田原は驚いたように毬子の顔を見た。
そして仕方なさそうに口を開いた。
「あの時は刀を振り回すのに手一杯と見えたんだけどな」
「後で気付いたの。やけに簡単にあしらわれていると。
私が後手後手に回ったのは同門だったからなのね」
「同門だった事が原因じゃない。
君より長生きしている分だけ、重ねた練習量も違う。そう思わないか」
「それもそうね。同じ練習量なら私が勝ってる」
断言する毬子に田原は呆れた。
「負けず嫌いか。
・・・。
まあいい。同門の誼で刀を預かってくれ、頼む」
毬子は頷かない。
「表だって判官流を名乗る道場は少ないわ。
京都に幾つか残っているだけ。
たいていは京都の榊家関係、貴男もそうなの」
亡き祖父の話では、京都の榊家本家に連なる血縁の者達は、
江戸時代の頃より榊の名ではなく住む地名を名乗るようになったそうだ。
衣笠山の麓に住居を構えた者は、衣笠。
山科に住居を構えた者は、山科という風に。
だから田原は、・・・。
田原は、
「さあ、どうなんだろう」と榊家の血縁であるかどうかは曖昧にした。
毬子は相手が答えたくなさそうなので、婉曲な言い回しをした。
「見ず知らずの、・・・それも殺人犯から私は物を預かるわけなのね」
「名刺を渡したじゃないか。身元はハッキリさせた」
考えてみれば変な殺人犯がいたものだ。
ただの女子高生に身元を明かすとは。
その理由が、「判官流の同門」とは信じられない。
他に何かある筈だ。
毬子は背筋を伸ばして相手を見た。
「理由如何です。納得させてください」
殺人犯を相手に一人で相対しているわけだが、何故か怖くはなかった。
会話を続けているうちに親近感すら抱くようになっていた。
田原も背筋を伸ばした。
「『風神の剣』は世に出せない刀だから、寺の奥に隠していたそうだ。
ところが今回の件で表に出てしまった。
・・・。
だから、もう一度隠さなくてはならない。
近いうちに警察から寺に返還されるので、
寺に持ち帰る途中で行方不明にしてしまおうかと思っている。
頼む、協力してくれ」
「どうして表に出せない刀なの」
「あれは本来、人を斬る刀ではないんだ」
「というと」
「魔を祓う刀。
それ関係のマニアに知れると垂涎の的になるだろう。
だから騒ぎになる前に先手を打って隠す」
「魔を祓う刀」と言われれば他の者なら首を傾げるだろうが、
毬子は疑わなかった。
あれを持って辻斬りと立ち合ったからだ。
確かにあれには不気味としか言えぬ力があった。
奇妙にまで冷たい霊的なモノ。
ヒイラギの存在が無ければ、それに取り憑かれていた筈。
しかし簡単に頷くわけにはゆかない。
「魔を祓うと言うけど、確かめたの」
「住職を引き受けるにあたって、説明を受けただけだ」
「それを信じているの」
「私を住職に抜擢してくれた人を信頼している。それで充分だろう」
「でも、どうして私なの。お仲間がいるんでしょう」
「私と無関係で、信頼できる外部の人物は君だけだ。
誰も私と君を関連付けない。良い考えだと思わないか」
随分な信頼のされようだ。
毬子なら警察に通報せぬと思っているらしい。
「また盗まれると考えているの」
「念には念を入れよ、と言うだろう」
「わかった。でもね、貴男と立ち合った事でお婆様が神経質になっているの。
できればお婆様の目に真剣を触れさせたくないのだけど」
「任せてくれ。内密に手渡せるように段取りする」
思い通りに運び安堵したのか、田原の表情が緩む。
毬子は田原の言を全面的に信用したわけではない。
「他に別の思惑があるのでは」と疑いを持っていた。
ここで断っても、相手は手を替え品を替え、毬子への接近を図る筈。
何に巻き込まれようとしているのか、・・・。
それでも、じっくりと考える時間だけはある。
なにしろ女子高生という職業は暇を持て余す。
暫くは様子見だ。
毬子は最後の質問をした。
「あの小野田老人はどうするの」
「運の良い事に回復の見込みなし。首を取る必要はないだろう」
新宿署の辻斬り捜査本部。
野上家の一件より一週間過ぎたわけだが、たいした進展はなかった。
しいて成果と言えば第一の被害者、
第二の被害者の住居より盗聴器が発見された事くらい。
第三の被害者となる筈だった小野田の顧問室から発見されたものと合せれば、
八つにもなった。
辻斬りは単独犯ではなく、仲間がいる事が推測される。
それも盗聴器を仕掛ける事に慣れた者達。
辻斬りの逃走が容易だったのも彼等の存在あっての事だろう。
辻斬りが狙ったのは盗品売買に直接関与した者達だけのようだ。
四人の用心棒は無関係とみて、身動きの取れぬように手傷を負わせているが、
仕留めてはいない。
その行為、冷静にして、躊躇いがない。
まるでマシン。
殺し損ねた小野田老人はどうするのだろう。
他に関与した人間はいるのだろうか。
篠沢警部は捜査の先行きに頭を抱えていた。
あまりにも見通しが暗い。
「いらっしゃいました」と声。
頭を上げると、婦警が民間人二人を捜査本部に案内して来た。
彼等は、『風神の剣』の所有者である牟礼寺の関係者。
何故か警察庁から口利きがあり、彼等の今日の来訪となった。
小柄な中年男が、「お忙しいところに押しかけて来て、すみませんな」と。
人当たりの良さそうな笑顔で名刺を差し出した。
「弁護士、森永功」とある。
何やら場慣れした感。
後ろにいた坊主頭の男が、無愛想な顔で名刺を差し出した。
「牟礼寺住職、田原龍一」
年の頃なら三十代といったところ。
長身で、醸し出す空気は僧職とは場違いなもの。
明らかに剣呑と分かる空気を身に纏っていた。
ヤクザ者と勘違いする者もいるだろう。
二人の来訪は、『風神の剣』の引き取りにあった。
所有権がどうあれ、今は事件の大事な証拠物件である。
こんなに早く引き渡した例はない。
なのに、牟礼寺の新住職が弁護士を通じて、早期の返還を申し入れたのだ。
だけではない。警察庁上層部の口利きもある。
「犯行に用いられた訳ではなかろう」と。
篠沢は田原を一目見た瞬間、「こいつ、辻斬り」と直感が働いた。
数少ない目撃者達は辻斬りの覆面姿しか見ていないが、
彼等の話したイメージが田原を指していた。
田原に覆面姿をさせればピッタリかも知れない。
★
話題は原発の海水注入一時中断問題ですね。
政府発表に原子力安全委員会の斑目委員長が異を唱え、
自信の発言部分を、「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正させました。
そして後日、
訂正した部分の意味を「再臨界の可能性はゼロだ」と説明しました。
てっきり、
「ゼロではない」は「1、2パーセントはある」かと思っていましたが、
「ゼロではない」は「ゼロだ」なんだそうです。
原子力村の言語は難しい。
ところが、それで終わりませんでした。
東電が、「一時中断した事実がなかった」と訂正したのです。
まあ、何はともあれ、無能な政府や東電本社が会議室で判断するより、
現場の所長判断の方が合理的でしょう。
「事故は会議室で起きているんじゃない。現場で起きてるんだ」
「原発を封鎖せよ」ですね。
★
ランキングです。
クリックするだけ。
(クリック詐欺ではありません。ランキング先に飛ぶだけです)

そして仕方なさそうに口を開いた。
「あの時は刀を振り回すのに手一杯と見えたんだけどな」
「後で気付いたの。やけに簡単にあしらわれていると。
私が後手後手に回ったのは同門だったからなのね」
「同門だった事が原因じゃない。
君より長生きしている分だけ、重ねた練習量も違う。そう思わないか」
「それもそうね。同じ練習量なら私が勝ってる」
断言する毬子に田原は呆れた。
「負けず嫌いか。
・・・。
まあいい。同門の誼で刀を預かってくれ、頼む」
毬子は頷かない。
「表だって判官流を名乗る道場は少ないわ。
京都に幾つか残っているだけ。
たいていは京都の榊家関係、貴男もそうなの」
亡き祖父の話では、京都の榊家本家に連なる血縁の者達は、
江戸時代の頃より榊の名ではなく住む地名を名乗るようになったそうだ。
衣笠山の麓に住居を構えた者は、衣笠。
山科に住居を構えた者は、山科という風に。
だから田原は、・・・。
田原は、
「さあ、どうなんだろう」と榊家の血縁であるかどうかは曖昧にした。
毬子は相手が答えたくなさそうなので、婉曲な言い回しをした。
「見ず知らずの、・・・それも殺人犯から私は物を預かるわけなのね」
「名刺を渡したじゃないか。身元はハッキリさせた」
考えてみれば変な殺人犯がいたものだ。
ただの女子高生に身元を明かすとは。
その理由が、「判官流の同門」とは信じられない。
他に何かある筈だ。
毬子は背筋を伸ばして相手を見た。
「理由如何です。納得させてください」
殺人犯を相手に一人で相対しているわけだが、何故か怖くはなかった。
会話を続けているうちに親近感すら抱くようになっていた。
田原も背筋を伸ばした。
「『風神の剣』は世に出せない刀だから、寺の奥に隠していたそうだ。
ところが今回の件で表に出てしまった。
・・・。
だから、もう一度隠さなくてはならない。
近いうちに警察から寺に返還されるので、
寺に持ち帰る途中で行方不明にしてしまおうかと思っている。
頼む、協力してくれ」
「どうして表に出せない刀なの」
「あれは本来、人を斬る刀ではないんだ」
「というと」
「魔を祓う刀。
それ関係のマニアに知れると垂涎の的になるだろう。
だから騒ぎになる前に先手を打って隠す」
「魔を祓う刀」と言われれば他の者なら首を傾げるだろうが、
毬子は疑わなかった。
あれを持って辻斬りと立ち合ったからだ。
確かにあれには不気味としか言えぬ力があった。
奇妙にまで冷たい霊的なモノ。
ヒイラギの存在が無ければ、それに取り憑かれていた筈。
しかし簡単に頷くわけにはゆかない。
「魔を祓うと言うけど、確かめたの」
「住職を引き受けるにあたって、説明を受けただけだ」
「それを信じているの」
「私を住職に抜擢してくれた人を信頼している。それで充分だろう」
「でも、どうして私なの。お仲間がいるんでしょう」
「私と無関係で、信頼できる外部の人物は君だけだ。
誰も私と君を関連付けない。良い考えだと思わないか」
随分な信頼のされようだ。
毬子なら警察に通報せぬと思っているらしい。
「また盗まれると考えているの」
「念には念を入れよ、と言うだろう」
「わかった。でもね、貴男と立ち合った事でお婆様が神経質になっているの。
できればお婆様の目に真剣を触れさせたくないのだけど」
「任せてくれ。内密に手渡せるように段取りする」
思い通りに運び安堵したのか、田原の表情が緩む。
毬子は田原の言を全面的に信用したわけではない。
「他に別の思惑があるのでは」と疑いを持っていた。
ここで断っても、相手は手を替え品を替え、毬子への接近を図る筈。
何に巻き込まれようとしているのか、・・・。
それでも、じっくりと考える時間だけはある。
なにしろ女子高生という職業は暇を持て余す。
暫くは様子見だ。
毬子は最後の質問をした。
「あの小野田老人はどうするの」
「運の良い事に回復の見込みなし。首を取る必要はないだろう」
新宿署の辻斬り捜査本部。
野上家の一件より一週間過ぎたわけだが、たいした進展はなかった。
しいて成果と言えば第一の被害者、
第二の被害者の住居より盗聴器が発見された事くらい。
第三の被害者となる筈だった小野田の顧問室から発見されたものと合せれば、
八つにもなった。
辻斬りは単独犯ではなく、仲間がいる事が推測される。
それも盗聴器を仕掛ける事に慣れた者達。
辻斬りの逃走が容易だったのも彼等の存在あっての事だろう。
辻斬りが狙ったのは盗品売買に直接関与した者達だけのようだ。
四人の用心棒は無関係とみて、身動きの取れぬように手傷を負わせているが、
仕留めてはいない。
その行為、冷静にして、躊躇いがない。
まるでマシン。
殺し損ねた小野田老人はどうするのだろう。
他に関与した人間はいるのだろうか。
篠沢警部は捜査の先行きに頭を抱えていた。
あまりにも見通しが暗い。
「いらっしゃいました」と声。
頭を上げると、婦警が民間人二人を捜査本部に案内して来た。
彼等は、『風神の剣』の所有者である牟礼寺の関係者。
何故か警察庁から口利きがあり、彼等の今日の来訪となった。
小柄な中年男が、「お忙しいところに押しかけて来て、すみませんな」と。
人当たりの良さそうな笑顔で名刺を差し出した。
「弁護士、森永功」とある。
何やら場慣れした感。
後ろにいた坊主頭の男が、無愛想な顔で名刺を差し出した。
「牟礼寺住職、田原龍一」
年の頃なら三十代といったところ。
長身で、醸し出す空気は僧職とは場違いなもの。
明らかに剣呑と分かる空気を身に纏っていた。
ヤクザ者と勘違いする者もいるだろう。
二人の来訪は、『風神の剣』の引き取りにあった。
所有権がどうあれ、今は事件の大事な証拠物件である。
こんなに早く引き渡した例はない。
なのに、牟礼寺の新住職が弁護士を通じて、早期の返還を申し入れたのだ。
だけではない。警察庁上層部の口利きもある。
「犯行に用いられた訳ではなかろう」と。
篠沢は田原を一目見た瞬間、「こいつ、辻斬り」と直感が働いた。
数少ない目撃者達は辻斬りの覆面姿しか見ていないが、
彼等の話したイメージが田原を指していた。
田原に覆面姿をさせればピッタリかも知れない。
★
話題は原発の海水注入一時中断問題ですね。
政府発表に原子力安全委員会の斑目委員長が異を唱え、
自信の発言部分を、「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正させました。
そして後日、
訂正した部分の意味を「再臨界の可能性はゼロだ」と説明しました。
てっきり、
「ゼロではない」は「1、2パーセントはある」かと思っていましたが、
「ゼロではない」は「ゼロだ」なんだそうです。
原子力村の言語は難しい。
ところが、それで終わりませんでした。
東電が、「一時中断した事実がなかった」と訂正したのです。
まあ、何はともあれ、無能な政府や東電本社が会議室で判断するより、
現場の所長判断の方が合理的でしょう。
「事故は会議室で起きているんじゃない。現場で起きてるんだ」
「原発を封鎖せよ」ですね。
★
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