野上家の事件の翌日であったが、榊毬子は学校で騒がれる事もなかった。
警察によって、辻斬りとの立ち合いがマスコミに伏せられたからだ。
百合子と二人して、「母屋にいたから見ていない」と示し合わせ、
みんなの好奇心を遮った。
ところが自宅に戻った瞬間に雷が落ちた。
「この馬鹿娘、隠し事なんかして。仏間にいらっしゃい」と祖母の紀子。
初めて見る険しい表情。
悲しみと怒りが入り混じった複雑な色をしていた。
祖母だけではなかった。
通いのお手伝いの重子さんまでもが目を怒らせていた。
学校は切り抜けたのだが、祖母の耳までは欺けなかったらしい。
現場で鉢合わせした池辺康平が告げ口したとは思えない。
祖母が聞けば、血圧が上がり体調を崩す事を知っているから、
そういう無謀はしない筈だ。
それに彼は告げ口とは対極の性格をしていた。
おそらく噂を耳にした所轄の親しい警官からであろう。
二人に連行されるようにして仏間に入った。
「ご仏壇のみんなに謝りなさい」と祖母。
毬子は言われるまま、正座をして合掌をした。
仏壇には大勢のご先祖様方が祀られていた。
榊家は由緒のある家系だが、実際に顔をしっかりと覚えているのは祖父一人。
自分の両親と二人の兄は家族集合写真で身覚えているだけ。
他は一人も知らない。
祖母が両目を吊り上げた。
「お爺さまが貴女に剣道を教えたのは、強い心を持つ人間に育てるため。
人と争う為ではないのよ。
それなのに毬子、貴女ときたら、よりによって殺人犯を迎え撃つなんて。
どういうつもりなの」
毬子に戦意はない。平身低頭した。
「ごめんなさい、お婆様。あの時はそうするしかなかったの。
辻斬りが私達の方に迫ってきたから」
「逃げるという選択肢もあった筈でしょう」
「みんなが居たから」
「みんなを先に逃がして、貴女が殿に付けば良かった。違うの」
毬子のこれまでの短い人生には、「逃げる」という選択肢がなかった。
「相手に背を向けて逃げる」などとは想像すらした事がなかった。
祖母の両の目から涙が零れ落ちた。
「貴女は女の子なのよ。
これから先、きっと何時か、子供を授かるわ。
命の宿る身体を持つ者が、相手が犯罪者とはいえ、その命を絶とうとするとは。
お爺さまに、いいえ、貴女のお母様に申し訳ない。
そうは思わない」
返す言葉がない。
神妙に項垂れ、祖母の怒りの収まるのを待つ。
が、祖母はそれ以上の事は言わない。
毬子と同じように項垂れ、肩を震わせて涙を流す。
今の毬子にとってはただ一人の大事な存在。
それをこんなに悲しませるとは・・・。
いつもは毬子の中で存在感を顕わにしているヒイラギが、
知らぬ顔を決め込み、そそくさと気配を消すではないか。
のみではない。
さっきまで触手を伸ばし、何やかやと干渉していたサクラが、
毬子ではなく祖母に、「馬鹿な孫娘を持ったものね」と同情し、
触手を断ち切った。
祖母の怒りを収めるのに数日を要した。
「二度と真剣は取りません。触れもしません」と約束させられた。
それで全てが終わったと思っていたら、予想だにせぬ人物が現れた。
金曜の午後。
百合子が部活動で忙しいので毬子は一人で下校した。
表通りも、裏通りも、いつものように人通りは多い。
六義園から出て来る団体客。
女子中、高校から下校する女生徒の群れ。
そして自校の生徒達。
雑多な人波を避け、路地から路地に抜けて帰宅を急ぐ。
別の路地に入ろうとする毬子の目の前に一台の乗用車が停まり、
後部座席から一人の男を降ろすや、さっと立ち去った。
降り立ったのは紺のスーツ姿の男。
長身で、剃り上げられた頭がやけに眩しい。
年齢は三十過ぎであろうか。
そいつが毬子に笑いかけた。
知り合いではないが、何やら見覚えがあった。
野上家に辻斬りが押し入った日、駅から野上家へ向かう途中で擦れ違った、
あのジョギングウェアーの男だ。
顔は笑っていても、獣を思わせる鋭い眼光だけは、あの日と同じ。
毬子は誰にも話していないが、この男こそが辻斬りと確信していた。
のんびりしていたヒイラギが跳ね起きた。
即座に、「辻斬りだ」と断定。警戒を強めた。
いつものように触手を伸ばして毬子に干渉しているサクラも興味津々。
「ほう、これが話題の辻斬りね」
辻斬りが毬子に語り掛けた。
「榊毬子君だよね」
毬子の通学コースと名前を調べ上げたようだ。
「そういう貴男は」
辻斬りは、「これは失礼」と胸の内ポケットから名刺入れを取りだし、
一枚を毬子に差し出した。
相手は丸腰だが、用心の為にいつでも攻撃出来るように半身となり、
怖いもの見たさで名刺を受け取った。
「牟礼寺住職、田原龍一」とあった。
寺の住所と電話番号も。
確かに僧侶らしい頭だが、名前は僧侶らしくなかった。
「お坊様なのに本名のような名前よね」
意外にも辻斬りは柔らかい喋り方をした。
「うちの宗派は親の付けてくれた名前を大事にするんだ。それも縁と言ってね。
だから本名なんだよ」
それでも毬子は警戒を怠らない。
「お坊様が私に何の用ですか」
「つれないね。私が何者なのか分かってるんだろう」
★
オバマ大統領がイスラエルに対し、パレスチナとの領土問題を、
「1967年の国境線に基づくべきだ」と提言しました。
アメリカの大統領にしては珍しく常識的な発言です。
何があったのでしょう。
今、中東各地では民主化運動が激化しています。
チュニジア、エジプトで独裁政権が倒れ、
リビア、シリア、イエメン、バーレーン等が大きく動揺。
多くの市民が街頭に出てデモを繰り返しています。
下手するとサウジアラビアにも波及しそうな勢いです。
ダブルスタンダート好きのアメリカとしては、
親米独裁政権の崩壊は困る事態です。
一方でアルカイダのウサマ・ビンラディンが殺害されました。
それでもイラク、アフガンのテロは止みそうもありません。
どころか、逆にパキスタンでのテロが激増の勢いです。
中東はアメリカの思惑とは無関係に揺れ動いています。
そこで、アラブ民衆の反米感情を和らげるためのオバマ発言なのでしょうか。
★
ランキングです。
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百合子と二人して、「母屋にいたから見ていない」と示し合わせ、
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学校は切り抜けたのだが、祖母の耳までは欺けなかったらしい。
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祖母が聞けば、血圧が上がり体調を崩す事を知っているから、
そういう無謀はしない筈だ。
それに彼は告げ口とは対極の性格をしていた。
おそらく噂を耳にした所轄の親しい警官からであろう。
二人に連行されるようにして仏間に入った。
「ご仏壇のみんなに謝りなさい」と祖母。
毬子は言われるまま、正座をして合掌をした。
仏壇には大勢のご先祖様方が祀られていた。
榊家は由緒のある家系だが、実際に顔をしっかりと覚えているのは祖父一人。
自分の両親と二人の兄は家族集合写真で身覚えているだけ。
他は一人も知らない。
祖母が両目を吊り上げた。
「お爺さまが貴女に剣道を教えたのは、強い心を持つ人間に育てるため。
人と争う為ではないのよ。
それなのに毬子、貴女ときたら、よりによって殺人犯を迎え撃つなんて。
どういうつもりなの」
毬子に戦意はない。平身低頭した。
「ごめんなさい、お婆様。あの時はそうするしかなかったの。
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「相手に背を向けて逃げる」などとは想像すらした事がなかった。
祖母の両の目から涙が零れ落ちた。
「貴女は女の子なのよ。
これから先、きっと何時か、子供を授かるわ。
命の宿る身体を持つ者が、相手が犯罪者とはいえ、その命を絶とうとするとは。
お爺さまに、いいえ、貴女のお母様に申し訳ない。
そうは思わない」
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神妙に項垂れ、祖母の怒りの収まるのを待つ。
が、祖母はそれ以上の事は言わない。
毬子と同じように項垂れ、肩を震わせて涙を流す。
今の毬子にとってはただ一人の大事な存在。
それをこんなに悲しませるとは・・・。
いつもは毬子の中で存在感を顕わにしているヒイラギが、
知らぬ顔を決め込み、そそくさと気配を消すではないか。
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百合子が部活動で忙しいので毬子は一人で下校した。
表通りも、裏通りも、いつものように人通りは多い。
六義園から出て来る団体客。
女子中、高校から下校する女生徒の群れ。
そして自校の生徒達。
雑多な人波を避け、路地から路地に抜けて帰宅を急ぐ。
別の路地に入ろうとする毬子の目の前に一台の乗用車が停まり、
後部座席から一人の男を降ろすや、さっと立ち去った。
降り立ったのは紺のスーツ姿の男。
長身で、剃り上げられた頭がやけに眩しい。
年齢は三十過ぎであろうか。
そいつが毬子に笑いかけた。
知り合いではないが、何やら見覚えがあった。
野上家に辻斬りが押し入った日、駅から野上家へ向かう途中で擦れ違った、
あのジョギングウェアーの男だ。
顔は笑っていても、獣を思わせる鋭い眼光だけは、あの日と同じ。
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確かに僧侶らしい頭だが、名前は僧侶らしくなかった。
「お坊様なのに本名のような名前よね」
意外にも辻斬りは柔らかい喋り方をした。
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それでも毬子は警戒を怠らない。
「お坊様が私に何の用ですか」
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「1967年の国境線に基づくべきだ」と提言しました。
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何があったのでしょう。
今、中東各地では民主化運動が激化しています。
チュニジア、エジプトで独裁政権が倒れ、
リビア、シリア、イエメン、バーレーン等が大きく動揺。
多くの市民が街頭に出てデモを繰り返しています。
下手するとサウジアラビアにも波及しそうな勢いです。
ダブルスタンダート好きのアメリカとしては、
親米独裁政権の崩壊は困る事態です。
一方でアルカイダのウサマ・ビンラディンが殺害されました。
それでもイラク、アフガンのテロは止みそうもありません。
どころか、逆にパキスタンでのテロが激増の勢いです。
中東はアメリカの思惑とは無関係に揺れ動いています。
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