現代の日本では、格差是正が叫ばれ、自助努力や勤勉の精神の大切さが忘れられつつある。

 

100年ほど前のアメリカも、社会主義の勃興期にあったが、そうした時代に資本主義を体現し、史上最高の大富豪と言われた人物がいた。

 

石油王、ジョン・D・ロックフェラー(1839~1937 年)だ。

 

世界一の大富豪であり、世界一の慈善家でもあったロックフェラーの人生については、本誌2023年5月号「ロックフェラーの改心」で詳しく伝えた。

 

本欄では、そのアナザーストーリーとして、ロックフェラーの言葉やエピソードを紐解き、アメリカの繁栄の土台を築いた偉人の念いの一端に触れてみたい。

 

 

「運命は、出自によって決まるのではなく、行いによって決まる」

「我々の運命は、我々の出自によって決まるのではなく、我々の行いによって決まるのだと確信している」

"I firmly believe that our destiny is determined by our actions, not by our origins."

(※以下、英文の出典は"The 38 Letters from J.D. Rockefeller to his son" G.ng/M.tan編)

 

これは、ロックフェラーが息子への手紙の中に綴った人生訓だ。

 

オハイオ州のクリーブラントで週給5ドルからキャリアをスタートさせた日々を回想しながら、ロックフェラーは、深い実感を込めて息子に人生の真実を呼びかけた。

 

その手紙は、民主主義の国であるアメリカでは万人が神の子として平等のチャンスを与えられており、親から受け継いだ資産の多寡と人生の成功・失敗は別物だと指摘している。

 

ロックフェラーは、奴隷を解放し、アメリカの繁栄の源流となる「人間平等の精神」を確立したリンカンを、生涯を通して尊敬していた。

 

「私の記憶の中で、リンカンほど偉大な人物はいない」

"In my real memory, no one is greater than Lincoln."

 

リンカンは1809~65年を生きたが、ロックフェラーは1839年生まれ。つまり、ロックフェラーの20代はリンカンの晩年と重なる。

 

リンカンが暗殺された時、ロックフェラーは25歳で、石油事業の株を競売にかけて会社を引き継いでから2カ月ほど経った頃だった。その会社があったクリーブランドは、南北戦争が始まる前から多くの逃亡奴隷をかくまっており、現地の人々は、リンカンの死を心から悲しんでいた。

 

リンカンと同じく貧しい家から身を起こしたこともあって、ロックフェラーはリンカンに敬意を抱き、その自助と利他の精神に強く共鳴していたのだろう。息子に送った一連の手紙の中でも、丸太小屋から身を起こし、幾度なく挫折を乗り越えたリンカンの人生を範とし、「あなたは諦めない限り、打ち負かされることはない」と呼びかけている。

 

ロックフェラーは、「アメリカは全ての人間は平等だという信念のもとに建てられた」と信じていた。

"The founding belief of the United States of America is that all human being are created equal."

 

そして、リンカンのように、「恵まれない人たちにチャンスを与えたい」という気持ちが強かった。

 

後年、慈善事業に踏み出した時、アメリカ南部の黒人教育を改善するために、1903年に一般教育財団を創設したことにも、その信念が反映されている。

 

 

宗教活動に見るロックフェラーの「人間平等の精神」

「人間平等の精神」は、ロックフェラーの宗教活動にも具体化されており、どれだけ金持ちになっても、教会の一信徒として地域の人々と変わりなく交流を続け、日曜学校で聖書について教え続けていた。

 

つまり、仕事における役職の上下関係や実績の評価、事業の成功と失敗などで「差」が出ることを認めながらも、神の目から見た時、人間の尊厳は平等だと考えていたのである。

 

大儲けしたロックフェラーは、多くのマスコミや政治家から叩かれたものの、社員からは人格者として尊敬されていた。

 

「彼はだれにでも会釈して優しい言葉をかける人だった。みなのことを憶えていた。最初の頃は事業がうまくいかないこともあったが、ロックフェラー氏が冷たくなったことなどなかったし、いつも冷静だった。何があっても怒鳴ったりしなかった」(ロン・チャーナウ著『タイタン(上)』)

 

これは、とある精油所の作業員がロックフェラーを評した言葉だ。

 

 

若い社員の"指示"を受け、「分かった」と器具を片付けた

また、分け隔てない人物であることがよくわかる逸話も残っている。

 

ロックフェラーは健康のために、会社の経理部に自分が使う運動器具を置いていた。ある朝、その器具で運動しようとした時、自分が社長だと気づかない若い社員に「邪魔だから運動器具をどけてくれ」と言われたのだが、「分かった」とだけ答え、平然と器具を片付けて去っていったという(前掲書)。

 

若い社員はその後、それが社長だと知って恐縮したが、ロックフェラーは、その社員を一言たりとも叱責しなかった。

 

一経理員からキャリアを始めたロックフェラーは、かつての自分と同じような境遇にある若者にも敬意を払い、仕事を邪魔した自分に非があったと考えたのだろう。そこには、役職の差があろうとも、人間としての尊厳は平等なのだ、という価値判断が働いているように見える。

 

これは19世紀の終わり頃の逸話だが、そうした「人間平等の精神」は、その後も、心ある米国民に長らく受け継がれてゆく。

 

現代では、「結果の平等」が叫ばれるようになったが、ロックフェラーの言葉や逸話を振り返ると、そこに、忘れられつつある、古き良き時代の美徳を見つけ出すことができる。

 

現代日本を生きる我々にとっても、示唆に富む教訓が含まれているのではないだろうか。

(後編に続く)

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