サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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上から目線(就職にまつわる能力主義のナニサマ度80点)

2011年02月16日 | それでも世界は回る

学生はなぜ就職できないのか 超・国内志向の若者を待ち受ける「就活の悲劇」【財部誠一コラム】


ダイヤモンド・オンライン2011年2月14日(月)08:40


 就活に追い詰められ、苦悶する学生たちの姿を追ったテレビ報道をしばしば目にする。だがそのたびに私は、学生たちの異様な言葉に驚きを禁じ得ない。

「70社受けました」「100社受けました」でも「ダメでした」といった具合のコメントがこれみよがしにテレビ画面に映し出される。内定をもらえなかった会社数の多さこそが、「超氷河期」と呼ばれる過酷な就活事情をストレートに物語っていると視聴者に訴えかけたいのだろう。だが、これほど無責任な報道はない。

 70社も100社も受験することが物理的にできるだろうか。おそらく希望した企業のHPにアクセスし、エントリーシートを送信した数ではないのか。そのなかで実際に説明会に参加し、さらに面接にまで進むことができた企業はいったい何社くらいあったのだろうか。そうしたディテールをすべてが切り捨てられ「70社」「100社」という数字だけが独り歩きしている。

 就活が過酷であればあるほど、その全体像を正確に伝えるのが、メディアの責務だろう。だが就活報道の実態は、野次馬以下だ。問題のありかをさまざまな切り口から掘り下げる努力も試みもない。まるで談合をしているかのうように、ただただ「非常事態だ」と大騒ぎをして、社会不安を煽りたてるだけの報道が目立つ。

 たしかに昨年の就職内定率は68.8%。「就職氷河期」と呼ばれた1996年当時を下回る厳しさだが、おなじ「氷河期」でも当時と今とでは状況が全く違う。

「“就職氷河期”という言葉はリクルートが創った言葉ですが、それが(現状に)当てはまるとは思っていません。大手企業が新卒を一括、大量採用することが前提だった時代にあって、(バブル崩壊後に)あの大手もこの大手も採用を凍結するという事象が起こり、それを就職氷河期と表現しましたが、今は違います。苦しくても新卒を採用したいという企業は多い」

 リクナビの岡崎仁美編集長のコメントだ。

 私が出演しているBS日テレの情報番組『財部ビジネス研究所(TBL)』で就活問題を特集、そのインタビューに岡崎編集長が応えてくれた。

「(採用時に)量より質という方向性が厳格に貫かれている中で、需給バランスだけでいうと、学生はどこでも就職できる数字になっている。しかし実際は、(人事部は採用枠を)採り切らないまま採用をやめたり、中途採用と新卒採用にこだわらずに採用したりというような中で(新卒の)就職難という事態が続いている」

 それは数字の上にもはっきりと現れている。

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採用の「質」問題と言うのは、昔から「絶対正論」のように言われることだ。
よく回りと話をしていて、この人が・・・と思う人が、平然と学歴主義を言うので、びっくりすることがある。
「もう、三流大学入った時点で、あいつらは負け組みなんですよ」
「就職で能力テストをやると、きれいに大学偏差値と揃うんだな」
「需給関係なんだから、大企業が優秀な人間だけをとりたいのは当たり前でしょ」
「受験勉強をちゃんとやってこなかっただけで、いい加減な人生を送ってきた連中なんですから」

本当にそうか。
そんなことをほざくとりあえず「一流」とされる人間たちが、とても上等なものだとは僕には思えない。
世の中には、省庁の雇用支援予算がついたからかどうか、キャリアコンサルと称する人間たちがゴマンといる。
本当に、キャリア形成の指導をするのならまあいいが、面接の仕方とかエントリーシートの出し方とかを、細かく指導なんかしている。
もちろん、中卒や高卒やの子どもたちに、一生懸命走り回って、頭を下げて、就職先を見つけてくるような先生方のような温かさなどない。
上から目線で、今の子どもたちを、「嘆く」ばかりである。
現在の就活学生の親は、だいたいのところ40代半ばから50代半ばが中心だろう。
僕たちより少し下の世代だ。
その世代にもろくな「就職観」などあったと思えないし、キャリアコンサルの多くは、だいたいが団塊の世代から僕たちぐらいの年齢が多いが、その世代だってろくなもんんじゃない人間がほとんどだ。
もちろん、有名大学を出て、名の知れた企業に入って、という経歴があるからといって「人間力」が優れているかどうかなんて、まったく個人差によるものだし、その後の経験と内省化の問題があるだけだ。
人間の資質が決まるとすればむしろもっと幼児期であろうし、「立ち居振る舞い」の優秀さがあるとすれば、それは学歴などとは無関係の「親」の背中がなにほどかの役割を果たしているのであろうし、職業生活の中で「優秀」であるかどうかは、その後の本人とそれ以外にあるとすれば、会社の規模や知名度と言うよりは、ボスの「人格」の問題であるのは、はっきりとしていると思う。


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