ゆっくりかえろう

散歩と料理

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音 2/4

2011-09-06 | フィクション

  さっそく仕度に取り掛かる
 彼女の家族がよく使う店ということで 駅から遠い坂の上のレストランが選ばれました
 月曜日 夜8時ごろの予約を取って かおり達の席は夜景の見える窓側の席
 僕はその席がよく見える 反対側の入り口に近い席に座りました

 斜め前からだけど 彼の顔や表情がよく見えます
 かおりの姿も彼の後ろの大きな窓ガラスに はっきり見えました

 彼はかなり長身 1m90cmくらいあるだろうか 痩せ型だが引き締まった体
 運動選手でたとえるなら ボクサータイプ 見掛け倒しじゃない 本物の筋肉を持っているようだ
 相当ジムに通って鍛え上げないとこんなにはならないと思う

 容姿は眉が太く目が大きく額は狭く 口はきりっと引き締まって ワイルドな感じ
 耳がやや上側についていて 動物を思わせます 髪はやや長く真っ黒
 だけどきちんと手入れしていて 不潔感はありません

 全体に毛深く野性的な容姿をよりいっそう際立たせています
 節くれだった指は スポーツ系の学生を思わせます

 かおりの話によると 一流大学出身 商社に勤めて3年目 今は東京にいますが
 今いる部署は海外にいくことも多く アジアより北米にいく可能性が高いらしいです
 年収はこれから成績しだいでどんどん上がる予定

 育ちもよく どこかの藩の家老を先祖に持つ家系らしい・・・

 高学歴 高収入 高身長 おまけに家柄がいいとなれば 理想の結婚相手です
 並みの男性なら 一緒にいるだけで妬んでしまうか萎縮してしまうでしょう

 ま 僕が女ならこんな男は選ばないけど
  一緒にいると肩が凝ってしまうし 完璧すぎて面白くない
 人間は欠点があるから魅力があるんだ・・・・
 と負け惜しみ半分でつぶやいてみます
 
 今が不満であるなら それは自分自身のせいである というのが僕の考えだけど
 今まで人を羨んだりしたことがない僕が 今日はなんだか嫉妬を感じる

 こいつさぞモテるんだろうなぁ・・・・

 二人は軽いコース料理を頼んだようです スープ 前菜に続いて 肉料理が出ました
 僕はビールを飲みながら 魚料理とサラダを食べています

 彼の食べっぷりがすごい 典型的な犬食い。ナイフとフォークを斜に構え テーブルに突っ伏すように
 ひたすら前傾になり 皿の端に口をつけ 料理を端から順に口へ運んでゆきます
 いやその前にすることがあり 肉とそれ以外をより分け 肉以外は端へ追いやるか 別皿に取ってしまいます
 野菜は食べないようです

 口についたソースは 舌でべろりんと舐め取ってしまう 舌は唇をほぼ一周して口の中へと戻る

 そばで食事をしていたら さぞ賑やかでしょう

 咀嚼(物を噛んで飲み込むこと)するのに ぱくぱく口を開け閉めするのですが 口の中がそのたびに丸見えになります
 今噛もうとしているローストビーフも 噛みさしのステーキも
 潰れてしまった若鶏のガランディーヌも どれも大きな口の中で おしくらまんじゅうをしているようです

 表現が汚くなって申し訳ない
 
 口はちょうど腹話術の人形とか 文楽人形のように 見事にパクパクした動きを見せています
 こういうときは くちゃくちゃ ぺちゃぺちゃと 盛大な音がします
 どこかの本で読んだのですが フランスではこういう音を「ぬかるみの行進」というそうで
 やってはいけない禁忌なのです
 
 時々食べながら舌打ちをします
 あの嫌なときにする舌打ちではなく 食べているものをより味わう時にやるあれ
 犬とか猫とかが食べるときの音
 野獣のそばで食事をしているように感じます
 人間の食べ方じゃない


 傍にいるかおりは どんな音をきいているんだろう
 ぺちゃくちゃ ぐちゃぐちゃ がちゃがちゃ ちゃっ ちゃっ ごくんっ・・・・
 こちらから見ていてもすごい音が聞こえてくるようです
 ・・・・・

 気持ち悪さや不快感を通り越して 側に行って聞いてみたい衝動に駆られます 

 音を立てて食べる人は 自分では気がつかない 或いは気にしていないといいますが
 今まで周りが注意しなかったのかな?
 気がつかないはずがないのですが

 彼は良家の出身だということでしたが これはどういうことだろう
 考えられないことです
 
 かおりの最初の問いは このことなんだろうと ガラスに映った彼女をみましたが
 彼女は平気な顔で一緒に食事をしています
 女性なら いや男性でも耐えられないと思うのですが

 

 じっと観察していると ふと彼と目が合ってしまいました
 そのときの彼の視線の恐ろしさ 射すくめるような目が僕を離さず
 彼から目を逸らせなくなってしまいました

 なんだろう 蛇ににらまれた蛙のよう

 気のせいでしょうが 金色に光る目 真っ赤な長い舌 目じりをやや吊り上げ
 額に縦皺をよせ 口は半開き 笑ったような怒ったようなどちらとも取れる表情

 その時 ちょうど私のところへウェイターが寄ってきて 皿を下げにきました

 瞬間 ようやく緊張がとけ 僕は金縛りから解けるように解放されました

 彼は斜めに顔を向け 目の端で私を捉えながら ”にたり”と笑った・・・
 いやそんなはずはないのです

 まだ彼は 僕をかおりの知人とは知らないはずですから