昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星  88

2012年08月31日 | 日記

「折角呪縛から解き放たれたような気分だったんやろう。学生生活に戻ったらよかったんちゃう?」

なじるように桑原君に言うと、彼は痛そうに顔を歪めた。

「黒ヘルやない思うてるんやけど、パトカー燃やされた事件あったやろう。警官が大やけどしたらしいんやけど。あの事件のちょっと前に小杉さん、で、直後に三枝さんが消えたもんやから、あいつらやないかゆうて、警察疑ってるみたいなんや。上村さんからの情報やけど…」

­「上村さんの話やろう」

信用できる話ではないと、僕は思った。上村の手に掛かると、何事も一大事になっていく。鋭く見える視点や隙がないように思える論理はいつも独りよがりで、冷静さと客観性が欠けているように見えた。彼の勢いに乗ってしまい、彼の側から一緒に眺めると、全てが正しいように思えてしまうのだが…。

「彼の持ってる情報がどこから来たものか、誰から聞いたものなのか、確認してへんやろ。少ない事実を自分の想像力でつないでしまう癖があるからなあ、上村には。自分にとって都合のいい方に流れがちやし」

「上村さんのこと、嫌いなんちゃう?小杉さんと三枝さんの意見が合わない時、いつも中立的な立場から調整してくれてたんは上村さん違うんか」

「昔はそうやったんかもしれへん。君の方が古いからそうやったんやろう、きっと。けど、俺が知る限りでは、行動することの正当化のためにしか話をせえへん男やで、上村いう男は。水面下で行動するいうのは、彼にとってはカッコええことなんや、きっと。そこに君、引きずり込まれたらあかんで」

不機嫌な表情で僕の口元を凝視していた桑原君は、そこまで聞くと「もうええ!」と手をかざした。もう耐えられないという意思表示に見えた。僕は話しながら、上村に対する怒りと嫌悪が湧き上がってくるのを感じていたが、それを抑えようとは思わなかった。むしろ、桑原君ときちんと話すいい機会だと感じていた。京子のことに関しても、桑原君は上村から耳にしたことに支配されているではないか。なぜ、上村にそれだけの価値を見出しているのか、僕には理解できなかった。

「じゃ、上村と行動を共にするの?これから。京子と一緒に?」

「それは、ありえへん。連絡は取り合うことになってるけどな。京子も、それは賛成みたいやし……」

「そうか。じゃ、しゃあない。無理せんと、仲良く逃げるんやで」

元々頑固で真っ直ぐな桑原君に、これ以上何が言えるというのだろう。と、僕の肩から力が抜けていった時、彼は「僕は、上村さんを大事にせなあかんねん」と、きっぱりとした口調で言った。決心を再確認しているかのようだった。

「うん。わかった。……で、なんで?って、訊いてもええ?」

僕が覗き込むと、桑原君は指先でタバコを要求してきた。お互いに火をつけ合い、一口大きく吸い込むと、それを吐き出しながら「上村さんには助けてもらってるんや、何度もなあ」と言って、桑原君はむせ返り、咳き込んだ。

毎朝、毎夕配っている新聞の一面が目に入る度に、無機質化された事実をただひたすら各家庭に運び込んでいる自分に、桑原君は疑問を感じるようになった。

文字で書かれていることの一つひとつには、人が関わり、血が流れ、涙で濡れた行動がある。それらと無縁のままでいいのか。

そう思い始めるとじっとしていられず、桑原君は、単身デモに飛び込んだ。いきなり激しいデモだった。桑原君は蹴られ、殴られ、連行されそうになっていたところを上村に救われた。

さらに、他のセクトから突然襲われた時も、上村が身を挺して救ってくれたという。

「運動のあり方と行動のあり方の関係から身の守り方まで、全部教わった人やしなあ」

勢いよく吸い切ったタバコを揉み消しながら、桑原君は溜め息をついた。いい奴だなあ、と思った。

「まずい状況になったら、ここにおいで。前にも怪我して来たことあったやろう」

多少の迷惑は構わないと僕は思った。無性に人恋しく、肌のぬくもりが欲しい気分だった。

                                                      つづきをお楽しみに~~。    Kakky(柿本)

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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