渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

白いサイン会案内者

2021年09月28日 | open


今月末まで秋の交通安全週間ですね。
街でCB見つけました。

場所を考えて駐停車しろよなあ。
出入り口にデーンと停めてから。
近頃の若いもんはなっちょらん(笑




1979年3月

2021年09月28日 | open


あ〜可愛い!
いや、相本久美子さんもだけど、
なんたって、ピースメーカーが。
これ、ウエスタンアームズのプラ
ピーメですね。
よくボディやバレルが割れたやつ(笑

その後、WA社は大開発をして、
世界一粘りのあるABS樹脂を
樹脂メーカーとのセッションで
作り上げましたとさ。
WA社がトイガンに使用するABS
樹脂は、現行他社の品質を大きく
突き放しています。
これ、ほんと。
MGCとのコラボ蜜月の時代が、
製品の品質向上に寄与してたんだよ
なあ。両者(の代表)が訴訟で揉める
前の日本の(世界の)トイガンの樹脂
化の揺籃期には。


世界で初めて先鞭をつけたのはMGC
だった。ハイウェイパトロールマン
という実銃にありそうな架空銃がそ
う。同時期のSIGがオートの初プラ
化だった。
とにかく割れやすかった。
MGCだけでなく、CMCも国際六研
も。
しかし、その後、WAが材質の品質
において大躍進した。
金型技術の全般的な向上がそれを
後押しした。

この相本久美子さんが腰に下げて
いるSAAは、そんな日本のプラ
リボルバーの黎明期を過ぎた揺籃期
に入った頃の製品だ。
ちょうど、ようやく念願のMGCの
コルト・ウッズマンが発売にこぎつ
けた頃だった。
最初は紙火薬仕様だったが、すぐに
世界初のキャップ火薬を先行発売し
ていたので、それの5ミリ版を開発
して、キャップ1個でブローバック
させるデトネーターと薬室の内圧
形状開発が完成した。
MGCウッズマンの作動性の確実さ
は既存の紙火薬でのブローバック
のジャムを激減させた革命的な物
だった。ノージャム。
何度マガジンを替えて撃ち続けて
も作動不良を起こさない。
まるで実銃のようだった。

そんな頃の写真である。
この平凡パンチの号の発売のすぐ後
に私は高校を卒業した。


技能的な勘どころ

2021年09月28日 | open


これはあくまで戯言なのだが。

1970年代の暴走ちゃんは、やたら
バイクの運転が巧かった。
巧くないと集団暴走などできないの
で、上手に乗れるような事をしたの
だろうが、それは何だったのだろう
と思う。
彼らの運転は、まるでバスケットの
選手のプレーのようにキュッキュと
クイックリーにマシンを操作して動
かしていた。オフェンスやディフェ
ンスのバスケ選手のように。

はたと思った。
昔の暴走ちゃんたちがマシンコント
ロールが巧かったのは、日常的に道
でステップが擦る程のスラロームを
繰り返すから、自然と体幹の軸線と
マシンのバランスを取る事を身につ
けていたのではなかろうか、と。
高速度域での車線変換や旋回中のラ
イン変更なども彼らはサッ、パッ、
スーッとこなす。
ママチャリ自転車での左右のステップ
こすりは、クイックリーなオートバイ
での動きとは違って、ゆったりと大き
な円弧を描かないとこすれない。
それは私も散々と中学の時にやってみ
た。両者は異なるファクターがある。
自動二輪の場合は、同じ二輪車でも
原理は一緒でも自転車とは異なる挙
が存在する。これはマスの集中や
サスの存在等々いろいろな要因があ
るので、それはそうだろう。原理は
同じでも、派生してくる現象は、それ
ぞれ別枠特化現象として現出する。

レーシングライダーがやるタイヤの
側面までも馴染ませて温める急激な
スラロームのような事を70年代暴走
ちゃんたちはやっていたが、それを
常にやるというのは、ジオメトリー
を勘案すると、往復するブランコの
上でバランスを取るようなものなの
で、もしかすると暴走ちゃんたちは
それによって日常的に訓練がなされ、
誰もがあれ程マシンコントロールが
巧みだったのではなかろうかと思う。
実際に、僕は真面目君です系の人た
ちのバイク運転の動きは健康太極拳
みたいであり、バスケの選手のよう
なキュッキュとした機敏さは無い。
そして、事実、小事故から大事故ま
で起こすのは「僕は真面目君です」
系の同級生ばかりだった。
暴走ちゃんたちは、危なそうな走行
をしながら一向に事故らないし、転
ばない。私でさえ、高校時代には一
度たりとも転ばなかった。(私がオン
ロードで転び始めたのはガンマ1型と
いう前輪にかなりの問題を抱える車
に乗ってから。オフロードは別。
中学の時は転びまくった)

バスケットボールのプレーでの身体
使いの動きのエッセンスとメソッド
は、かなり二輪車完全操縦のための
身体の使い方に通じる部分があると
私は思う。

(暴走行為を推奨している訳では
ないので誤解なきよう願います)

二輪車

2021年09月28日 | open


二輪車は、原理に気づくと転ばない。

二輪の転倒 ~クルマの在り方、人の在り方~

2021年09月28日 | open



二輪は自転車も動力付二輪車も、
転倒を経験したことが無い人は
いないのではなかろうかと思う。
また、転倒の体験なくばどうやった
ら転ばないかを学べない。
転倒は幼少の頃にどんどんやって
覚えていたほうがよいと思われる。
安全な場所で練習して。

私はオートバイでの立ちごけという
車体を倒してしまった「転倒」(?)
は経験がないが、走りゴケは嫌と
いう程に経験した。
もう「お前は馬鹿なのか?」という
程に。前輪からも後輪からも、いろ
んなパターンで。

やがて、ある事に気づいてから(某
レーシングコンダクターに車の根本
原理と接し方を厳しく教えられて
から)は公道では一切転ばなく
なった。コースではその後何度か
転倒したが、やがて極度に転倒が

少なくなった。公道では一切転ば
ない。全く転ばなくなった。
メカニズムというか、車の事と接地
感というものの折り合いをトラク
ションとの関係で体で理解
したら
転ばなくなった。

遅く走れば転ばないというのでは
ない。道理はそうなってはいない。
立ちごけなどは超遅いのに転んで
いる。
二輪車の転倒(含む:倒し)という
ものは原理と道理がある。
それについて深く考察して、転ば
ない
方法を選択すれば、転倒は回避
できる。

確実に回避できる。
クルマがまともならば。

それと、私が転ばないのは、私が

旧車という古いオートバイにしか
乗らないからというのもあるか
もしれない。
20世紀の日本のオートバイは実に
よくできていて、車体自体がセンサー
のような作り込みになっている。
まったく「ぼやかし」や「ごまかし」
が無いのだ。ダイレクトに乗り手
に路面とマシンの状態が今どのよう
な領域なのか、どうなっているのか、
どこまでが大丈夫でどこからが危険
であるのかを車が知らせてくれる
のである。これまじ。
なので20世紀に生産されたオートバイ
は、乗り手がすべて己の意思の下に
車を制御操縦することが可能だった。
極端な話、スロットル開度にしても
「今シリンダーはどれ位混合気を
欲しているか」とか、他にも「キャブ
はどれ程
の意見を訴えているか」
「タイヤは
どんな事を知らせている
か」「サス
は」「フォークは」
「ステムは」
「スイングアームは」
等々、すべて
車体が語りかけてくる
のだ。

いや、これ本当に。
そのような車作りを有能な開発ライ
ダーたちがやっていた。
これは競技車両だけでなく一般公道
車両にもまったく同レベルの車作り
が実行されていた。
それが20世紀の末期20年の実相
だった。

なので、往時の二輪車というクルマ
は乗り物として最高の出来だったと
断言できる。
「ぼやかし」が一切無い事。
これを現実に車両で実現させるのは

並大抵の事ではない。人の英知が
詰まっている。

21世紀が20年過ぎた現代は、ぼやかし
もぼやかし、もはや誤魔化しとさえ
いえる程の「輪っかが二つ着いた
乗り物」になってしまっている。
オートマより始末が悪い物体に。
正直なところ、私は新型現行二輪には
真剣には興味が湧かない。
あの20世紀のテイストを内実共に
再現復元しているマシンでない限り。

「真新しい物がすべて最良だ」という
ことは世の中存在しないという真理
をもっと多くの人たちが思い出した
ほうがいいと思う。
ほら、PCにしてもOSではウインドウズ
のMeなんて歴史的に不出来な物だった
でしょ?
最新物だから当時はあれを搭載した
PCに変えざるを得なかったけど。
あれ、二つの開発チームで別方向で
開発したからWin2000との性能差と
信頼性が大きく乖離したんだよ。
「最新物は常に最良」
これは技術を以てする産業進歩の
過程においては存在しないのよ。
内実は行ったり来たりで少しずつ
進歩するのよね。
今は、二輪に関しては、操安性に
おいては、極度に退化している
時代と断言できる。
今は今の新型オートバイがどんどん
「危険な乗り物」
になっている。
それは、「人間不在」だから。
人の事を考えて安全に配慮している
つもりでいても、実態は全く逆で、
人をないがしろにするクルマを作ろ
うとしているし、それをやっている。
でも、運転するのは人間だから。
人間不在の開発思想で、よりよい車
ができるわけないじゃん。そんな道理
は世の中ありっこない。

そゆこと。
お為ごかしのぼやかした誤魔化しの
車には僕ぁ乗りたくないなぁ。
「幸せだなぁ。僕ぁ君といる時が
一番幸せなんだ」(by 加山雄三)
というようなのが一番幸せだと
思いますよ。オートバイとのつきあい
は。