今日のうた

思いつくままに書いています

逃亡者

2020-10-13 17:30:32 | ③好きな歌と句と詩とことばと
中村文則著『逃亡者』を読む。
思い入れが強すぎると、何から書いていいか分からなくなるので、
「幻冬舎plus」のインタビューを参考にさせて頂きました。

この小説の中にも、インタビューの中にも、【公正世界仮説】という
言葉が出てくる。中村さんの言葉を引用するとこれは心理学の用語で、
「人々は社会が公正で安全であると思いたい。
なぜならそうでないと不安だから。だから、そうでないことが書かれて
いると”知りたくなかった”という感想になってしまう。それで別の理由を
つけて批判したりもする。ただ、公正世界仮説的な考えが行き過ぎると、
何があっても”お前が悪いからだ”という、個人批判の社会になって
しまうんです。今、まさにそうなっていますよね。これから世の中は
どんどんぎすぎすしていくと思いますよ」 (引用ここまで)

まさに今の日本を覆っている空気を言い当てている。
嫌なものは見たくない、聞きたくない、今の生活がこのまま続いて欲しい。
何か事が起きると、そうさせてしまったのは"自己責任"となる。
国の借金がどうなろうと、核のゴミで国が身動きできなくなろうと、
地球温暖化で将来、地上に住めなくなろうと、公文書が廃棄されようと
このままでは新型コロナウィルスが更に蔓延してしまおうと、
とりあえず今、自分に何事もなければいい。

この小説にはさまざまな問題が提起されている。
ヴェトナムから来た留学生の恋人を失うという事件をベースに、
中村さんのルーツが長崎にあるということから潜伏キリシタンや
外国人の労働問題、第二次世界大戦中の日本兵の過酷な状況や残酷な行為、
貧困問題、LGBT、ネトウヨ、差別団体によるデモ、従軍慰安婦や
南京大虐殺などの歴史問題、ジェンダー、格差、断絶、右傾化する日本、
新興宗教と政治などなど。
これらが物語の中に見事に溶け込んでいる。
そしてトランペットをめぐるスリリングな展開とミステリアスな内容に
押しつけがましさがなく、どんどん先が読みたくなる。
娯楽作品としても成功している。

特に感銘を受けた言葉は、第二次世界大戦を表わした次の言葉だ。
「この戦争は、他国を巻き込んだ日本のジトクだと思った。
 日本はジトクをしながら死んだのだった。」  (引用ここまで)
これ以上に、あの戦争の本質をずばり言い当てた言葉が
かつてあっただろうか!
しかも40代前半の作家が書いたとは・・・。私は度肝を抜かれた。
日本での彼への評価が低すぎると思う。
世界的にも、もっともっと評価されるべき作家だ。

心に響いた言葉に付箋を貼っていったら、付箋だらけになってしまった。
インタビューの最後の部分を引用させて頂きます。

「僕は政治に理想は求めていないんです。政治家は常識的なことさえできて
いればいい。新型コロナに上手く対処している台湾、韓国、ドイツは、
人権を重んじる政権という共通点がある。だから一人一人の苦しみから
政策を決められるし、普段人権に敏感な政府が自由を制限するから国民も
聞くことができる。日本は、何かあった時に、政権ではなく個人に責任を
押し付ける論客が多いのが問題。それは断絶を生むだけです。
公を擁護して、個人の責任に還元している言論人たちに考えを
改めてもらえたら、世の中がちょっとよくなると思います。
あとは基本的に、国民は政治家に文句を言いながら暮らすのが普通
だと思っています。僕は政治に興味はないけど、今の政権があまりにも
酷いからいろいろと意見を言っているだけです。
今後もそうやっていきます。」 (引用ここまで)

日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題でも、
政権を擁護する意見があちこちからあがって跡を絶たない。
詭弁を弄してまで、事実を曲げてまで、仲間内で擁護し合う。
こうした狭い世界で、自分たちのいいように政治を回して来たのだな、
と改めて思った。

私はBS・TBSで「関口宏のもう一度!近現代史」を観ている。
ちょうど昭和に入ったところだが、戦争に突き進む当時の世相が
今の状況と驚くほどよく似ている。
順番が前後するが、インタビューの中でも中村さんがこのことに触れている。
引用させて頂きます。

「今の時代は、明治と昭和初期の劣化コピーが流行っていて、第二次
世界大戦の前と似ていると感じているんです。あの頃と今が呼応している、
と意識しながら書きました。従軍慰安婦のことなども、史実を書いています。
あれも、知りたくなかったという人はいるんでしょうけれど、過去を直視
しなければ改善も成長もない。ほかにも、日本軍の兵士たちは
相当残酷なことをしてしまった。兵士にもいろんなタイプがいましたが、
狂気までいかなくてもああいう死ぬか生きるか分からない状態で
聖人君子でいられなかった人は多いと思う。それはつまり、兵士個人個人
が悪いというより、戦争そのものがいけないという側面がある。
もの凄く過酷でしたから」      (引用ここまで)


楽しくないこと、面倒なことははなるべく避けていたいけれど、
これ以上、未来を悪くさせないためにも、まずは知ることだ。
(我ながらこの歳まで、何も知らずに生きて来てしまったものだと思う)
この本は楽しみながら読めて、しかも読み終わった後にたくさんのことを
学んでいたことに気づく。



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