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かぜねこ花鳥風月館

出会いの花鳥風月を心の中にとじこめる日記

北アルプス・魅惑の場所と山小屋

2025-06-10 20:09:23 | 日記

まだ、10年と経っていないのだが、ずいぶん遠い日のような気がする。

2018年の8月に立山から新穂高に歩いた7泊8日のテント旅が、もしかしたら、オイラのテント持参での山旅の最後だったのかもしれない。(さみしいこと言うなよ・・)

その旅の最終日、オイラは、前夜雨に濡れたテントをなどを乾かすために泊まった三俣山荘から新穂高温泉までの下山路を辿ったのであるが、その途中、双六岳から双六小屋に向かう広い尾根から見た槍穂の姿が忘れられないでいる。オイラなりに北アルプス中最も魅惑的なビューポイントと断言できる。

その双六小屋から、さらに2時間ばかり下った先にある鏡平山荘からの槍穂も上記に劣らず絶景のポイントであった。

その時、今度はテントを持たずに手ぶらで、鏡平山荘や双六小屋に泊まって時間の許す限りこれらの絶景を味わいたいと希求したのだが、実現されないまま今日にいたる。仲間がいないと、小屋に泊まる気はしないからだ。

上記の鏡平山荘も双六小屋も、今は一つのグループになっているようで、今日から夏山のWEB予約が始まった。今日は、7月の20日ごろまでの予約だが、人気の山小屋と見えて午前10時のスタート時は予約サイトがつながらない状態で、2時間ほど経過したらやっとつながったが、すでに土日や休日前は満室となっていた。ちなみに今日のアクセスは試験的な様子伺いのアクセスではあった。

本命としている8月の予約は明後日からなのだが、8月といえば、すでに鹿島槍関連の予約はできているのだが、心の半分は、鏡平や双六、欲張って笠ヶ岳の小屋も利用してみたい気もあるので、とりあえず予約のためのアクセスをしてみよう。

仮にこちらの予約もできたのなら、同行の山仲間の意向もうかがいながら、どっちかに決めよう。実はというと、上記の場所も遠い石垣島や沖縄本島の仲間に見せてあげたいのが本音で、ただただ、この異常気象下、「お天気に恵まれますように」と願うだけだ。今の、山小屋予約とは、そんなリスクを背負った行為なのである。

 

双六小屋グループHP

 

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AIが得意な回答・不得手な回答

2025-06-09 19:24:18 | 日記

朝3時のドジャースがプレイしているセントルイスの時刻と気温をグーグルアシスタントマイクにお話しすると1秒もかからず答えが返ってきた。スゴイ。

テレビコマーシャルに映っている女性タレントの名前がどうしても出てこないので、「○○のコマーシャルに出ている女性は?」とグーグルアシスタントが即座に答えてくれる。スゴイ。

であればと、「古古古米がニワトリのエサになるって本当ですか?」と問うても、関連するニュースが出てくるばかりで、グーグルとしては答えてくれない。スゴクナイ。

AIには得手不得手、政治的に配慮すべき逡巡があるようだ。

同じグーグルアシスタントのグーグルレンズは、これまでアウトドアで使用してきたが、今日は青葉の森で撮ってきた地味な昆虫たちの写真をレンズにかざしたら、これまでと同じように「おおむね近しい名前」を画像と共に答えてくれるので、家の図鑑での同定作業がはかどった。

グーグルレンズの正解率は50%程度だと思うが、大きなヒントになってくれるので有用である。家でもどんどん利用しよう。ちなみにこのレンズは翻訳やコピー機能もあるようだ。利用しない手はない。

 

ああ、今日の青葉の森は暑く、汗をふきふき歩いてきたが、気温は25℃程度でそれほどでもなかった、帰って気象情報を見たら湿度が70%を超えていたのでさもありなんと思ったが、これもグーグルアシスタントのマイクをタップして、「現在地の気温と湿度は?」と問うとすかさず「現在地〇〇区の気温は25℃、湿度は60%」と帰ってきたので、山での行動サポートにもっと利用しよう。

 

 

 

エゴノキの花も散り始め。まもなくまん丸の白い実が結実してくるだろう。

 

 

ヤブムラサキの花は終わったのかな。これは結実した実なのだろうか。(観察不足)

 

 

ハナムグリの仲間のコアオハナムグリではないかとグーグル先生は教えてくれた。

 

 

サナエ科のヤマサナエではないかと

 

コジャノメ♂春型の裏翅

 

ヒメウラナミジャノメの♂表翅

 

 

 

 

 

 

 

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梅雨明けに聴いたクマゼミの大合唱

2025-06-08 19:31:07 | 日記

なんでも沖縄地方の梅雨がもう明けたとか。

さしたる豪雨や洪水の情報もないあっけない梅雨の季節だったようだ。

オイラの最初の沖縄在住(宮古島~本島~石垣島)は、2001年4月から2005年3月までの5年間だったが、沖縄地方の梅雨は、あまり雨季といった印象はなく、それよりも梅雨明けに繰り返し到来する台風のほうが強く印象に残っている。

が、一つだけ、とくに宮古島や石垣島という先島滞在時の梅雨明けの印象だが、ギラギラとした太陽が照り付ける屋外は、もうクマゼミの大合唱で、とくに夜明けから昼頃までは耳をつんざくばかりで閉口した。あの頃は、沖縄にいながら部屋のエアコンを使うのが嫌いで、南北の窓を開けっぱなしにして心地よい南風を肌に感じながら夏を過ごしたが、夜明けともなると鳴きだすのだから、まるでクマゼミは目覚まし時計のような役割をしてくれた。

本州のミンミンゼミの鳴き声の回転を2~3倍速したようなその音は、北に住む者が初めて聞く音で、まるっきりDNAに刻まれていなかったもんだから、初めのころはだいぶストレスを感じたものだが、次第に慣れて、宮古島では梅雨明け後1か月もすれば、いつのまにか彼らの騒音は消えたような気がしたな。

本島北部や石垣島はまだたくさんの種類の樹々が生えていたので、多様な聴きなれないセミたちが春の初めから秋の遅くまで音を立てていたが、宮古島だけは、森林が少ないためか一刻だけの喧しさであったように記憶している。

あれだけ騒がしいい者たちであっても、鳴き声がやむと季節の移ろいというものを感じたのだから、どんなセミたちであっても愛おしい。

 

「やまたいむ 南山舎」さん提供

八重山のリュウキュウクマゼミ

 

 

 

「saku dainaman2」さん提供

沖縄 セミの鳴き声動画6種 オオシマゼミ クロイワツクツク クマゼミ リュウキュウアブラゼミ イワサキクサゼミ クロイワニイニイ

 

 

 

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なんか泣けてくるコルトレーンの「コートにスミレを」

2025-06-06 17:41:10 | 日記

家での酒をやめた夜のすさびに、昨日に続きNHKFMの聞き逃しを選び、先週土曜日に放送された「ジャズ・トゥナイト・シリーズ名盤誕生日・ジョン・コルトレーン特集を聴く。コルトレーンの初リードアルバム「コルトレーン」は、今から68年前の5月31日録音に録音され、その年にリリースされたとのことである。1957年のことだ。オイラはすでに生まれている。

この時代の、コルトレーンやマイルス・デイビスは、意識的であろうが無意識であろうが70年代から80年代の若かりし時代にどこかで聴いている.。

このアルバムの第二曲のバラード「コートにスミレを」を耳にしたとたん、なぜか泣けてきた。決して悲しい失恋の歌ではないだろうに、コルトレーンのサックス音が奏でるメロディーが乾いた砂漠に降る雨のように浸みた。理由は分からない。こんなバラードを聴いていた50年も前の、無為で漠然とばかり過ごした青春時代がやりきれなく回顧されたのか、あるいは、80年代によく聴いていたビリー・ホリディの酒と麻薬のせいで病的にしわがれた歌で悲哀極まる「コートにスミレを」を聴いていたせいか、それは分からない。

「コートにスミレを」の歌詞をフランク・シナトラを聴いて確かめる。ほのかな幸せを感じる歌であるのに、コルトレーンも、ビリーも哀しい。

ふたりのすぐ後にやってくる短い人生の終わりを知っているせいでもあろうか。

 

「60taku4」さん提供

 

「PM793」さん提供

Frank Sinatra - Violets For Your Furs

 

 

「RoundMidnight」さん提供

Lady in Satin Billie Holiday & Ray Ellis - Violets For Your Furs (Columbia Records 1958)

 

 

 

     

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朝比奈隆92歳のベト7(ベトシチ)

2025-06-05 22:39:36 | 日記

NHKFMの聞き逃しで、「クラシックの庭」で放送された朝比奈隆さんが御年92歳でライブ演奏したという「ベートーベン第7交響曲」(通称ベトシチ)の第2楽章から第4楽章までを聴く。

とくに第3楽章から4楽章までの雄々しさと、そしてその迫力に度肝を抜かされる。正直、これまで聴いたベト7とはスケールと包容力が異なる、それがカルロス・クライバーのものであってもだ。

第1楽章が欠いていたので残念だったが、Youtubeには、同じ日に演奏されたものと思われるライブ動画がとてもいい音質で全楽章アップされていたので、投稿者に感謝したい。何と円熟の衣をまといながらも若々しい演奏だ。これが、92歳の音作りか・・・(唖然)

朝比奈さんは、翌年の12月に93歳で他界されており、大往生のほぼ1年前の演奏だが、矍鑠とした演奏姿には老いを微塵にも感じさせない。なんでも、死ぬまで立って演奏することを自己に命じていたとのことである。

それにしても、放送でも一部解説があったが、朝比奈さん93年の人生をあらためて眺めると、生まれ育ちの数奇と戦前・戦中の荒波に打たれながらも、それを乗り越えるだけの能力と意思とエネルギーが、あのような晩年の神々しいまでの演奏を可能せしめたのか、と思わざるを得ない。(このような方を大河ドラマでやってほしい)

しばらく、彼の残されたベートーベンやブルックナーを聴きながら、あらためて彼の偉業をしのびたい。

しかしまた、すごい日本人がいたものだ。

 

 

朝比奈隆Wikipedia

 

「1Furutwangler」さん提供

Beethoven - Symphony No 7 - Asahina, Osaka Philharmonic (2000)

 

2000年9月24日 大阪シンフォニーーホール

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