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that blog-ish thingy

ブログ的なアレです。

晴働雨働

2009年11月16日 | 仕事とか堅苦しい話
現状調査の報告書、データ分析、Fish Bone(特定要因分析)、Mind Mapping、マイルストーン、顧客向けプレゼン・・・。
これら全てを2週間という極めて厳しいタイムフレームで作成しなければならず、日々コツコツとやっていたのだけれども、さすがに全部を終わらせることは出来なかった。

というわけで、土日返上で仕事。



ちなみに、今は素晴らしい上司に恵まれている。
知識も経験も豊富だし、動きも活発。
イギリス人にありがちな「理想論者」ではなく、かなりの現実主義者。
故に、思考・行動パターンが極めて合理的で、個人的には良い刺激を受けている。

そういう環境化で自分に必要とされているのは、上司の頭の中にあるものを全て拾っていき、それを論理的に組み上げて、整合性のあるアウトプットを作成していくこと。上司が不意に30秒ぐらいで考えたことを3分ぐらいで説明されて、それを3日ぐらいかけて作成している。

本当は、上司の一歩先まで考えられるようになって、上司が「阿」と思えば、自分が「吽」のアウトプットを既に用意しているぐらいになれれば文句無いんだけどなー。



なんてことを考えながら、ベランダから外を眺めるとあり得ないぐらい良い天気。
昨日の嵐が嘘のよう。



ホントはなー。
買い物とかなー。
行きたかったんだけどなー。

ま、ここ1ヶ月が正念場なのでね、気合を入れていきたいと思います。



ちなみに明日から4日間ほどリスボン出張です。
余裕があればリスボンの様子なんかを報告出来ると思います。
(多分、そんな余裕無いと思うけど)

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ボヤボヤッと漠然としたアレ

2009年11月07日 | 仕事とか堅苦しい話
むー。
何だか転換期が到来してきている気がしています。
日々ムダに色々と考えています。

まずはですね、自分がいかに未熟かということを痛感することがすごく多いんですよ、最近。

例えば、今の新しい部署で、自分が今まで経験してきたことがいかにチッポケだったかを痛感したりしているわけですよ。言うなれば、今まで自分は2つのことをそれなりに自信を持ってやれていて、それはイギリスでもまぁまぁ通用したのだけれども、今は7つのことをやらなくちゃいけない環境にあって・・・ぬぉー、こりゃ大変だ、といった具合です。

まぁ、その何ですか、これはすごく良い機会に恵まれたなと思うわけで、これから色々とやっていこうと張り切っている(そして例によって空回りするであろう)一方で、今まで、狭い世界の中で居丈高に振舞っていた自分が恥ずかしいというか、「あぁ、俺、本当にバカだったな・・・」というもどかしさみたいなのがあったりするわけです。まぁ、そんなことでクヨクヨしてても仕方がないのですが、クヨクヨするんです、今はさせてください。



あとはですね、まぁ、日々色々な方々と交流させて頂いているわけなんですが、これまたいかに自分がチッポケだったのかというのを痛感させられるわけです。やっぱり仕事が出来る人たちっていうのは、引き出しの数のみならず、引き出しから取り出したネタの組み合わせ方なんかが抜群で、こういうのを見ていると舌を巻かざるを得ないわけです。

そういう人たちを見ながら学ぶべきものはたくさんあるので、それはそれで良いことなのですが、一方で自分がいかにアレだったかを痛感するわけで、やっぱり、こう・・・ちょっとばかしへこむわけです。女々しいけど。



加えて「この仕事をこのまま続けてどうなるんだ」というところでも色々と悩んでいます。今の会社は良い会社だと思うし、仕事でも得られることは日々たくさんある。給料に関しても大きな不満は無い。今こうやってイギリスで色々な経験を積めて、それを元に日本で何をやるべきかというのも漠然とながら分かっているので、そういう意味でも特に問題は無い。

ただ、「それをしてどうなるんだろう」という禅問答めいたことを考えてしまうわけです。「会社のために利益を出す」というサラリーマンとしての原則原理はともかくとして、自分の存在意義って何なんだろう?何のために仕事してるんだろう?なーんて面倒くさいことを思っちゃったりしちゃったりして。

これって、定期的に思うことだし、そのうちそんなことどうでもよくなるぐらい仕事が忙しくなるだろうから考えても仕方がないことなんですが・・・でも、考えちゃうんですよね。ホント我ながら面倒くさい。



振り返ってみると、ある時期にこれを吹っ切れたことがあったんですよ。仕事の売上だとか成果だとか、そういうのとは別軸で「お客や上司やメンバー、お世話になっている人たちを幸せにしたい」みたいな価値観が芽生えて、それが究極的なモチベーションになっていたので。やっぱり誰かが喜んでくれるっていうのは嬉しいですからね。

ところが最近、それがブレてきている。というか、それは未だに自分の根幹を形成してはいる部分ではあるのだけれども「それ以外の何かが必要」だと感じるようになってきて。それが何なのかは具体的には分からないのだけれども、例えば高度なマネージメント能力であったり、より深みのある知識や経験であったり、それをベースにした自信だとか行動力だとかインスピレーションだとか・・・何かハッキリとは分からないんですが、そういう色々なフレーバーが含まれた「何か」なんですよね、きっと。もうちょっと補足すると、「みんなが幸せになる」っていうのは、一つの価値観としてはアリなんでしょうけど、それだけを元に息巻いてるだけだと限界があるんですよね。だから、それ+αの何かを探そうとしているんだと思います。

多分、今のこの転換期というか過渡期を経験して、その何ヶ月だかを振り返った時に、その+αが何なのかが体系的に分かるようになっているんだろうし、その時に「この仕事をこのまま続けてどうなるんだ」ということについても、何らかの納得のいく解釈が出来るんだろうなとは思っているんですが・・・どうなることやら。



そういうことをですね、ボヤボヤッと漠然と色々と考えていてですね、土方歳三じゃないですけど、

「しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道」

みたいな気分になっているわけなんです。
どんだけナイーブなんだ、俺。

まぁ、結局のところ「出たとこ勝負でやるだけやってみるしかねーな」なんで悩んでいても仕方が無いんですけどね。

そういう感じです。
オチは特にありません。
すごく尻すぼみな感じで恐縮ですが、アレを色々とよろしくお願いします。

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ドイツ人とのアレな話

2009年11月06日 | 仕事とか堅苦しい話
先日、ドイツ人の出張者と飲む機会があって、色々と面白い話を聞けた。

◎ シューマッハ
F1の話で盛り上がった。
BMW もトヨタも来年からは参戦をしなくなるから寂しいよねだとか、アロンソがフェラーリに移籍する以外は誰がどこのチームに行くか分からないから楽しみだよね、だとか。

その流れで今年のヴェッテル(ドイツ人)の活躍についても触れてみた。

け「それにしても、今年はヴェッテル頑張ったじゃない」

ド「まぁ・・・そうだね」

け「え?あんまり嬉しそうじゃないけど・・・」

ド「いやさ、良いんだけどさ、俺らはやっぱりシューマッハが一番好きなんだよね」

け「もう引退したけど・・・」

ド「でもさ、セナやマンセルばりに絶対王者だったわけじゃない。その印象が強すぎるから『ドイツ人の F1 ドライバー = シューマッハ』になっちゃうんだよね」

なるほど、分からないでもない。
秋山や棚橋がどんなに活躍しても、猪木や三沢の印象が拭いきれないのと一緒なんだろうな。例えがマニアックだけど。



◎ Oktoberfest
ドイツでは毎年10月にOktoberfestというものが開催される。
要するにひたすらビールを飲むという大規模なお祭りだ。

で、いかにそれが盛大かという話を聞いていたのだけれども、ドイツ人がおもむろにこんなことを言い始めた。

ド「ドイツでは『Oktoberfestが終わると弁護士が儲かる』っていう言い回しがあるんだよね」

け「ん?どういうこと?」

ド「要するにさ、みんな浴びるようにお酒を飲むわけじゃない」

け「うん」

ド「そうするとさ、まぁ、男女間でアレが色々とあるわけだよ。で、離婚調停が始まって・・・」

け「おぉ!そういうことか!」

ド「あとはさ、それと同じレベルの話なんだけれども、その次の年の夏ぐらいになると出生率が上がるのよ。"Oktoberfest kids" って言うんだけれども」

け「ほー。ちなみに誕生日はいつ?」

ド「大丈夫、1月だよ」



◎ 馬刺し
この飲み会、韓国料理屋で行われたのだけれども、個人的に好きだからという理由でユッケを頼んだ。
半ば予想はしていたのだけれども、やはりドイツ人は食べるのにちょっと抵抗していた。

すると、店員さんがやってきてこう言った。

店「やっぱりヨーロッパの方々には抵抗ありますよね」

け「ですよね」

店「日本でも牛の生肉食べるんですか?」

け「食べますよ。牛のたたきとか。そういえば日本では馬刺しってのもありますよ」

店「え?馬を食べるんですか?」

どうやら韓国では馬は食べないらしい。
というか、馬食べるのって日本ぐらいなもんじゃないかなと思った。



◎ Deutschland
これは聞けなかったことなのだけれども、ドイツは英語では「Germany」だけれども、ドイツ語では「Deutschland」と言う。雰囲気だけで言えばDutch(オランダ)Land(国)っぽい。

調べてみたところ、細かいところは割愛するにしても、要は神聖ローマ帝国(ドイツ)で使われていた言語が「Deutsch語」。で、神聖ローマ帝国から独立する形でオランダ共和国が出来て、そのオランダ共和国が海外進出をしまくって、結果として「Deutsch語を話す人たち」という意味で「Dutch」という言葉が海外で浸透した。

ということを踏まえると、ダッチオーブンだとかダッチナントカっていうのは、厳密に言えば「ドイツ語を話す人たちの国の○○」という意味になるってことか。

なるほど。

ちなみに「Germany」というのは、イギリス人が開発した呼称らしい。ラテン語の「Germania(ライン川近辺の地域)」が語源らしい。それにしても、外人が作った言葉が自国名になるってのもアレだな・・・と思ったら、日本(Japan)もそういえばそうだった。



◎ どこの国だからっていうのはあんまり関係ない
先日、「ドイツ人はあーだ、日本人はこーだ」みたいなことを偉そうに書いた。特に「グローバル商談においては日本人は無知だ」みたいなことを書いてしまったけれども、これは訂正しなくちゃならないです、すいません。

「その国の歴史的・文化的背景が人格を形成していく」という意味では、確かに各国のカラーが多少なりとも出てくるのだけれども、ただ、グローバルという観点で物事を見た場合は「異文化に対する知識・経験があるかないか」いや、もっと本質的なところで言うと「異文化に対する好奇心や親和性があるか」というところがポイントになってくるんだろうなと。自国の文化や歴史はともかくとしても、相手をどう理解するか、それをどう咀嚼して、どういう行動をとるのか。

例えば「異質なモノを理解しようとする能力」ってのは、実は意外と難しくて、そういう意味ではそれがあるかないかで仕事の進み具合がだいぶ変わってくるというのはあって、無知云々というのとはちょっと違うなと。

いやはや、学ぶべきことはまだまだ山積しておりますです。
偉そうなことを書かずに、もっと謙虚になるべきっていう点含めて。

コメント (4)
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あいつの噂でチャンバも走ってます

2009年11月04日 | 仕事とか堅苦しい話
要求事項をコロコロ変えるお客がいる。
当然のことながら、その気まぐれ発言の度に我々も調整をかけさせられるし、場合によっては最初から全部やり直しなんていうこともある。

そういう状況下でイギリス人の同僚がこぼした愚痴。

"Well, you can't really do anything when customer keeps on moving the goal post!"

「お客がゴールポストの位置変えてばっかりだから何もできねーよ!」といったところか。
イギリスらしいシャレた表現。ただ、ゴールポストを動かす方がよっぽど大変なんじゃないかとも思ったりはするけれども。

ま、移動し続けるゴールに向かってシュートを打ち続けたいと思います。

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世界は広い

2009年10月31日 | 仕事とか堅苦しい話
最近、仕事がとても充実している。
過去にも近況報告をしてきたので詳細は割愛するとしても、やはり自分は後方支援よりも前線に向いているらしい。



先日、イギリス人の同僚と話す機会があった。

「後方支援から前線に移って、何が違うと思った?」

「やはりお客様とFace to Faceで話せるかどうかが一番違うと思います」

誤解を招くことを恐れずに言うのであれば、後方支援というのは些か「理想」を求める傾向がある。

「こうあるべきだ」
「こうした方が上手くいくはずだ」
「これを雛形にして横展開するべきだ」

確かにコンセプトとしては正しいのだけれども、「すべきだ論」を前線で適用するのは恐ろしいまでに難しかったりする。

この課題は、後方支援と現場の潤滑油となるべく人たちがいて、両方の組織からのフォローアップ体制が確立されていて、しかも年月のかかる作業だったりするから相当な根気と信念も必要になってくるんじゃないかと漠然と思っている。そういうことを踏まえて、組織を動かすキッカケを作れれば良いなと思っていたのだけれども、残念ながら挫折+腐っていた。だから現場に舞い戻ったというのも、逃げと言われれば逃げなのかもしれないけれども、腐っているよりはマシかなと。

ただ、後方支援の作業やらを通して、後方支援で何が行われていて、何を考えていて、何を求めていて、何を達成しようとしているかは何となく経験することが出来た。だから、その二つを繋ぐキッカケ作りを、今度は現場から出来ないものかと考えていたりそうでもなかったり。暗黙知を形式知に過不足無く昇華させるのって、ほぼ無理なんだよなとは思いつつも。攻殻機動隊で出てくる電脳とかがあったらどれだけ楽なことか。



現在就いている商談はいわゆる「グローバル商談」というやつで、イギリスのみならず、日本、ポルトガル、ドイツなんかとも接点が多い。それでもって、これがまた色々と難しい。

例えばどうでも良いところで言うと、この前ドイツ人とミーティングをしているときに、しきりに「ヴェーク」と言っていて、何のことかサッパリ分からなかったのだけれども、しばらくしてから「work」のことを言っていることに気づいた。そういえば、「VolksWagen」も「ヴォルクスワーゲン」じゃなくて「フォルクスヴァーゲン」なんだよな・・・。



もっと難しい話をすると、やはり国によって根本的なモノの考え方が違い、それぞれの話が全く噛み合わないことがある。

些かステレオタイプめいた意見にはなるが、ドイツ人は頑固。マエストロ的な矜持があるのかどうかは知らないが、ものすごく細かくて、完璧主義者で、譲歩をしてくれないので話が全く進まない。ただ、品質は高い。というか、個人的なことを言わせてもらえれば「まぁまぁ高い」なのだけれども、他国と比べれば高いというのは事実。

ポルトガル人は楽天的。とても話が合う。特に現場のやつらはツーカーで話が出来るので楽チン。そのせいもあってか品質はとても低い。この品質の低さは恐らく直らない・・・というか、直すにしても「楽天的でアバウト」が彼らの国民性であり、彼らを構成する根幹的な要素であるとするのであれば、ポルトガル人のそもそもの考え方や認識を修正するところから始めなければならないので相当な根気が必要となる。

で、イギリス人。もう、過去にも何度か書いたことがあるので詳細は割愛するにしても、やはり労働階級社会をベースにした白人優位主義みたいなものが根底にあるので、色々な意味で難しい。「俺らが正しいんだ!」だとか「契約でこうなっているんだから、ガタガタ文句言ってないでやれ!」と、そこまでダイレクトには言わないまでも、やはりそういう香りホンノリの漂っていて、鼻持ちならない。

日本人もね・・・これまた色々と問題があるのだけれども、端的に言うと(これは自分含めてなのだけれども)グローバル商談においては無知だなと思うことが多々ある。ここらへんはやっぱりヨーロッパ大陸の人間なんかが強いなと。まぁ、日本は島国だし、そもそもアジアだし仕方無いんだよな・・・。ただ、物事に対する柔軟性だとか調整能力は日本人は抜群に高い。全員が妥協出来る最大公約数を見つける能力だとか、ケンカをしないで上手く諭す能力だとか。これはもう日本人ならではだなと。



で、そういう有象無象を全てひっくるめて良い経験が出来ているなとは思うのだけれども、一方で何となく途方に暮れている部分があるというのも事実。

言語の違いのみならず、文化、歴史背景、それを基にした思考や行動パターンの違い。日本人同士で仕事をしていても色々と苦労するというのに、もうこういう追加要素が加わってくると、もう正直、手に負えないというか「あー、もうなんかよくわかんねーよ」の世界。

とは言いつつも、どっかから何かを始めないとどうにもならないし、やればどうにかなる世界だと思いながら、引き続き出たとこ勝負でアレを色々としていくしかないんだろうなと思っている次第です。

ま、どうにかなるでしょう。
きっと。

コメント (2)
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