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that blog-ish thingy

ブログ的なアレです。

岐路

2010年01月13日 | 仕事とか堅苦しい話
あまり詳しいことは書かないけれども、今、仕事で大きな岐路に立っている。

一方は東へ向かう道。
一方は西へ向かう未知。

いずれも、グローバルな規模での活動が行えるし、今までよりも遥かに大きな裁量権と決定権を与えてもらえる。

ただ、どうしようかと。
どちらを選んだとしても、もう片方は失うことになり、それはそれで後悔をしそうになる。



とある人はこう言ってくれた。

「自分で決めないで周りの人たち(上司や人事)に決めさせるっていう考え方もある」

正直なところ、この助言にはかなり救われた。
焦って力み過ぎていたのは事実だし、自分のコントロール外の要因が多いのも事実だったので。



とある人はこう言ってくれた。

「人に相談をするときっていうのは、往々にして結論が既に出ている」

そう、そうなのだ。
漠然とではあるが、答えは出ていたのだ。



ということを踏まえて、今日、腹を括った。
賽を投げてもらうように意思表示をした。



というわけで、いやー、どうなりますかねー!
楽しみですねー!

とか、大仰なことを書いてしまいましたが、1年後には「結局アレって大した話じゃなかったんですよね、俺が勝手に思い込み過ぎてただけなんですよ」とか言ってそうなんですけどね。

ま、気楽に頑張ります。

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仕事とかねー、もー。

2010年01月06日 | 仕事とか堅苦しい話
年明け早々、仕事が忙しいです、かなり。
まぁ、それはそれで良いことなんですがね。



それにしても、半年後に日本に帰国してから自分は何の仕事をするんだろうかということを、極めて軽くではありますが、最近よく考えます。

きっと、帰国してからは、出来ることもやらなくちゃいけないことも両方あるのだろうけれども、でもそれってどこか受身な姿勢が伴っているというか、言われたことだけをやっているだけ感があるというか、何となくアレなんですよね。ホントはもっと自発的に「○○をやるんだ」という前向きな想いをもって仕事が出来れば良いんですが、でもそれが何かが分からないから「どうしようかねー」という具合なわけです。

ま、考えても答えが出るわけじゃないし、そのうち何かのタイミングでそれが見えるようになるだろうと信じて、今は焦らずに適当なユルイ感じでいようかなと。

・・・でも考えちゃうんですよねー。

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Scrap & Build

2009年12月13日 | 仕事とか堅苦しい話
仕事の話ばかりをしていて大変恐縮なのですが、ふと思ったことがありまして。

仕事に限らずなのですが、知識や経験を積み重ねていくというのは非常に大事でして、そういうのを通して引き出しが増えていくものだとは思うのです。ただ、どっかのタイミングで、積み上げてきたものをいったん否定して、壊して、最初から作り直すことも必要なんだろうなと思うわけです。言うなればスクラップ&ビルド。

例えば、和食を作るのは大得意だけれども、西洋料理や中華料理はチンプンカンプンだったとします。そこで、ヌーベルキュイジーヌを作らなくちゃいけないとなったときに、和食の材料と和食の技法を使いながら、それを達成することは到底不可能だったりするわけです。仮にそれを和食のままゴリ押しでやったとしても、きっとどこかに嘘くささや陳腐さみたいなものが出てきてしまうと思うのです。

そういうことを考えると、恐らく一番良いのは、自分の中にある得意領域を一旦捨てて、新たなる分野でゼロからスタートすることなんじゃないかと。新しい領域で色々な経験や知識を培って、色々な気付きや閃きを起こして、その結果として二つの異文化料理をコラボレーションすることが出来るようになると。



で、企業がグローバルになるというのもきっと本質的にはそういうことなんだろうなと思うわけです。

偉そうなことを言うつもりはないのですが、やはり日本に留まり続けながらグローバルな活動をするというのはなかなか難しい。日本にいながらも、日々、外国人たちとのインタラクションを重ねて、それなりの学びだとかはあったとしても、やはり先ほどのヌーベルキュイジーヌと同じように、どこかエセグローバルさが漂ってしまう。思考や発言に重みも無いし、一つ一つの行動に自信や腹の括りが伴わない。



で、ひどく短絡的なことを言うと、グローバルな企業にしたいんだったら、向こう1年・2年という短期的な話は無視して、10年後を目指しながら、金に糸目をつけず、ドンドン人を外に出して、ドンドン人を受け入れて、組織をグッチャグチャにしてしまえば良いのにと思うわけです。確かに、It's easier to be said than done(言うは易し行うは難し)なわけでして、そこまでドーンと物事を行うのは色々なアレにより難しかったりするわけです。

ただ、組織のScrap & Buildが局面によって必要なのと同じように、その組織を支える個人におけるScrap & Buildも必要だと思うわけです。新しい環境でへこんで、ポジティブな意味合いでのScrapを行って、ゼロベースから再びBuildをさせて、人の成長を促すことが健全なんじゃないかと。そうやって成長した個人が、組織を活性化させて、ある種の新しい文化を作り出すと。

そういうことを思うわけです。
今のうちの会社のグローバル化云々の話を色々と聞いてると。
まぁ、平社員のお前が何を偉そうに!何も分かんないくせに!という話だとは思うんですけど。

まぁ、そういうわけです。
細かい話は抜きにしてブワーッととりあえずやってみようぜ!みたいな話になれば良いんですけどねぇ。無理か。

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グローバルガバナンス

2009年11月28日 | 仕事とか堅苦しい話
会社の人たちと話をしているときに、「どうすれば会社のグローバルのガバナンスをうまく出来るんだろうか」という議題が持ち上がりましてですね、色々と喧々囂々と話合いをしたのですが、長くなるので詳細は割愛。ただ、面白いなと思った点があったので、それを幾つかピックアップしてみます。

◎ グローバルガバナンスの難しさ
いきなり元も子もないことを言うと、グローバル云々に限らず「ガバナンス(社内統制)」というのは須らく難しいというのはあると思います。やっぱり何かをコントロールするってのは至難の業なわけですよ。

ただ、「グローバル」という話で言えば、ただでさえ難しいガバナンスに加えて、色々な国における文化・言語・考え方などの違いなんかも考慮ポイントとしてあってですね、それが話をより複雑化してるんだろうなー、って思うわけです。

まぁ、要するに「そんなの統制するの無理」って話です。
やらなくちゃいけなんですけど。



◎ 業種によるグローバルガバナンス
当たり前のことだとは思うんですが、業種によってグローバルのガバナンスの方法というものは変わってくるわけです。

例えば、まぁ、製造業で言えば基本的な戦略だとかハイレベルな設計だとかは本社が大枠を決めている(はず)。なので「大体こんな感じでやるからあとは各国でよろしくね」という方法でやれないこともない(はず)。ちなみに話を簡略化するために敢えて極端で大雑把なことを言っています。

ところが、金融業だとかサービス業になってくるとちょっと話が変わってくる。

例えば、吉野家が日本だとファーストフード的な位置付けであるのに対して、中国だともう少し高級感があってファミレス風になっている・・・という記事を以前にどこかで読んだ気がします。吉野家ついでに言うと、アメリカシンガポールの吉野家では「牛丼」一辺倒ではなく、鮭丼や野菜丼などもあり、セットに付いてくる飲み物は炭酸飲料であったりと、日本のそれとは大分様子が違うことが分かるわけです(Jeyさん、すいません、勝手にリンク貼らせて頂きました)。

話が大分逸れましたが、こういう業種においてはローカルでのカスタマイゼーションみたいなのが多分に必要になってくるという話です。

ということを踏まえると、前者のプロダクトビジネスにおいては、本社主導での強いガバナンスを敷くことが出来たとしても、それを他の業種でも同じように出来るかと言われればそんなことはないわけです。

なので、「あの会社はグローバルガバナンスが上手く出来ているから、うちだって・・・」だとか「グローバルってのを一言で言うと・・・」みたいな話はあんまり意味が無いということを会社の誰かさんには理解をして欲しいなと思うわけです・・・すいません、個人的な愚痴なんですが。



◎ プロジェクトにおけるグローバルガバナンス
「会社として」というスケールの大きなガバナンスの話はさておいて、個別のグローバルプロジェクトにおいてどういうガバナンスを敷くかという話。

これはもうかなり流動的だと思います。トップダウンを強めにするのが必要な場面もあるし、ボトムアップで状況を改善していく場合もある。一概には何とも言えん。

理想的なことを言えば、そういった時流を的確に読みながら、その時々でベストなガバナンスを柔軟に敷くのが肝要なんだろうなと思うわけです。

例えば、トップダウンが上手くいく場合に、やれ標準化だ、やれこういう方法がうんたらかんたらと色々と決めていく。ただ、何となくそれが徹底され過ぎると「言われたことだけをやってりゃ良い」みたいな風潮が蔓延して、組織に鬱積感が蔓延したり柔軟性に欠けたりだとかしていくわけです。

すると今度は、「方針変えようぜ、ボトムアップでやっていこうぜ」という話になり、あっちこっちでガス抜きしたり、風通しを良くしたりする。で、物事が再び回り始めたりするわけです。ただ、これまたしばらくすると、みんなが勝手なことをやり始めて、所々でムダが生じて、コスト高になって市場競争力が無くなって・・・という話になり、じゃあまたトップダウンでやろうぜ、という話に戻るわけです。

ということを踏まえると、こういう行ったり来たりのサイクルは数年単位で繰り返されていくんだろうなと。乱暴な意見ですが。でも、サイクルの度に少しずつ状況は良くなっていくわけで、そういうアレやコレやを経ながら上昇スパイラル的に成長していくんだろうなと。

そういうわけです。
「でもそれって理想論だよね」と言われれば返す言葉は無いのですが。



◎ 会社としてのグローバルガバナンス
「そういうプロジェクトベースでの話はもう良い、じゃあ会社としてのガバナンスってどうなのよ」という話なんですが、いやー、分からんッス。すいません。

ただ、イメージとしては HSBCの "The World's Local Bank" みたいなのが一番良いんだろうなと思うわけです、個人的には。







まぁ、それが出来たら苦労は無いんですがね。



◎ 結論として
元も子もないことを再び言うと、結論は特に無いんです。
ガバナンスが強い方が良いだとか、そうじゃなくてローカルの発言権を高めようよだとか、そういうのって全部正しいし、何をどうやっても難しいことには変わりはないので。じゃあ今日のこの話は何だったんだって話になるんですが。

ただ、「お客様のために頑張ってその対価としてお金を頂く」という原理原則を起点にして考えると、それを達成するために社員が動きやすいガバナンスを敷けば良いんだろうなと。加えて、色々なトラブルは起きるだろうけれども、そういう試行錯誤の結果として「スパイラル上昇」が発生するんだから、それを計画的に、作為的にに運べるようなガバナンスが敷ければ良いんだろうなって。

ま、理想論なんですけど。

そんな感じです。
というか、もう自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきたので終わりにします。
最悪の締め方ですけど、アレを色々とよろしくお願いします。

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攻めの空回り

2009年11月25日 | 仕事とか堅苦しい話
ブログ全然更新出来てなくてすいません。
仕事がものすごく忙しくてですね。
帰って、飯作って、食って、気付けばソファーで寝てて、半分寝ながら風呂入って、即寝する、みたいな生活をしばらく繰り返しております。

そんな言い訳はどうでも良いのですが(じゃあ書くな)、まぁ、仕事が忙しいわけです。
で、例によってそれなりに空回りをしているわけです。
ただ、空回りってそんなに悪いことじゃないなと最近思うようになっていまして。



何の話かと言うとですね、今は上司の一歩先を読んで予め必要な情報や資料が揃うように動こうとしているわけです。で、当然のことながら、上司から具体的な指示が出ていない状態で、例えば資料作成をしようとすると「今の自分が知っている手法を活用する」しか方法がないわけです。

で、まぁ、そういう状況下で資料を作成して上司に渡すと、2割はOK、8割は訂正が入るわけです。そういう意味では空回りをしているというか、まぁ、多少はムダが発生しているわけです。

ところが、それが空回りだったとしても、資料作成をしていると自分の頭の中にあるものが整理されていくので、現状の認識を深めるという意味合いでは何だかんだで役に立っているわけです。加えて、ダメ出しをくらったとしても、今度は上司が何を考えているかが分かるし、自分が今まで知らなかった手法を学ぶきっかけにもなる。さらに言えば、上司の方法と自分の作成した成果物を見比べながら、自分の作った資料の何が足りなくて、どういうところで改善が必要なのかという比較が出来るようになる。自分で何も作らず、上司から言われてたことだけを受身でホイホイやっているよりは学びが遥かに大きい。

・・・読み返してみて、ごくごく当たり前のことを書いているなとも思いましたが、まぁ、空回りも考えようによってはそんなに悪いことではないなと思えるようになったという話です。

というか、逆に言えば、空回りをしているということはまだ学びがあるということであって、空回りをしなくなったら、ある意味、そこの分野で学ぶことは少なくなってきたという考え方も出来なくはないんだろうなと。

まぁ、そういうわけです。
今が Learning Curve における成長期であると信じて、今はひたすら頑張りたいと思います。

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