愛染さん
ハチ公と熊ハチは何でも話せる仲である。
彼らの話を聞いていると、東海道中膝栗毛の野次さん喜多さんを思い出す
ハチ公
「ところでお前。その愛染さんと言うのは、何の神さんや」
熊ハチ
「愛染さんかいな。愛染さんは、これと、あれの仏さんや神さんとは違うで、」
ハチ公は小指を立てて、ついで人差し指で輪を作った
「ふーん。色と金かいな。ええ仏さんやなぁ」
「お前なんか、日頃の行いからして、1番先におまいりしあんな、アカンのと違うか。」
「そうやなぁ。ホントのこというて、今困ってんのが一つあるんや。切ろうと思っても、もうくされ縁になってしもうて、きれへんねん。次のは、できそうな気配がし困ってんねん」
「そうか。それだったら、愛染さんに1回頼んでみたら、どないや。まことに虫のいい話ですが、今のくされ縁はきれいさっぱり消せて、新しい彼女と仲、よくなれますように、というてみ。
案外うまく行くかもしれへんで、。」
「切れるということは、金も付いて回るということやで。そんなうまいこと、くされ縁が切れて、その後始末の金まで都合してくれはるやろか」
「そんなこと。おれ、知るか。同じ頼むんやったら、この際、思いきって思っていることを全部頼んで見ろよ。
その代わり、聞いてくれはったら、命をかけて、愛染さんに、お礼参り、せなあかんで、
だいたい、密教系の仏さんは、何事もこの世のことは積極的に肯定して、現世利益をくれはるさかい、ヴィヴィランとしっかりと頼めや。
それは、愛染さんも、なんと虫のいいごとをいう男や、とお前のことをおもははるやろ
それでも、愛染さんは、愛欲と貪欲の仏さんや。
人間の基本的な本能要求を満たしてくれはる仏さんやさかい
人間の思案で、あれは頼める。これは頼めへんと思わんと相矛盾するところでも、何でも1回頼んでみたら、どうだ。
かなえてくれはるか。どうか、そんなことおれ知らんで
そりゃ、おれは俺なりに御利益をモロてるよ。
思わぬところから小銭が入ってくると言うのは、何回もあったで。小指の方は、、、うーん、、、、おれも嫁さんおるから、
本当のことは言われへんけど、ええことはあったわいな。
神さんや仏さんに、ものを頼むのに、あんまりこ難しい理屈は、言わんこっちゃ
はらで思っていることがそっくりお見通しや。人間どうしだったら、ドロドロして、
口には恥ずかしくて、口に出せないことは、体裁をつくろってきれいにいうような。
本心はここにあるのだが、口先でいうときは、一見すると、あっちにあるような
錯覚を生むような、きれいな言い回しを考えて、自分が傷つかないように気配りして、いうやろ。
あんなん必要ないんや。なんぼきれいことをいうても、
腹の中が、見透かされているのやから。そやから、開き直って思っている通りに
正直にお願いするんや。それでええやないか。相手は人間と、違うんやさかいに。」
「ほんならお前のいう通りに1回頼んでみようかな。
あかんで、もともとやさかいに。」
「阿呆いうな。あかんで、もともとやとは一体なんちゅうこっちゃ。
頼むんやったら、冷やかしは、あかんで。まじめに頼まな。
だいたい、お前の話は虫がよすぎる。だから、余計にまじめに頼まなアカンねや。
愛染さんは、しゃないやつやけど可愛い気があるから一つ聞いてやろうかと思われるかもしれんよ。
仏さんのなさる判断を、こちらサイドで決めて結論を出しその結論を信じつつ、
仏さんにお願いするというのは、仏さんをおちょくっとることになるで。
どうせお前なんかどんなに特称なことをほざいても、それで、今までの罪が
パーになることはまずあらへんから、最初に懺悔して、お見かけ通りの
迷える男羊ですが、何卒、よろしく、とすっぱり反省しているところを見せた方が、仏さんだって、こいつは男らしい。受けたろということになるように思うが、、、、
さっき,ゆうたやろ。ごちゃごちゃ言わんと、裸になってお願いしてみ、」
「よっしゃ。わかった。1回行ってみるよ。」
その後、彼と顔を合わせていないので、事の顛末がどうなったか知らないが
私は私なりに、あのときは真剣に、アドバイスしたつもりである。
愛染さんの寺誌を読むと、真実の信仰への一つの手段とでもいうのか、
現世利益を説いている。「まことの信仰」とはどういうものか分からなくても、
私はとにかく神仏とご縁があるということは、人の一生にとって、どれほど大切なことか。
またどれほどありがたいことか。と常日頃思っているので、どんな形にせよ。
愛染さんに、おまいりになる方が、御利益をいただかれて幸せに、なれるのは私にとっても嬉しいことである。
この欲の渦巻く俗界にいて、それを積極的に肯定し、欲望の実現成就なさしめたもう神仏は、人間にとっていちばん必要な部分であると私は思う。