突然だった。
「コウちゃん」と叫び声。
向かう先の三叉路からだった。
派手なピンク色のスカートに、
お揃い色のポンチョシャツを組み合わせた女がいた。
顔も胴体も丸い。
その彼女がスカートの裾を翻して駆けて来た。
それを見て、加藤に肩を並べていた池辺の全身が固まった。
「コウちゃん」は池辺康平らしい。
ここは広尾。
地下鉄日比谷線の広尾駅で降りた加藤と池辺のコンビは、地上に上がり、
広尾橋交差点から有栖川公園方向に向かった。
通りの左右にはブティックやカフェーが軒を連ね、半数ほどの店の店員達が、
「間もなく開店です」とばかりに忙しなく立ち働いていた。
先導する池辺に加藤は愚痴を零した。
「本当に俺も行く必要があるのか」
池辺が宥めた。
「何言ってるんです。相棒でしょう」
今日の捜査本部は、昨日の野上家の事件を受けて大忙し。
大半が盗聴器の有無を確かめるべく、第一の被害者、第二の被害者、
そして小野田老人の身辺を調べる為に出動していた。
これに、本筋とは関係ないが、辻斬りを待ち伏せていた桐生会の者達を、
武器の不法所持で逮捕したことから、
桐生会本部への家宅捜索にも着手していた。
当初、加藤と池辺の二人は小野田老人の会社へ出向く予定であった。
「小野田精密の顧問室に盗聴器が仕掛けられている」というのだ。
その出発間際、一通のメールが池辺に届いた。
「碑文の解析、無事に終了です」と。
宇佐市に出張した折り、寺内で見つけた石碑の碑文を携帯で撮り、
メールに添付して『不思議ちゃん』に送り、解析を個人的に依頼していた。
その返事であった。
そのことを篠沢警部に説明すると、彼は興味を覚えたらしい。
「直ぐに会ってこい。直接、辻斬りに関係するかどうかは分からないが、
あの碑文は気になっていた。報告書に盛る必要があるかもしれん」
そういう訳で家宅捜索から外され、『不思議ちゃん』に会う事になり、
ここ広尾に出向いた。
駆けて来る女はスニーカーまでがピンク色。
どうやらこれが話しに聞いていたピンク好きの『不思議ちゃん』らしい。
太っているにしては軽快な動き。
無邪気な笑みを浮かべて駆けて来る。
その瞳は、まるでイルカを思わせる。
歩道を海に例えれば、行き交う人は波。
そこをピンクのイルカが飛び跳ね、こちらに向かって来た。
そして人目も憚らず、何の躊躇いもなく池辺に抱きついた。
「コウちゃん、時間ぴったりね」と。
池辺の事前の説明では本名は柴田和代。職業は漫画家。
中学三年で漫画雑誌の投稿募集で新人賞を獲り、
高校二年から「寺脇サツキ」のペンネームでの連載が始まった。
代表作は、『輝く』という中世の伝奇物。
年齢は三十五才と聞いたが、衣服も見た目も若々しい。まるで二十代後半。
池辺にとっては高校の後輩であるそうだが、それにしては親密過ぎる。
「和代、離れろ」と池辺が強引に和代の身体を押し遣る。
邪険にされても和代はニコヤカ。
「恥ずかしがる事ないでしょう」
仕様がないといった顔で池辺が二人を引き合わせた。
挨拶もそこそこに和代は、「待っててね」と傍の路地に入って行く。
勝手知ったる仕草で開店準備もしていない洋菓子の裏口に姿を消した。
程無くして現れた時には、両手で大きな箱を抱えていた。
「加藤さんもモーニング・ケーキは好きでしょう」
「朝からケーキですか」
「朝一番には糖分が必要だって言うじゃない」
「まあ、そうですね。でも、開店前ですが、売ってくれたのですか」
「いつものことだから」
常連の我が儘という事なのだろう。
池辺が慣れた様子で前を歩き、
なだらかな坂道の途中にある小綺麗なマンション前で足を止めた。
ここの3LDKをキャッシュで購入したとか。
陽当たりの良い五階の角部屋に案内された。
仕事部屋をも兼ねており、いつもだと常雇いのアシスタントが三人いる。
その三人の今日の出勤時間は午後に変更してあるそうだ。
和代は二人をダイニングキッチンに招き入れると、
てきぱきとコーヒーを淹れ、ショートケーキを分けた。
「どうぞ」とテーブルに置く。
色艶の良い大粒の苺が載っていた。
加藤はその苺を摘んで口に放り込む。
瑞々しい。
和代が嬉しそうに言う。
「加藤さんは一番好きな物を最初に口にするんですね」
「そうですよ。
我が家は大家族で、兄妹が五人いたんです。
ちょっとでも油断すると他の兄妹に食べられてしまうので、
そんな癖がついたのかも知れませんね」
「へえー、五人ですか、羨ましい」
コーヒーをガブ飲みした池辺が話しの腰を折る。
「それよりも本題」
「仕様がないわね、コウちゃんは」
用意してあったとみえ、キッチンカウンターの上から紙の束を取り上げ、
加藤の前に置いた。
「説明する前に確認する事があるの。いいかしら」
「どうぞ」
「この碑文の出所は大分県宇佐市なのよね」
池辺からは、「事情は説明していない」と聞いた。
嘘をつく男ではない。
実際、自分の耳を疑う顔で後輩を見ていた。
加藤も現在進行形の事件なので詳しい事情は話せない。
「それは・・・」
「二人が秘密を守っていても、周辺の人達はそうではないみたいよ」
「どういう事ですか」
「ネットで出回っているのよ、この碑文。
おそらく県警か市警あたりから漏れているのでしょうね」
あの時はユニックを貸し出してくれた造園業者もいた。
「そういう事でしたか。それでネットでは、どういう扱いですか」
「どうやって読むか、クイズ感覚の謎解きね。
誰も辻斬り事件とは結びつけていないわ」
加藤は言葉に詰まった。それは池辺も同様らしい。
互いに顔を見合わせた。
辻斬り事件の事は臭わせてもいない。
和代が愛くるしい瞳で二人を交互に見た。
「貴方達、ニュースを見ていないの。
常盤台の野上家から出て来る捜査員の一人に、よく知っている顔があったわ。
ねえ、コウちゃん」
昨日、野上家周辺はマスコミに囲まれ、
捜査員達が引き揚げるのに四苦八苦した。
「何があったの」と必死でコメントを求めてくるのだ。
上空では数機のヘリがホバリング。
よく衝突しなかったものだ。
★
突然の雨で久々に洗濯物が全滅です。
今日の天気予報では、降る予定でなかったので干したのに。
足柄山のお茶から放射線セシウム検出のニュース・・・。
たぶん、私の濡れた洗濯物からも検出されるのでしょうね。
★
ランキングです。
クリックするだけ。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)

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向かう先の三叉路からだった。
派手なピンク色のスカートに、
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顔も胴体も丸い。
その彼女がスカートの裾を翻して駆けて来た。
それを見て、加藤に肩を並べていた池辺の全身が固まった。
「コウちゃん」は池辺康平らしい。
ここは広尾。
地下鉄日比谷線の広尾駅で降りた加藤と池辺のコンビは、地上に上がり、
広尾橋交差点から有栖川公園方向に向かった。
通りの左右にはブティックやカフェーが軒を連ね、半数ほどの店の店員達が、
「間もなく開店です」とばかりに忙しなく立ち働いていた。
先導する池辺に加藤は愚痴を零した。
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池辺が宥めた。
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大半が盗聴器の有無を確かめるべく、第一の被害者、第二の被害者、
そして小野田老人の身辺を調べる為に出動していた。
これに、本筋とは関係ないが、辻斬りを待ち伏せていた桐生会の者達を、
武器の不法所持で逮捕したことから、
桐生会本部への家宅捜索にも着手していた。
当初、加藤と池辺の二人は小野田老人の会社へ出向く予定であった。
「小野田精密の顧問室に盗聴器が仕掛けられている」というのだ。
その出発間際、一通のメールが池辺に届いた。
「碑文の解析、無事に終了です」と。
宇佐市に出張した折り、寺内で見つけた石碑の碑文を携帯で撮り、
メールに添付して『不思議ちゃん』に送り、解析を個人的に依頼していた。
その返事であった。
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太っているにしては軽快な動き。
無邪気な笑みを浮かべて駆けて来る。
その瞳は、まるでイルカを思わせる。
歩道を海に例えれば、行き交う人は波。
そこをピンクのイルカが飛び跳ね、こちらに向かって来た。
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「コウちゃん、時間ぴったりね」と。
池辺の事前の説明では本名は柴田和代。職業は漫画家。
中学三年で漫画雑誌の投稿募集で新人賞を獲り、
高校二年から「寺脇サツキ」のペンネームでの連載が始まった。
代表作は、『輝く』という中世の伝奇物。
年齢は三十五才と聞いたが、衣服も見た目も若々しい。まるで二十代後半。
池辺にとっては高校の後輩であるそうだが、それにしては親密過ぎる。
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挨拶もそこそこに和代は、「待っててね」と傍の路地に入って行く。
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「朝一番には糖分が必要だって言うじゃない」
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常連の我が儘という事なのだろう。
池辺が慣れた様子で前を歩き、
なだらかな坂道の途中にある小綺麗なマンション前で足を止めた。
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和代は二人をダイニングキッチンに招き入れると、
てきぱきとコーヒーを淹れ、ショートケーキを分けた。
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「へえー、五人ですか、羨ましい」
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「それよりも本題」
「仕様がないわね、コウちゃんは」
用意してあったとみえ、キッチンカウンターの上から紙の束を取り上げ、
加藤の前に置いた。
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池辺からは、「事情は説明していない」と聞いた。
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加藤も現在進行形の事件なので詳しい事情は話せない。
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「二人が秘密を守っていても、周辺の人達はそうではないみたいよ」
「どういう事ですか」
「ネットで出回っているのよ、この碑文。
おそらく県警か市警あたりから漏れているのでしょうね」
あの時はユニックを貸し出してくれた造園業者もいた。
「そういう事でしたか。それでネットでは、どういう扱いですか」
「どうやって読むか、クイズ感覚の謎解きね。
誰も辻斬り事件とは結びつけていないわ」
加藤は言葉に詰まった。それは池辺も同様らしい。
互いに顔を見合わせた。
辻斬り事件の事は臭わせてもいない。
和代が愛くるしい瞳で二人を交互に見た。
「貴方達、ニュースを見ていないの。
常盤台の野上家から出て来る捜査員の一人に、よく知っている顔があったわ。
ねえ、コウちゃん」
昨日、野上家周辺はマスコミに囲まれ、
捜査員達が引き揚げるのに四苦八苦した。
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上空では数機のヘリがホバリング。
よく衝突しなかったものだ。
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たぶん、私の濡れた洗濯物からも検出されるのでしょうね。
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