ゆっくりかえろう

散歩と料理

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視線  1/14  最終話

2011-08-30 | フィクション

 何もしなくても腹が減る
 今日も 牛丼の夕飯になった
 会社の同僚には よく飽きないなと言われるが
 その実は金がないからだ 借金は嫌いだし返すアテがないので 地道にやるしかない
 死んだばあちゃんには 常々 借財だけはするなと教えられた

 人より物欲がないのも 餓鬼に気に入られる原因かもしれない
 おかげで稼ぎが少ない出世意欲がないと 妻には愛想尽かしされてしまった

 時期的にちょっとずれるが いわゆる「ゆとり世代」なのだろう
 
 牛丼が運ばれてきて食事していると また一人向かい側でじろじろ
 見るやつがいる
 俺は・・・



 もうどうでもいいや 見たければ見たらいい どうぞ見てください
 きっとどこかでお腹を空かせた餓鬼がひとり
 覗きたくないけど 覗いてるんだろう
 
 餓鬼にだって都合がある やむにやまれぬ事情があるんだろう

 柔らかく接しよう
 食べたくても食べられないやつだって いっぱいいるんだから
 今、食べられることに感謝しよう

 そう考えると 胸のつかえがおり すっきりして人の視線も感じなくなった
 美味しい
 目の前の牛丼が ご馳走に感じられた

 

 「洋一 やっと悟ったンダネ」  
 「これで私の足かせもトレタ」
 ”えっ?”

 携帯画面ではなく 直接頭の中で声がした

 「えっ」
 「私を引き止めていたのは 洋一の想念でシた」
 突然の種明かしです

 「あなたも私も一緒に試されていたのでス」
 「これでもとの世界へ 帰ることができまス」
 安心したように彼は言うのでした
 
 「もう 大丈夫」

 突然 そういわれても こちらの気持ちの整理がつかない

 ここから先は 頭の中の会話 彼と私は思うだけで意思が伝わるようだ

 「まだ話したいこともあるし 教えてほしいことも沢山あります もう少しだけいてください」

 「だいいち戻れば 飢えと乾きの つらい毎日が待っています」

 「思いやりはいいことでス でも相手にとってどうすれば一番いいことか 考えることも大切でス」
 「私にとって 元の世界しかすむ場所はありませン」

 俺はなぜか涙がぽろぽろ落ちて とまらなくなった

 周りの客が泣いている俺の顔を見ていぶかしむので いたたまれなくなって店を出た

 「お願いがありまス」 「携帯電話の中の 私の画像を削除してくださイ」
 「そうすれば 私をこの世に繋ぎ止める枷はなくなっテ 元の餓鬼道へ帰れまス」
 突然言われ 困惑しました

 「いますぐですか?」
 「いますぐでス」
 彼は有無をいわせません

 俺はのろのろ携帯電話を取り出して 画像フォルダを呼び出した
 そこには青黒いネイビーさんが写し出されていた
 俺はいやいやながら 画像を削除する準備をする

 この画像を削除しますか?

 はい
 ・・・・・・
 画像が削除されません

・・・・・・・ えっ?

 今までのなみだ目をこすりながら 俺は途端にまじめな顔になった

 画像が削除されなかったら ネイビーさんは帰れない

 これはまずい事になった
 
 「どうやら 私がこちらの人として 認識されているようでス」
 う~ん・・・・・

 ふたりとも一時間くらい真剣に考え込んだ

 答えが出そうにないので お寺の息子結導に電話をかけて相談してみた

 「そうか 餓鬼道へ帰られるか それはよかった」
 結導は安心したように応えた

 「帰るなら戒名が必要だろう 俺が何とかしよう」

 「もしかしたらそれが解決法かもしれない」
 さすが彼は僧侶だ こういうことには慣れている

 「戒名はだめでス もう一度閻魔様のところへ行って また初めから
 裁きを受けなければならなイ」
 俺にはちんぷんかんぷんだが 二人だけで判る会話があるようだ

 「それなら 前世にいたときの名前を画像につけなさい」

 「!」そうか!それでわかった 俺がネイビーさんの名前をつけたのが
 いけなかったんだ

 何気なくつけたあだ名が この世に縛り付けていたんだ
 何でも出来るようで案外不便だ
 このときそう思った

 彼の本名を聞くと「正式名があるが ほとんど使わないので
 通名をいいまス しんくろーです」
 
 画像フォルダに 小文字でshinkuroと書いたら

 ”画像を削除してよろしいですか?”とでた

 ・・・・・・・・・・・・・よかった 通った!
 最後の最後まではらはらさせられたけど 結果はいいほうに運んだ
 これでしんくろーさんも元の世界に帰ることが出来る

 「ありがとね よい修行になりましタ」 
 「これからは むやみやたらに短気を起こさないようにネ」

 「私のところ(餓鬼道)には 落ちてこないようにネ」

 笑い事ではない これを笑えぬ冗談というのだろう

 画像を削除すると 携帯電話の画像は消えて
 無機質な待ち受け画面を写しだした
 そして何事もなかったように ただの電話にもどった

     ・・・・・・・・・・・・・・・・

 怒涛のような数日だったが あっけなく終わりを告げた

 


 これでこのお話はおわりです

 あなたの大事な肉親が なくなった後もしかしたら
 異界でお腹を減らしているかもしれません
 苦しんでいるかもしれません

 そう思ったら せめて亡くなった人を思い出して
 食べ物をお供えしてあげてください
 きっと気持ちは届くはずです



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