昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―25

2017年04月08日 | 日記

彼らの視線をなぞると、そこに見えてきたのは意外な人物だった。

“白髪”だった。“白髪”は京都からいなくなったわけではなかった。

「“おっさん”やないか。宵山に来はったんやなあ、“おっさん”も」

これはいいチャンスと、とっちゃんの腕を取る。“白髪”だったら、声を掛けて合流すればいい。“おっさん”たち全員がそろっているかもしれない。

「あれ、“おっさん”ですよねえ」

後ろの3人にも声を掛けた。が、“白髪”を凝視したまま、誰も動こうとしない。

やむを得ず、僕も“白髪”の様子を窺うことにする。みんなで道路脇に身をずらし、“白髪”に悟られないように気をつけながら、観察を続けた。

“白髪”が決して宵山見物に来たわけではないことは、すぐにわかった。河原町御池を少し上った東側の歩道脇で、“白髪”はゆるゆると屋台の準備をしていたのだ。

すぐに、 “筋肉”の顔も現れた。しゃがんで屋台の組み立て作業でもしていたのだろうか、ひょっこり“白髪”の横から頭を出した“筋肉”は、やがてたくましい上半身まで現した。“白髪”と同じ白のTシャツ姿だった。“長髪”と“ぽっこり”の姿は、見あたらない。

「“おっさん”たち、屋台出すみたいですねえ。行ってみますか?」

大沢さんに声を掛ける。しかし、首を傾げるだけで返答はない。

「どう?見いひんかったことにする?」

桑原君にも訊いてみるが、返答はない。ただ、その場をすぐ後にする気はなさそうだった。

少し腰を屈め、僕は目を凝らした。

“おっさん”たちの作業は遅々として進まない。屋台が完成する頃にはとっぷりと日が暮れてしまうのではないかと思われるほどだ。

一斉に灯った道路脇の提灯が集蛾灯のように人を引き寄せ始めている。辺りはこれからさらに混雑を極めていくことだろう。

「もう、帰りますか?」

増えてくる人波と一気に沈み込んでいく暗さに“おっさん”の姿も見えにくくなっている。興味も失せている。が、大沢さんは動こうとしない。

「あ!」

桑原君が、声を上げた。とっちゃんの指に力が入る。

背伸びすると、“ぽっこり”の姿があった。長袖シャツを着ている。

「あ!」

今度は僕が、思わず声を上げる。“ぽっこり”が“白髪”の頭を叩いている。とっちゃんが生唾を飲み込む音が聞こえる。

「とっちゃん!帰ろ!」

大沢さんの声がする。とっちゃんの指に、また力が籠る。

「帰ろうか~~」

今度は桑原君の声がした。3人は動き始め、僕ととっちゃんを追い抜いていく。“おっさん”たちと出くわさないようにするためか、鴨川方面へと向かっている。

後を追おうとする僕を、とっちゃんが指の力で引き留める。その指を引き剝がし、脇を掴む。

「とっちゃん、帰ろう!」

強く言って腕を引っ張ると、とっちゃんは意外なほど素直に付いてきた。

出雲路橋のたもとで、4人と別れた。

「“おっさん”たち、どうなってるんや?嘘ばっかりやったんやなあ。とっちゃんが心配やで」

別れ際、桑原君がそっと言った。

               Kakky(柿本洋一)

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