この大刀の下緒の鞘掛けは江戸期方式
だが、端を袴紐に結束するのは昭和期の
特定連盟団体の昭和新方式。それはあく
までも現存団体規定の規則としての所作
事の範疇であり、江戸期の武家作法とは
合致しない。
純然たる江戸期の武士の帯刀様式。
大小二刀を帯に差し、大刀の下緒は鞘に
掛けて下に垂らす。大刀下緒の先端は袴
紐には結束しない。
この作法は江戸城内で「大刀の代わり」
という概念で設定された「小さ刀(短く
とも脇差という概念ではない。脇では
なく、本)」のみにおける下緒さばきでも
この様式が法度により踏襲された。
武家作法には格式ばった決まり事がある。
従五位下目見得以上の武家の千代田城へ
の登城平服。肩衣に長袴。家の格式と
行事により事細かく服装が決められてい
た。
刀の金具は赤銅限定、三所物は後藤家の
作等、細かい決め事があった。赤鞘、角鍔
使用などは武家は禁止だ。平侍に至るま
で、赤鞘、角鍔、髭面は元和以降一切禁
止。違反すると即取り締まられて、下手
すれば腹を切らされる。決まり事の幕法
を守らぬからだ。
武家には着装について、登城時、平時勤務
時でも、素材、色、刀の金具、等の選択の
自由は一切認められていない。
唯一の自由は、刀剣の作者選択の自由で
ある。(村正作以外)
差料は主として古刀が武家には好まれた。
『猫侍』(2013年)。
時代設定、寛政年間。
この時代に実在しない下緒さばきをして
いる。
まるでグルメドラマのような独白が
多い、なかなか面白いコメディ時代劇
『猫侍』。
主人公の元金沢藩剣術指南役はB型
おとめ座だ(笑)。
元々コメディなので、細かい事を言っ
ても始まらないが、最初の2013年の
作品では出鱈目な日本刀の下緒さばき
をしていた。大藩の元剣術指南役が。
だが、2015年の「猫侍 2」からは、
コメディ時代劇ながらきちんとした
着装の時代考証に基づく大刀の下緒
さばきに転じている。
大刀の下緒はきちんと鞘賭けしている。端っこは袴紐には結束はせず、武士の旅支度のように挟み込んでいる。
その後の『猫侍 南の島へ行く』(2015)
でも、鞘掛け下緒さばきにしている。
最近の時代劇は着装が出鱈目で、武士が
大刀の下緒を木枯らし紋次郎の長ドスの
下緒のように前垂らし右回しという着装で
登場する間違った描写が多く観られるが、
それは江戸期には武士の姿としては存在
しない。
必ず武士は大刀の下緒は巻かない伸ばし
た場合には鞘掛けをする。
それは、甲冑着用の際の緒さばき法から
の流れにあるからだ。だらんぶらんと
栗形から直に真下に前かけのように
下緒を垂らして右に回して端を袴紐や帯
に締め込むなどという作法は武家には
存在しない。
現代様式でのそのような特殊な下緒の
さばき方は中山博道氏がそれまでの道統
とは別に個別に開始した。昭和10年の
写真では既に確認できる。大刀一刀
のみの刀法なので、その江戸期には
無かった新規軸の方法を新規考案し
たのだろう。
大刀の下緒の前垂らし右回し袴紐結束は、
昭和時代に発生した新方式なのである。
なお、横引き納刀は中山氏の弟子が戦後
に発案した。古式の太刀さばき法を帯
に差す大刀でやってみる方式だ。師で
ある中山氏にどうかとお伺いを立て
ている。
中山氏は、「稽古の為ならばよいだろう」
と答えた事が氏の口述録に残っている。
それが、いつの間にか、その刀身横寝かし
の横引き納刀法が中山系のスタンダード
デフォルトになってしまい、江戸期から
その納刀法があったかという誤認が国内
で広まった。
脇差を差しているので、二刀差しでは横
引き横寝かし納刀はできない。その納刀
は一刀用だ。新陰流も土佐藩流抜刀術も、
江戸期は武士は全て刃を上にした縦納刀
である。一般剣術流派もすべてそれ。
日本剣道形では、日本の剣道は幕末期の
一刀流の流れなので、真剣刃引を用いる
形演武では、縦納刀を行なう。それが
江戸期の武士の刀法所作だったからだ。
(ただし、下緒は省略して鞘に装着させて
いない)
時代物映像表現作品におけるこうした事
は、時代劇では、たとえコメディであろう
とも史実に正確に即してやったほうがよ
い。
暴れん坊将軍のバックに江戸城天守が
そびえている、とかいうのが茶の間では
ウケるようだが、ファンタジーだろうと、
天守ではなく東京タワーが後ろにあった
らおかしいのと同じことをやらかして
いる。
だが、存外作り手も視聴者も頓着しない。
しかし、江戸初期の武士がブーツをはいて
いたり、芸者がピンヒールのハイヒールを
はいていたら、やはりおかしいのだ。
しかも、暴れん坊のバックは江戸城
ではなくて姫路城だし(笑
大雑把にやり過ぎだろう。
『猫侍』については、シーズン1および
第一作映画から次のシーズンの2年の
間に、下緒さばきについての錯誤が
正規に修正される何らかの改革的で前向
きな内部のアクションが製作スタッフに
あったのだろう。時代劇製作にあっては、良い傾向だと思う。『猫侍 南の島へ行く』(2015年)