昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   23

2011年06月06日 | 日記

「お前、ここ知ってたんか、わしらの店やいうの。……小杉さんに連れてきてもろうたか」

僕の左肩に乗せた手を右肩に移し、そのまま身を捩るようにして左隣のストゥールに、彼は腰掛けた。僕は抱きかかえられんばかりに引き寄せられ、左に傾いた。

「ええタイミングやったなあ。小杉さん、今夜来とるで。……ほら、あそこ、あそこや。奥の角」

指差された方に目を凝らすと、パープル・グレーの靄の向こう、奥の角のテーブルに、グラスを片手に女性と向き合っている男の姿が見えた。ダウンライトで陰になった顔は、はっきりとは判別できないが、小杉さんのようではある。ノースリーブの後ろ姿の女性が誰かはわからない。きっと夏美さんだろうと思うが、小杉さんと思しき男との身長差が、夏美さんほど大きくはない。

「で?話でもしたかったんか?……昨夜は中途半端やったしなあ。……お前、酔うてもうて、大変やったんやぞ~~」

目の前にジンライムが出されてきたのを機に、彼の手がやっと肩を離れる。解放された人質の気分だ。グラスに手を出そうとするが、料金が心配で逡巡する。

「なんや?!ジンライム、あかんか?……ん?金持ってへんのか?」

「いや、持ってはいるんですけど……」

「大丈夫や!安い店やし。わしらにツケてくれてもかまへんし。……ま、飲め!……ケンちゃん、わしにも作って」

まるで別世界に踏み込んだようだ。学生とは思えない金銭感覚に、グラスに伸ばした手がそのまま固まってしまう。

「キャッシュオンデリバリーやからな。お金払うて、グラスを取らな、な!」

「キャッシュオン…デリバリー?」

「出てくるたんびの現金払いや。アメリカン・スタイルっちゅうことや」

やや忌々しげに言われ、僕はポケットをまさぐり、有り金を全部握った。

「いくらですか?」

「300円でええですわ」

ケンちゃんの言葉に咄嗟に暗算する。6杯までは飲めそうだ。しかし、この男、ノンセクト・ラディカルの活動家とはあまりにもイメージが異なる。何者なのだろう。

「なんや、上村。ここにおったんかいな」

ジンライムに口を付けた瞬間、声がした。聞き覚えのある声だった。小杉さんだ。

「トイレ行ったきり帰ってきいひんし、何しとんねんやろ、思うたら、ここにおったんかい」

上村の向こう側に座りろうとしている小杉さんと目が合う。

「お!柿本君やないか!いつ来たんや。……よう、来たな~~。どや?もう大丈夫なんか?」

「ええ。すっかり!」

口を付けたジンライムを一気に飲み干し、応える。彼らのアジトに足を踏み込んだような感覚に襲われる。少しだが、危険さえ感じる。

「上村君、紹介してへんかったかいなあ?紹介してへんよな。……ウチの隊長、上村君や」

「……隊長…って…」

「ま、言うてみれば、実行部隊のリーダーやなあ。武闘訓練もこいつがやってるし。突っ込む時のリーダーもこいつやねん。……思想的にもかなり突っ込んだ部分持ってるしなあ。おもろい男やで~~」

「教養学部の校門入った所で、よ~~訓練しとんの、見たことないか?白ヘルや赤ヘルが」

「あります、あります」

「横に並んでゲバ棒持って。立て看に突っ込んでるやろ~~?あれ、わしに言わせたら、女子挺身隊や。竹槍持って勢い込んでるだけやで。わしらは、あんなアホな事はしいひん。一人一殺やねん。わかるか?」

「まあ、わかりはしますけど……」

「大将をやっつけるんや。大将が無理そうやったら、参謀。参謀も無理やったら、力のある中隊長。それもあかんようやったら、馬やな。……ほら、将を射んと欲すればまず馬を射よ、言うやろう」

「それは、聞いたことあるような気がしますけど……。馬って……」

力強い言葉に見え隠れする不確かな知識と細かな論理の破綻。次第に熱が籠っていく話し方……。激高させてはならない、と思いつつも、ジンライムの一気飲みが3杯を超えたためか、少し意地悪な気持ちが芽生えてきていた。

「馬と言えば、やなあ」

「例えば、パトカーかてそうやと言えるわなあ」

気色ばんだ声を上村が上げた瞬間、小杉さんが口を挟んできた。絶妙なタイミングだった。

「乗ってる人にもよりますけど……」

前夜の再現になるのかなあ、とぼんやり思いながら、僕は4杯目を飲み干そうとした。

その時だった。

「飲むの、早過ぎやないの?」

グラスを持つ手をそっと押さえる手が右肩越しに伸びてきた。優しい指先の感触に振り向くと、和恵だった。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/2ea266e04b4c9246727b796390e94b1f

第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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