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主に自分の身の回りのことと担当講義に関する話題。時々,寒いギャグ。

量,単位,次元。

2024-08-10 16:13:57 | physics

夏休みの自由研究



夏休み期間に行う自由研究の一つとして物理量と単位,次元の世界常識を学ぶことにした。

参考文献



参考文献として,まずは公的機関が発行している次のような文書を一次資料として使用する。


  1. 日本産業規格の一つ,JIS Z8000-1 : 2014.
  2. ISO/IEC Guide 999:2007.
  3. SI Brochure 9th edition 2019.
  4. IUPAC Green Book 第 3 版.
  5. IUPAP SUNAMCO Red Book 1987 (revised 2010).


文献 [1] は日本産業調査会 JISC というサイトで会員登録すれば無償で閲覧できる。

文献 [2] は日本規格協会グループ JSA GROUP が邦訳を提供しているようだが,英語の原典が 92 ページのところ,邦訳は 224 ページ,お値段も 1.7 倍となっている。
そのサイトをよく見ると英語の原典が無料でダウンロードできる。こういうのは無償では手に入らないと勝手に思い込んでいただけに大変ありがたい。

文献 [1] を眠気をこらえながら歯を食いしばって読み解こうとすると,やたらと文献 [2] が引用されているのが鼻につく。それで文献 [2] にも手を出そうと考えたわけだが,文献 [1] の p.39,参考文献リストにそれが載っていないのがマジで意味わからん。本家の ISO 80000-1:2022 で参考文献リストがどうなっているのか確認したいが,それは約 2 万円で購入しなければならなさそうなので,とりあえず諦めることとする。12 ページまで閲覧できるサンプルを見たところ,物理量の表記法で 6 番目の文献を参照しているらしいのだが,それが何なのかとっても気になるお年頃である。

なんて諦めかけていたら,PDF のサンプルではなくて,HTML 版のサンプルにバチコリ参考文献リスト (Bibliography) が掲載されている。それは物理量の単位や次元の理論の開祖ともいえる James Clerk Maxwell の A Treatise on Electricity and Magnetism であった。しかも初版の 1873 年と記されているということは,現在普及している第 3 版ではなくて,という特別な意図が込められていると考えてよろしいか?版を変えるごとに本文がどう変遷したのかほとんど知らないけど,初版第 1 巻の p.28 の末尾で Maxwell は大いにためらいながら (with great diffidence),ベクトル場の回転のことを the curl もしくは the version と呼ぶことを提案していたのに,1881 年の第 2 版第 1 巻 p.29 の半ばでやはり大いにためらいつつも the rotation と呼ぶことに変更するという,結構影響力の大きい修正を加えているのだが,つまりそういうことですね?

文献 [3] は英語版は国際度量衡局 (BIPM) の公式サイトにて無償で配布されている。日本語訳が産業総合研究所(産総研,AIST)の計量標準総合センターのサイトにて無償で配布されている。第 5 章に物理量の表し方に関する解説があるが,SI での規約が述べられているだけで,量とはなんぞやとか,次元がどうたらといった話は書かれていない。

IUPAC の Green Book [4] は化学徒が全員従うべき化学分野における量や数学記号の書き方の細かい規則の解説である。ISO と IUPAC のどっちが先か歴史的なことは知らないが,相互に参照しあって足並みをそろえようとしているのは確かなように思われる。

IUPAP の Red Book [5] なるものは,以前に量の理論や単位に詳しい物理学者の M 先生から噂を伺っていたかもしれないが,ちゃんと現物を確認しようとしたのは今回が初めてである。ググったら IUPAP の公式サイトで公開されているかどうか不明なものの,2010 年に改訂されたらしい 1987 年版の PDF ファイルを入手した。JIS Z8000-2(ISO 80000-2:2019 の日本語訳)で 2 階のテンソルをアルファベットの大文字の上に右向きの矢印を 2 段重ねで記す記法が推奨されているのを見て重たい記法だなぁと気に食わなかったが,文献 [4] では推奨する活字の字体が使用できなければそうしてもよい,といった合理的な但し書きが付いている。そしてその記法をさらに高階のテンソルまで適用しようとするとbecomes awkward なので,そういう場合は添え字の記法で切り抜けるべしと提案している。今の ISO 80000-2 にはその配慮が欠けており,むしろ後退した感がある。


とりあえずの疑問



文献 [1] ではスカラー的な物理量の話がメインと記しているが,随所でベクトル量やテンソル量の場合について補足している。

それはそれとして,速度ベクトル v を,その大きさ(ノルム)である速さ v と向きを担う単位ベクトル e の積に分解(極分解表示)したとすると,速度の次元はどちらに受け継がれるのだろうか,というと,それは当然速さ v のみに,であろうが,このとき単位ベクトルは無次元量というわけである。ではそれが「単位の大きさを持つ」ということの意味はなんであろうか?

これが目下のところ私が抱えている大きな疑問の一つであるが,それと多少関連するところもあるのが次の疑問である。

速度はベクトル量なため,話が込み入りそうなので速さ v について考える。単位系を SI とすると,次のような感じになるのだろう。

速度 v
単位 m/s
次元 LT-1

次元はサンセリフ体のローマン体(直立体?)で表すのが ISO 流なのだが,ボールド体のローマン体で代替した。

そして,v=9.8 m/s であるとき,その数値部分を抜き出す作用素(演算子)は { } を用いて表され,

9.8=v/(m/s)={v}

のような関係が成り立つ。

他方,v の単位だけを抜き出す作用素は [ ] で表され,

[v]=m/s,

v={v}[v]

などが成り立つ。

また,次元を抜き出す作用素は dim で表され,

dim v=LT-1

のように記す。

さて,ここで問題が一つ。

かつて Maxwell は Treatise の冒頭で,例えば長さならばその数値を l で表し,長さの単位を [L] として,実際の長さは l [L] で表されると述べた(Treatise 第 1 巻の p.3.)

なお,Maxwell は単位を表す記法と次元を表す記法を区別せずに混用している。

それでは誰が単位と次元の区別を明確に行うようになったのだろうか。

また,物理量の数値部分を {v} のように表すことにしたのは誰なのか。

さらには物理量の次元を dim v と表すことにしたのは誰が最初か。

鍵は,やはりこの道の専門家である M 先生から教わった Handbuch der Physik の Band 2 にあると思われる。そこで単位系や次元の解説を担当した J. Wallot が 1922 年に書いた物理量の次元に関する論文 (Zur Theorie der Dimensionen) に v={v}[v] に相当する式がお目見えする。Wallot は Tatyana Ehrenfest-Afanassjewa の論文を参照しているので,もしかするとそちらですでに使われている可能性もあるが,Tolman の the principle of similitude に阻まれて,まだ全容は明らかになっていない (注)。

なお,Wallot の Handbuch の記事を見た限りでは dim 作用素は確認できなかった。


ひとまずのまとめ



とりあえずここまでで私が理解した範疇での「物理量」の認識としては次のようなものとなる。

物理量には「名称」,「数値部分」,「単位」,「次元」の 4 つの属性がある。「名称」は物理量そのものの構成要素としてみなすべきではないかもしれないが,種類の異なる物理量同士を識別するための識別子として不可欠な要素であるとも考えられる。

SI のパンフレットにも書かれているが,力のモーメント(トルクと書かれているが)と力学的仕事(というかエネルギー)は同じ次元を持つが,これらは異なる物理量として取り扱われる。そもそも力のモーメントはベクトル量であり,エネルギーはスカラー量であるから,両者の和はデータ型の観点からしても不合理である。仮に力のモーメントをスカラー的に扱えたとしても,力のモーメントとエネルギーの和はやはり物理的に無意味であろう。

なかなかに量の体系なるものはごちゃごちゃしていて闇が深そうに思えるのである。


(注) Physical Review の公式サイトで Tolman の論文をダウンロードしたところ,12 ページの空ページになっているという,意図的なのか意図せぬ不具合なのかさっぱり分からない事態で詰んでいた。Tolman の 1914 年の The Principle of Similitude を引用している Bridgman の論文が 1916 年にやはり Physical Review に掲載されたが,それは公式サイトで閲覧可能である。なのでおそらく電子書籍化した際のミスであろう。Bridgman 論文は archive.org でも閲覧可能であることを知り,それを頼りに archive.org に Physical Review の他のバックナンバーがないか祈るような気持ちで探したところ,見つかりましたよ,ハイ。

内容は詳しく見ていないけど,異なる単位系間での物理量の変換規則に関する考察っぽい。そして,{ } だの [ ] だの dim だのの記号は全く出てこないっぽい。

ちなみに,1916 年の Bridgman の記法に関して気になる点があるんだけど,それはまた機会を改めて取り上げることにする。

Norman Robert Campbell (N. R. C) の著作や Bridgman の Dimensional Analysis,Buckingham の有名な定理を述べたものを含む数編の論文もざっと眺めたけど,出てきてもせいぜい [ ] 止まりで,単位と次元の区別もどのていどはっきりつけているものか怪しい。Wallot や Ehrenfest-Afanassjewa もそういう感じがしないので,4 元単位系を提案した Giovanni Giorgi あたりも調べるべきかな,と思う。
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