束されたようなもの。
捜査が停滞、ないしは失敗すれば全てを篠沢警部の責とすれば済む話し。
どう転ぼうと彼には擦り傷一つ付かない。
代わって実質的な指揮を執っていた篠沢警部は、
そんな自分の置かれた立場を楽しんでいた。
現場上がりのくせに、
実績ではなく組織内政治力で管理官となった者ほど嫌なものはない。
何のかのと口煩く指図してくるのだ。
それが的を射ていれば良いのだが、たいていの場合は浅慮からくる思いつき。
現場が四苦八苦するばかり。
徳岡管理官は自分達の意見を吸い上げ、上手く活用してくれる。
だから、ほとんど泊まりの毎日だが、仕事が楽しい。
篠沢は現場の座敷で一人離れて携帯をかけていた。
相手は徳岡管理官。
板橋の事件を辻斬りの仕業と断定し、合同捜査とする事を進言した。
「早々にウチで引き取りましょう」と。
徳岡に否はない。
座敷に目を転じると、みんなの目が加藤に注がれていた。
相手にしている老人は小野田精密(株)顧問、小野田晃一郎。
傍目にも何やら胡散臭さがあった。
確認の為に携帯で曙橋分室資料班が監修をしている裏データーに接続した。
勿論、アイウエオ順に整理されている人物バンクで、分類は経済人。
携帯向けであるので読み易いように簡略化されていた。
それによると、「総会屋タイプとの付き合いは淡いが、
大学での同窓であった御厨康浩と親しい縁から、
御厨が会長である広域暴力団『桐生会』と個人的に接触あり。
どす黒くはないが、濃い親密振りで、要注意の一人」と。
携帯向けのデーターでも充分に疑問符の付く人物ではないか。
帰庁したら庁内端末で接続して、より深いデーターを拝まねばならない。
たぶん加藤は、そうとは知らずに追い込んでいるのだろう。
質問が熱を帯びてきた。
相対する老人は開き直ったのか、貝のように口を閉じた。
警察との対峙を辞さぬつもりらしい。
篠沢は二人の傍に歩み寄った。
老人に聞かせる為に加藤に言う。
「この件もウチで引き取る事にした。辻斬りの合同捜査本部でだ。
板橋署からも捜査員を借りて聞き込み範囲を拡大する」
加藤が上司の意を汲み取った。
「顧問が非協力的なので小野田精密社内に聞き込みしたいのですが」
「構わん、取引先にも手を広げて良いぞ」
青ざめたのは老人。
「巫山戯たことを言うな。これは会社とは無関係だ」
反論しようとする加藤を制し、篠沢は老人を睨む。
「無関係かどうかは私達が判断する」
「何をー、上に抗議する」
おそらく本社所在地の所轄署とは仲が良いのだろう。
幾人か天下りを受け入れているのかも知れない。
涙を流したり、怒鳴ったり、威嚇したりと忙しい老人だ。
こういうのを、「煮ても焼いても喰えない」と言うのだろう。
篠沢は断言した。
「これは殺人事件の捜査で、経済の事案とは違う。
どこからも誰からも横槍は許さない」
居合わせた捜査員達が大きく頷いた。
みんにの胸の内に響いたらしい。
対する老人の意気消沈は明らか。
それでも篠沢から目を離さない。
篠沢は加藤に質問を続けるように目で促した。
さっそく加藤は質問を再開した。
「どうやら刀が原因のようですね。辻斬りと刀の関係を窺いましょうか」
佐川の部屋から見つかった木箱に白鞘一振りなら収められる。
丁度良い大きさとも言える。
老人は渋々といった調子で答えた。
「北尾から『風神の剣』という刀が持ち込まれた。
長い事、行方不明だったという妖刀だ。本物かどうかまでは分からんがね。
長い付き合いだったから買う事にした。原因と思えるのはそれしかない」
同僚の一人が白鞘三振りを二人の間に運んできた。
加藤はその三振りを指し示した。
「どれが『風神の剣』なのですか」
老人は一振り一振り吟味してから、そのうちの一振りを加藤に手渡した。
「これだ」と無愛想。
加藤は鑑識眼とは無縁の者。
傍に立っていた篠沢警部に預け、老人に向き直った。
「残りの二振りは」
「比較対称の為に持ってきた」
加藤は質問の狙いを変えた。
「斬られた二人を雇ったのは、北尾が斬られた後ですよね」
身元が判明すれば、その周辺に捜査員を飛ばして調べさせる。
そうすれば直ぐにも分かる。
「次の日だ」
「どこから雇ったのですか」
「古い友人に頼み込んだ」
「それは誰ですか」
言い淀む老人。
傍で妖刀の鯉口を切り、中途半端に抜いて刃紋を見ていた篠沢が言う。
「桐生会の御厨」
途端に老人の肩が落ちた。
篠沢の情報通振りには、いつも驚かされる。
何時どこで入手しているのだろう。
篠沢が続けた。
「図星か、そうか。
小野田さん、貴方は事件以降の夜の外出は控えているね」
無言で頷く老人。
「ここを訪れようとアポを取ったのは何時かな」
「・・・五日ほど前」
「もしかすると、・・・辻斬りを誘った。
刀を売ると見せて、この邸に入るところを狙わせようと。
その為に二振りの刀を比較対称として持ち、二人の用心棒を引き連れた。
そうか、そうか。
二人だけでなく、桐生会の者達も駆け付ける手筈か」
老人は全ての視線を避けようとソッポを向いた。
篠沢が板橋署の捜査員達を振り向いた。
「この近辺に桐生会の者達が待機している。
おそらくは車。
パトカーの配備が早かったので逃げる間を失い、今も車内に籠もっている筈だ。
辻斬りの手配とは別に彼等を見つけ、職質しろ。
辻斬り用に武器を持っているに違いない」
まだ合同捜査本部扱いではないが、
板橋署の捜査員達は放たれた猟犬のように散って行く。
篠沢の追求は止まらない。
「誘いは相手に伝わらなければ何にもならないが、・・・、
つまりは、自分の近くで盗聴器を見つけたという事か。
小野田さん説明がなければ、家宅捜査にご協力を願いますよ」
老人に逆らう力は残っていなかった。
「会社の儂の部屋だ」
加藤も思い当たった。
「辻斬りの手筈が良いのは、
盗聴器で事前に相手の行動を知っていたからだとすると、
西木や北尾の周辺にも有るのですね」
「そうだろう。もう一度家宅捜索して盗聴器を探す必要がある。
表に出ているのは辻斬り一人だが、大掛かりな複数犯だと見て、
こちらも陣容を改めよう」
突然、桟敷の片隅に居た野上邦男が立ち上がった。
老人を睨み付ける。
「そんな事の為にウチに来たのか。
おまけよ、予想に反して表門ではなく、この庭先とは、・・・。
舐められたもんだな、この野上家は。
小野田さん、アンタとの付き合いもこれまでだ」と爆発する。
★
読書疲れには漫喫と思い、近場の店に寄りました。
男の大人向けの漫画は大方読んでいるので、足を向けたのは女性コーナー。
そこで目についたのが『天は赤い河のほとり』。
題名に惹かれて手にしてしました。
読んで見ると、これが面白い。
紀元前のヒッタイトにタイムスリップした少女の物語。
これまで読んでいた男向けとは違い、新鮮な味わい。
良いですね。
全28巻。何とか今月中には完読します。
★
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