昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   16

2011年05月10日 | 日記

「京子、君のアパートに行ったんやろ?何しに行ったんや?泊まったんか?」

三枝君の畳みかけるような質問にたじろぎながら、僕は紙コップの酒をあおった。目を小杉さんの方へ向けると、小杉さんに寄り添うようにしている二人の女性が見えた。一人は、京子のようだった。

「あの人、あの小杉さんの隣にいてはんのが、夏美さんや。小杉さんの彼女や。ナンバー2や。京子が気い使うてんの、わかるやろ?立ち位置で」

三枝君の顔が近付く。ひそめた声と言葉に夏美さんと彼の関係が滲み出ている。三枝君に言われ目を凝らすと、京子と夏美さんの間隔は数十センチくらいに見える。それがきっと夏美さんとの距離なのだろう。しかしそれは、京子の黒ヘルの中での位置も示しているように思える。「私はそんなに一生懸命になってるわけ違うし……」と、京子は言っていたはずだが……。

「で、何しに行ったんや?京子は」

小杉さんたちの方に少し傾けていた顔の前に、三枝君の顔が突き出されてくる。

「何って、桑原君いないか?って。……僕のとこに来てるんちゃうかなって……探しに…」

「ほんまに?!」

明らかに疑いの眼差しだ。僕と京子の関係にまで、その疑いの眼差しは及んでいる。

「嘘ちゃう!…なんで?なんで、君にそんなこと疑われなあかんの?!京子に訊いたらええやんか!」

心外であるばかりか、疑いが男女の関係のことにまで及んでいることに、僕の頭は沸騰した。

「やめとき、やめとき!」

京子を連れてこようと立ち上がりかけた僕の両肩を、三枝君は押さえた。その拍子に、僕の左肩は酒で少し濡れた。

「そんなことちゃうんや!」

三枝君のひそめた声に力が籠る。

「そんなことって?」

酒に濡れた左肩と三枝君の肩を押さえる力に、一気に僕の頭の温度は下がっていく。

「僕が嫉妬してる、思うたんちゃう?僕が京子と付きおうてた思うたやろう?」

「違うの?」

浮かしかけたままだった腰を、僕は下ろした。同時に、三枝君の両手が僕の肩から離れた。

「僕が知りたかったんは、君がここに来た本当の理由やねん。京子にどんな話聞いたんか、……それが、君のどんな動機付けにつながったんか、……いうことやねん」

「三枝君の言うてること、意味わからんわ。嵐山の花火大会、観に行かへんか?いう話ちゃうの?他に何かあんの?これから」

「ほんまに、それだけ?」

首を縦に振る僕に酒を勧めながら、三枝君は隣に腰を下ろした。そしてさらに二度、「ほんまに?」と僕の顔を覗き込んだ。

しばらく僕たちは黙ったまま、ただ酒を飲み続けた。二人で続け様に2杯飲み終わると、一升瓶が空っぽになった。

「みんなにも注いだしなあ。……やっぱり足りひんかったなあ」

一升瓶を逆さまにして、一滴一滴を未練がましく紙コップに落としながら、三枝君は笑った。

「僕はもうええよ」

不思議と不愉快を抱え込まされた僕は、微笑み返す気にもなれなかった。そんな僕の気分を察したのか、三枝君は突然肩を組んできて、耳元で囁いた。

「ごめん、ごめん。何も君を責めてるんやないで。何か疑うてるわけでもないんや。……ただ!な!」

と耳元に手を当て、そこから先はさらに声をひそめた。

「僕な。京子は、黒ヘルの…と言うより小杉さんのリクルーターちゃうかな?って、思うてるんや」

「リクルーターって?!」

桑原君の彼女だと思い込んでいた京子に“小杉さんの”という形容詞が付いた驚きに、僕の声は少し大きくなってしまう。

「新しい兵隊を集める人間やがな。僕も知らんかった言葉やけどな」

僕の声の音量に驚いたのか、耳元に当てていた手で僕の耳をつねりながら、三枝君は言った。

僕はさらに驚き声を上げそうになったが、いち早く耳をより強くつねられ「いたたたた~~」と叫ぶことになってしまった。

「なんだ~~?どうした~~?」と小杉さんの声がした。「仲良くせんとあかんよ~~~」と聞いたことのない声が続いた。きっと夏美さんだろうと思った。三枝君から聞いた構図が少し見えたような気がした。

 

*月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

 2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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