ちょっと冷たい北風が通り過ぎたので、三月の森を歩く。
あんまり静かなので ときどき立ち止まって耳を澄ますと
シジュウカラやヤマガラさんたちが、何かをささやきながら、枝の間を過ぎていく。
1週間前に南から到着したウグイスさんは、まだ本調子の歌声ではない。
あの秋の大風で倒れそうだったモミの大木を、今しがた森番の男たちがチェンソーをがなり立てて
切り株にしたようだ。針葉樹の脂の芳香が周囲に立ち込める。
新しい切り株の年輪を数えると300できかない。倒木は生きていた。何かを伝えたいようだった。
地上は、キクザキオウレンの真っ白な花火があちこち灯ってにぎやかだというのに、
まだ、虫たちはやってこない。生まれたての羽虫たちは、風に乗っかる訓練をしているのかな。
雨がぽつぽつと降ってきた。あたたかな南風にまぎれてやってきた傘をさすほどでもない雨。
見上げた視線のさきに、レモン色のキブシの花が揺れている。天から降ってきた装飾品のようだ。
落葉の間には、もうすっかりカタクリの葉が一枚いちまい伸び始めていて、みないっせいに花開く日を示し
合わせているかのようだった。
でも、
いたいた、どの地上世界にも、へんくつもので、ひとりぽっちのアウトサイダーさんが。
ひとりぽっちのカタクリさんには、雨が止んだら、へんくつもので、ひとりぽっちのハナバチさんなんかや
ってくるのかな。