天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

鷹9月号小川軽舟を読む

2021-08-26 09:42:35 | 俳句



「座礁」小川軽舟鷹主宰がその9月号に「座礁」と題して発表した12句。これを天地わたると山野月読が合評する。天地が●、山野が○。

市電ある街の不良に南風
●「街の不良」を何度も読み返しました。ぼくにとっては唐突で…。素行の良くない人のことですね。
○一読、掴み処がないような印象。「市電」はやはり都市交通のイメージで、これは「町」ではなく「街」であることと整合的です。ここからイメージするのは、密度の高いちょっとした繁華街に屯しているような「不良」で、これに「南風」とくると、如何にも暑苦しい印象です。
●とにかく丁寧な句作りをする作者にしては大雑把な印象の句です。

短夜の太腿寒き少女たち
●前の句とこの句はこの作者にしては丁寧ではない、突き放した表現です。何歳くらいの少女か、読み手にかなり部分をゆだねています。学校の規則に従わないとか、大昔の言い方ですが「不純異性交遊」をしている少女というふうに読みました。
○この「寒き」は、暑いの反対のそれではなく、豊かさに対置されるようなそれではないかと思いますが、だとすると、この「太腿」は健康的と言うよりも華奢なか細い「太腿」をイメージしました。それが見えるのですから、短目のスカートなのであり、「短夜」と符合します。「少女たち」と複数なので、屯しているのか、集団で闊歩しているのか。いずれにしても、彼女たちが謳歌している季節(時間)の儚さを感じます。
●あなたの読みの通りでしょう。暑いのに対する寒いではなくて精神的な貧しさを言いたいのでしょう。しかし「少女たち」は抽象的ですね。

行儀よく競りを見る猫青葉潮
○寝そべっているのではなく、前足をきちんと揃えて座っているのでしょうね。
●屑の魚やちぎれた魚の破片を漁るのが猫で事実そういう猫が河岸にはいますが、この猫は行儀がいい。だから書いたのでしょう。
○「競り」の後には、いつも美味しい魚をもらっているんですよ、この猫。

わが眉間忽ち荒し滝仰ぐ
○「眉間」が「荒し」というのは、いわゆる眉間に皺を寄せるというのとは印象が異なるのですが、表情筋の使い方としては同じことなんじゃないのかな。
●眉間に皺が寄っているんだろうな今…という思いで書いた句でしょう。滝の句として次の同様、誰もやらなかったところです。

滝仰ぐ腋じつとりと冷ゆるなり
●ああ、こういう見方があったなあと思いました。腋の汗が冷えた。そこに滝飛沫も加わっている感じですね。
○夏に滝を楽しむことの本来のセンスなのでしょうね。


曝涼や翠嵐薫る水墨画
●「曝涼」は夏の季語で、天気のよい日に庫などに納められていた衣類や書物、道具などを日光に当て風にさらすことです。虫干しですね。「翠嵐(すいらん)」は、緑に映えた山の気。中七下五の気韻がいいです。
○「水墨画」というモノクロの世界に、色味伴う語感の「翠嵐」を感じとる感覚がいいですね。そのことから逆に、この「曝涼」現場が緑に包まれた、見晴らしのよい山間部であることを示しているようにも思えます。
●そう、水墨の無彩色でありながら山深い景色の絵でしょう。そこに「翠嵐薫る」を感じました。感性の冴えです。

錦鯉樹雨の水輪せはしなき
○「樹雨の水輪」とされると、何となく自然の中の景として樹木に覆われた池沼をイメージするのですが、一方「錦鯉」は鑑賞魚ですからそうした池沼ではなく、この句の現場は人工の池なんだろうなと思います。
●中七が巧いです。「樹雨(きさめ)」は、濃霧のとき森林の中で霧の微小な水滴が枝葉につき、大粒の水滴となって落下する現象、と広辞苑にあります。深みのある一語を使いこなすことの意義を感じました。

蹴り捨てし水輪連ねてあめんぼう
●「蹴り捨てし水輪」は目が効いています。言われてみれば納得しますが、では、自分でこの文言を引っ張り出せるかというと……。
○私には絶対無理です(笑)。「蹴り捨てし」まで読んで、その後に「あめんぼう」が登場するとは思いもしません。目の効いた表現だけではなく、こうした句展開の冴えですね。私はどちらかというと後者の句展開の冴えの方に惹かれる質です。
●あめんぼうを見ての一物ですから「水輪連ねてあめんぼう」は来るでしょう。

地下道に座礁せる人蚊遣焚く
●「座礁」とは笑いました。いわゆるホームレスの人のことだと思います。作者には「人生の座礁」と映ったようです。
○今月のタイトルが「座礁」であることは冒頭に紹介いただいていたので、どのような句かと楽しみにしていたのですが、「地下街」の句とは驚きました。「座礁」を身動きのとれない状態として捉えると、句中の(たぶん)ホームレスの方たちの状況として極めて的を射た表現かなと。
●ぼくも、まさしく「座礁」だと思いました。

蝙蝠や貨物列車に貨物駅
●「貨物駅」に感心しました。言われてみると貨物のみ集散する駅があります。一般の人は昇降しないので縁が薄いのですが、「貨物列車に貨物駅」が浮かんだとき作者はやったと思ったでしょうね。季語をつけるのは容易ですから。
○「貨物列車に貨物駅」の面白さがわたるさんほどぴんと来てないのですが(笑)、「貨物列車」の暗色イメージと蝙蝠は符合しますし、上五中七下五それぞれの冒頭におけるK音の頭韻連打はよい調べだと思いました。
●季語「蝙蝠」はそう考えず付いたと思います。季語以外のフレーズが決まった時、季語は吸い寄せるように来ますから。

昼顔や砂利撥ねとばす選挙カー
●似たような状況で「選挙カー」を「ダンプカー」で小生も詠もうとしていてものにしておらず、下五の斡旋に白旗を上げる心境です。
○「昼顔」といい、「砂利撥ねとばす」といい、選挙区内を隅々まで時間を惜しむように走り回る様子が窺えますね。
●「選挙カー」で味が出ました。皮肉の味も少し入って。

本を読む女性電車を涼しくす
○この句、いいなあ。夏服を着て姿勢よく本に目を落とす若い(若くなくてもよいのですが)女性を思います。今月の作品全体で捉えると、この句は冒頭の「不良」の句と対置されているように感じます。
●綺麗で若い女性を思いました。読書の好きな女性ですから言葉を交わしてもいいかなという思いになる感じ。「電車を涼しくす」がいいです。
○俳句で「女性」というのは始めて見た気がします。ここではこの「女性」が効いていて、「女」ではここまで涼しくなりません。
●そう、ここに「女」と「女性」の差をまざまざと見ます。


写真:武蔵国分寺公園のヤマボウシの実
コメント
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