今日のうた

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疼(うず)くひと

2022-02-25 10:57:33 | ③好きな歌と句と詩とことばと
松井久子著『疼くひと』を読む。

私は映画『ユキエ』の監督として松井氏を知っていた。
この映画は、テレビドラマのプロデューサーだった松井氏の
映画監督デビュー作だ。国際結婚が珍しい時代に、親の反対を押し切って
アメリカに渡った主人公の40年が描かれている。
倍賞美津子演じる主人公の老い、そしてアルツハイマーになってからの
夫婦の苦悩が丁寧に描かれている素晴らしい作品だ。
そしてどの場面でも倍賞美津子が美しく魅力的だ。

その松井氏の処女小説ということで、早速図書館に借りに行った。
以前、上野千鶴子氏の著書『発情装置』を図書館で借りた時の
戸惑いを思い出したが、あとがきによると上野氏に勧められての
執筆だそうだ。
この小説は次の言葉で始まる。
女性解放がテーマなのだろうか。

「とどのつまりが、自分をどこまで解き放てるか。
 あるがままの自分の、完全なる自由。
 それが、いつの頃からか彼女が求めるようになったものだ。
 常識、社会的な規範、世間の眼、愛する者たちの願い、
 そのときどきの美学・・・・・・。
 いずれも頓着(とんちゃく)せず、私自身でいること。
 それは、人生におけるいちばんの価値を、
 孤独におくことでもある。」

次の言葉からは主人公が同世代(70歳)ということもあり、
同じような経験を有する者として大いに共感を覚える。

「別に不機嫌なわけではないが、近頃は、一日中誰とも
 話をせずに過ごす日が多いので、最初に出る声は、いつも
 喉(のど)に何か引っかかったようなダミ声になってしまう。」

主人公は離婚し、働きながら一人娘を育ててきた。
娘からのひとことは痛い。

「ママは、いつも誰かのために生きているフリをして、
 いちばん大事なのは、自分なのよ。」

ここまではついていけるのだが、あとがきにある
「長いこと蓋をしたまま置き去りにしてきた『身体感覚』、
 この宿題に向き合ってみたい」との思いで描かれたのであろう
恋愛にはついていけない。

主人公はSNSで知り合った55歳の男性との逢瀬を重ねながら
自らを解放していく。
お料理を完璧に作り、疲れを知らず愛し合いながら二人の時間を楽しむ。
そして自分の考える人生を突き進む。
あまりにも完璧で、腰が痛いの具合が悪いの、今日は手抜き料理といった
次元でうごめいている私にとって主人公は、まさに【スーパー70歳】なのだ。
生身の人間として感じることができなかった。

結婚生活における元夫の女性蔑視、女性の解放、娘との関係、老い、
高齢者の恋、そして彼の特異な生い立ちなどがつぎつぎと描かれていく。
筋書き通りにピタッと、全てのピースが嵌っていく様は小気味よい。
だがもう少しテーマを絞って、たゆたいながら、余分に思われるものや
はみ出してしまうものを描いてもよかったのではないかと思った。


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