「あんたなんて、そこらの職人がひまつぶしに作ったガラクタじゃないの。使い道がないからしかたなくペンダントにしてもらったんだわ。馬鹿馬鹿しい。ガラクタはガラクタで、おとなしくぶらさがってればいいのよ!」
それまでざわついていたまわりの品物達が、一瞬、凍りついたように沈黙しました。ぼくは、魚の胸びれが、ぶるぶると小刻みに震えているのに気づきました。
「鎖がなければ、あんたには品物として何の価値もないわ。夢なんて、見るだけむだよ。世間はそんなに甘くないのよ」
愛らしい目をぎらりと見開き、微かに笑った口をねじまげて、サビーネはわめきました。ぼくは、そんな恐ろしいサビーネの形相をみたことはありませんでした。まるで、彼女は、青い魚を心底から憎んでいるようでした。
「ぼくはガラクタじゃない。魚だ」
震える声で魚が言いました。すると、サビーネは狂ったようにけたたましく笑いました。
「あっはははは! 魚ですって! たかが七宝焼きの作り物のくせに!」
「やめろ、サビーネ。いくらなんでも言い過ぎだ」
ぼくは、思わず彼女に向って言いました。すると、彼女はぼくのほうをぎろりとにらみました。気弱なぼくは、それだけで肝が縮んでしまいました。
「さあ、お魚さん、泳げるものなら泳いでみなさいよ」
魚は、青い体を一層青くさせて、体じゅうの鱗をこわばらせていました。
「ちきしょう、見てろ」
言うがはやいか、魚はぴしゃりと壁をけりました。魚の体が、ふわりと宙に浮きました。だがそれも一瞬のことで、すぐに鎖が彼を壁に引き戻しました。サビーネは意地悪くクスクスと笑っていました。
魚は、何度も何度も、壁をけりつづけました。十回目にけったとき、鱗をつないでいる細い鎖が、妙な悲鳴をあげました。
「ああ、やめろ、こわれてしまうぞ!」
だれかが叫びました。でも魚はやめませんでした。まわりの品物達がかたずを飲んで見守る中、魚は壁をけりつづけました。
そして、もう三十回はけったかというときでした。なんの拍子か、鎖をつないでいたピンが、不意に外れました。あっと言う間に、魚は鎖ごと床に投げ出されました。
「や、やった!」
床に落ちた魚は、喜んでそう叫ぶと、今度はひれをめいっぱい動かして、空中に泳ぎだそうとしました。だが、どうしたことか、体が鉛のように重く、どうしても、今までのように泳ぐことができません。
「ち、ちきしょう、どうしたってんだ、こんなはずじゃ…」
彼は、何度も、挑戦しましたが、無駄でした。
「もうやめろ」
やがて、おもむろに、旗魚が言いました。
「おまえには、空中を泳ぐなんて芸当はできん」
「そんなはずない! だって、今まではちゃんとできてたんだ!」
魚は泣きそうになりながら言いました。旗魚は、ふっと溜め息をついて言いました。
「できると思い込んでただけだ。はじめから、そんなことは不可能だったんだ」
「うそだ!」
「うそじゃない。曲がりなりにも泳ぎのまねができたのは、その鎖が、おまえを壁につなぎとめていたからなのだ。壁と鎖が支えてくれなかったら、おまえは地をはうことさえ、できなかったろう」
声にならない魚の悲痛な叫びが、ぼくに聞こえました。サビーネの冷たいふくみ笑いが、地虫のように、床をはいました。魚は空を見つめたまま、一瞬、ぶるるっと身をけいれんさせたかと思うと、ぱたりと、力なく床に倒れました。
(つづく)