昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―⑳

2017年03月12日 | 日記

「お帰り~~。とっちゃん、何してたんや?」

おっちゃんののどかな声と笑顔が迎える。販売所にはみんなが揃っている。

「宵山に連れて行ってくれって言うんですよ、とっちゃん」

おっちゃんに告げる。すると、大沢さんと話していたカズさんがすぐに振り向いた。

「やめとき、やめとき~~」

顔をしかめながら、手を左右に大きく振る。

「とっちゃんも、もうじき二十歳やもんなあ。一丁前の青年や。付くもの付いてるしなあ」

意味深な笑いを残し、おっちゃんは奥へ消えていく。

「やらしいこと言わんとき!」

 おばちゃんの声が聞こえてくる。

一旦こちらに顔を向けた桑原君は、また山下君との話に戻っていく。最近熱心に誘っている“座り込み”について語っているようだ。

突然、とっちゃんへの同情が頭をもたげてくる。

「宵山って、いつですか?」

カズさんに訊く。

「今年は山鉾巡行が18日やったような気いするなあ。せやから、宵山行くんやったら17日の夜かなあ。まあ、そこらへんやな。けど、一緒に行ったらあかんで!」

カズさんはどうしても一緒に行かせたくないらしい。

「なんや。みんなまだおってんな」

そこに、大きな声と共にとっちゃんが販売所に顔を出す。帰ってしまったのかと思いきや、後を付いてきていたようだ。

「お!とっちゃんやないか。栗塚君、宵山に誘ったんやて?」

カズさんが顔を見るなり、咎めるように言う。

「誘ってへんで~~。宵山見たことないみたいやし、連れてったろう思うてな」

僕をなじる目で見ながら、口を尖らせる。

「無理言うたらあかんで。いいかげんにしとくんやで!」

とっちゃんの擁護者であり続けているカズさんの言葉が、今日はやけに厳しい。とっちゃんの言い分には一切耳を貸す気がなさそうだ。

「無理言うてへんて。わしは子供ん時行ったことあるし、宵山なんかどうでもええんやけど、グリグリがやなあ……」

甘え声のとっちゃんを、カズさんは一喝する。

「とっちゃん!!」

あまりの声の強さに、僕は思わず首をすくめる。と同時に、とっちゃんの“子供ん時”という言葉が気になり始める。

まだ家にいたおとうさんに連れて行ってもらったのだろうか。おとうさんに手を引かれ、親子三人で行ったのだろうか。そうだとすると、浴衣姿の女の子たちを覗き込んでいたとっちゃんの胸に去来していたのは“ありし日の父親と自分の姿”だったとは考えられないだろうか。“きれいなネエチャン”という言葉を単なるとっちゃんの性欲の表れと感じ取った僕は、実は僕自身の性欲と向き合っていただけとは言えないだろうか。

もし、とっちゃんはただただ思い出の宵山に行ってみたかっただけだとしたら……。 “おっさん”がいなくなり、おとうさんを疑似体験する機会もなくなったとっちゃんの、それが喪失感を埋めるための行為だとしたら……。

 とっちゃんと宵山に行く。ただそれだけのことではないか。頑なに拒絶する理由などない。いつの間にか、そんな思いが強くなっていた。

                  Kakky(柿本洋一)

  *Kakkyのブログは、こちら→Kakky、Kapparと佐助のブログ


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